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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第148話:『仮初めの安全地帯と、最初の授業』

第148話:『仮初めの安全地帯と、最初の授業』


灰色の空から、雪のように静かに、しかし絶え間なくコンクリートの粉塵が降り注いでいた。

 足元には砕け散ったガラスの破片と、ひしゃげた薬莢が散乱し、私たちが一歩踏み出すたびにジャリッ、ジャリッと無機質な音を立てる。


敵の追撃を振り切り、入り組んだ廃墟の路地を駆け抜けた私たちは、崩落して半分地下に埋もれた巨大な商業ビルの跡地へと逃げ込んでいた。

 陽の光が届かない地下駐車場。ひんやりとした湿気と、古びた鉄錆の匂いが充満するその空間は、システムが構築した死地の中で、唯一息を潜めることができる暗がりだった。


「……ここならきっと、光学センサーの目も誤魔化せる。一旦、休憩だ」

 悠斗が、引きずってきたソラの襟首をそっと放し、大きく息を吐いた。

 彼は四十キロの大剣『星斬り』を軽々と振り上げると、駐車場の入り口を支えていた太いコンクリートの柱を、刃の峰で正確に打ち据えた。


ドゴォォォォンッ!

 凄まじい轟音と共に天井の一部が崩落し、何トンもの瓦礫が入り口を完全に塞ぐ。システムが用意したマップの構造そのものを、純粋な「暴力」で破壊し、物理的なバリケードを築き上げたのだ。

 埃が舞い散り、地下空間は完全な暗闇と静寂に包まれた。


「『発熱と発光サーマル・イルミネーション』」

 私がステッキの先端に意識を集中させ、空気中の分子の摩擦を強制的に引き起こすと、ぽつりと、暖かく柔らかなオレンジ色の光球が空中に浮かび上がった。

 冷たい地下駐車場を照らし出すその光は、魔法というより、ささやかな焚き火のようだった。


「ハァッ……ハァッ……、ゲホッ、オエェッ……」

 光に照らされたソラは、コンクリートの床に四つん這いになり、激しく胃液を吐き戻していた。

 彼の銀縁眼鏡は泥と汗で汚れ、あの傲慢だった瞳は、極限の恐怖とパニックで焦点が定まっていない。


「嘘だ……あんなの、あり得ない。僕の雷撃は、空間の絶縁破壊の臨界点を完璧に計算して……電圧も、タイミングも、すべて最適解だったはずなんだ……ッ!」

 ソラは、自分の頭をかきむしりながら、うわ言のように数式を呟き続けている。

「なのに……なんで、一瞬で『絶縁装甲』なんてデタラメな敵が湧いてくるんだよ! あんなの、ゲームバランスの崩壊だ……理不尽すぎる……!」


その横では、メイが膝を抱え、ただ声を殺してガタガタと震えていた。彼女の頬にできた小さな擦り傷から流れた血はすでに乾いていたが、死の恐怖という見えない傷が、彼女の心を深く抉っているのは明白だった。


「……当然だ」

 悠斗が、崩れ落ちた瓦礫の山に腰を下ろし、大剣の刃に付いた灰を布で拭いながら、低く重い声で言った。

「理不尽でデタラメ。それが『戦争』ってもんだ。お前の作った綺麗な数式通りに動いてくれるほど、敵も世界も優しくはないんだよ」


「……っ」

 ソラが唇を噛み切り、悔しさと恐怖の入り混じった涙をボロボロとこぼした。


私は静かに歩み寄り、ソラとメイの前に腰を下ろした。

 彼らを抱きしめて、甘い言葉で慰めるのは簡単だ。しかし、それでは彼らはこの進化した箱庭システムで生き残ることはできない。彼らの脳を中継器にして成長するあのAIは、少しでも弱みを見せれば、そこを容赦なく最適化された死で埋め尽くしてくるはずだ。


「ソラ、メイ。顔を上げなさい」

 私は努めて冷静な、しかし確かな熱を込めた声で語りかけた。

「ソラ、あなたの計算は間違っていなかったわ。あの瞬間の、あの敵に対しては、間違いなく完璧な魔法だった」


「……だったら、なんで!」

「あなたが『魔法』というものを、ただのプログラミングやゲームのスキルと同じように捉えているからよ」

 私は空中に浮かぶオレンジ色の光球を指差した。

「この世界での魔法は、コマンドを入力して発動させるだけじゃない。……私たち自身の意思で、『物理法則を書き換える』現象なのよ」


私がステッキを軽く振ると、光球がフワリと二つに分裂し、それぞれの子供たちの手のひらの上に優しく舞い降りた。

 じんわりとした本物の熱が、彼らの凍えきった指先を温めていく。


「あなたは雷は『出力エネルギー』の計算しかしていなかった。だから、相手が絶縁体を持った瞬間に手詰まりになったの。……本当の物理演算なら、どうする?」

「本当の……物理演算……?」

 ソラが、涙に濡れた目で私を見上げた。


「相手が電気を通さないなら、雷が落ちた時の『熱』を利用して周囲の空気を膨張させ、爆風を作り出す。あるいは、敵の足元のアスファルトを融解させて動きを封じる。……環境、気候、敵の材質。そのすべてを計算式に組み込んで、世界のルールそのものを自分の都合のいいように組み替えるのよ。それが、この理不尽な箱庭で生き残るための、唯一のすべよ」

 私の言葉に、ソラはハッとして息を呑んだ。

 彼の中で固まっていた「ゲームの魔法」という固定概念が、少しずつ崩れ、新たな物理学の視点が芽生え始めているのがわかった。


「……メイ」

 私は次に、震える少女の手をそっと握った。

「あなたは、怖いから目を閉じて、ただうずくまっていた。でもね、あなたが怯えれば怯えるほど、システムはその恐怖を読み取って、もっと怖いものを生み出してくるわ」


「でも……わたし、戦えない……ソラくんみたいに、頭もよくないし……ただ、痛いのが嫌なだけで……っ」

 メイがしゃくり上げながら首を振る。


「戦わなくていいのよ。あなたは、ただ『守りたい』と強くイメージしなさい」

 私は彼女の涙を親指でそっと拭った。

シールドは、ただの光の壁じゃない。どんな金属よりも硬く、どんな衝撃も逃がす構造を持った、本物の『物理防壁』だと思いなさい。……あなたのその小さな手で、自分を、そして隣にいる仲間を守れるだけの、絶対的な硬度をイメージするの」


メイは私の顔を見つめ、そして、自分の手のひらに乗った温かい光球を見下ろした。

 その瞳の奥に、ほんのわずかだが、恐怖に抗おうとする小さな光が宿ったように見えた。


 「そして、事前に色々と聞いてきていると思うけれども、改めて言うわ。私もある村の長老から教えてもらった話しなんだけどね、私と悠斗の使っている魔法は、本質的には魔法の名称を発声する必要は無いわ。そもそも各魔法に魔法名は決まっていないわ。じつは何でもいいのよ。イメージがハッキリしていれば、無言でも上手く発動するわ。なんとなく、このアルメルシアを使った治療の中で、魔法名っぽい感じで発声した方が、成功率が高かったし、何かに魔法名を発声するように促される感じがしていたので、そうしているだけなの。大事なのは、ハッキリとしたイメージよ」


「「……!」」

ソラとメイはびっくりする経験談を聞いて、言葉が出ないようだった。



「……今日はここで休む。あと数時間はもつはずだ」

 悠斗が立ち上がり、瓦礫の隙間から外の様子を窺いながら言った。

「だが、明日はこうはいかねぇ。あのAIは、今の俺たちの逃走経路も、俺の剣の重さも、すでに学習しているはずだ」


悠斗の言う通りだ。

 ここはおとぎ話のファンタジー世界ではない。進化し続ける機械の悪意が支配する、地獄の最前線。


「ここからが、本当の訓練よ。あなたたちが現実世界、むこうで目を覚ませるように……私たちが、理不尽の叩き壊し方を教えてあげる」

 地下駐車場の暗がりの中、ぽつんと灯る小さな光の下で。

 名もなき教官と、絶望を味わった次世代の子供たちの、果てしない泥まみれのサバイバルが、静かに幕を開けたのだった。





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