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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第142話:『国境の火種と、異能戦争の足音』

第142話:『国境の火種と、異能戦争の足音』


 鉛色の重い雲が、どこまでも続く冬の日本海を覆い隠していた。

 吹き荒れる暴力的な海風が、容赦なく波を逆立たせ、白い飛沫となって灰色の防波堤に幾度も打ち付けている。


 あの凄惨な夜から、数日が経過していた。

 アルメルシア開発コア研究所の襲撃事件。巨大な隣国が放った見えざる暗殺者たちによって、日本の防衛線は文字通り音もなく蹂躙された。サブサーバーのデータと数名の若手研究員が奪われ、そして━━冷たい泥水の中で、自我を取り戻した直後に強制的な自死を選ばされた、名もなき少年少女たち。


 彼らの虚無に沈んだ瞳と、最期に流した涙の温もりが、今も私の両手にこびりついて離れない。

 目を閉じれば、雨音に混じって彼らの悲鳴が鼓膜の奥で蘇り、胸をきつく締め付ける。


「……冷えるな」

 背後から、温かい缶コーヒーが私の頬にそっと押し当てられた。

 振り返ると、分厚いミリタリーコートの襟を立てた悠斗が、荒れ狂う海を見つめながら隣に並び立っていた。彼の背中には、どんな時でも手放さない四十キロの大剣『星斬り』が、鈍い鋼色の光を放っている。


「ありがとう」

 私はプルタブを開け、温かいブラックコーヒーを一口飲んだ。苦味が、ざわつく心を少しだけ落ち着かせてくれる。

「……悔しいか」

 悠斗が、海風に髪を揺らしながらぽつりとこぼした。

「ええ。とても」

 私はステッキの柄を強く握りしめた。

「私たちは異能の世界を生き抜いて、物理法則すら書き換える力を手に入れた。それなのに……大人の、国家という巨大なシステムの悪意の前では、あの子たち一人すら救えなかった」


 悠斗は無言のまま、大きく息を吐き出した。その白い吐息は、瞬く間に強風に掻き消されていく。

 彼もまた、怒りと無力感の狭間で、ギリギリの感情を押し殺しているのだ。


『━━感傷に浸っているところ悪いが、事態は君たちが落ち込むのを待ってはくれないようだぞ』

 不意に、私たちの耳に装着されたインカムから、黒田局長の張り詰めた声が響いた。

 ここは、日本海側に面した防衛省の前線基地。私たちは今、黒田局長やレンからの要請を受け、最前線の警戒任務に就いていた。


「何があったの、レン」

 私が通信に応答すると、基地の作戦室にいるレンが、忌々しげに舌打ちをする音が聞こえた。

『今、そっちのタブレットに映像を送る。……海上保安庁の巡視船が、排他的経済水域(EEZ)の境界線上で捉えたリアルタイムの映像だ』


 悠斗がコートのポケットから専用の防滴タブレットを取り出し、画面を開く。

 そこに映し出されていたのは、荒れ狂う日本海の沖合。灰色の波がうねる中、日本の巡視船と、国籍不明の巨大な武装工作船が、ギリギリの距離で対峙している光景だった。


『敵船は、隣国の軍部が裏で操っている偽装船だ。警告無線を完全に無視して、我が国の領海へ向けて意図的に侵入を試みている』

 黒田局長のドスの効いた声が続く。

『巡視船は威嚇射撃の準備に入っているが……問題は、相手の甲板にいる連中だ』


 映像が拡大される。

 工作船の甲板の先端。吹き荒れる暴風雨の中、微動だにせず立ち尽くしている数個の黒い影があった。

 雨合羽すら着ていない。漆黒の戦闘服に身を包んだ彼らの周囲だけ、不自然に雨粒が弾き返されている。


「……あの時の暗殺部隊と同じ」

 私は画面を凝視し、奥歯を噛み締めた。

 間違いない。脳内に軍事AIのインプラントを埋め込まれ、感情を消し去られた隣国の量産型異能兵士たちだ。

 サブサーバーから奪ったデータと、拉致した研究員たちの知識。それらを統合し、隣国は早くも彼らのAIによる魔法制御アルゴリズムの精度を飛躍的に向上させ、実戦投入のテストを兼ねた威嚇行動に出たのだ。


 次の瞬間、画面の中で信じられない現象が起きた。

 工作船の甲板に立つ一人の兵士が、無造作に右腕を振り上げた。

 すると、巡視船と工作船の間にある海面が、まるで巨大な見えない刃で切り裂かれたように、真っ二つに割れたのだ。


 ドドォォォォォンッ!!

 数千トンの海水が、数十メートルの高さまで巻き上げられ、巨大な水柱となって荒れ狂う。

 巡視船が木の葉のように激しく揺さぶられ、甲板にいた海上保安官たちが悲鳴を上げて転倒する様子が映し出された。


「海を……割っただと……?」

 悠斗が驚愕に目を見開く。


 ただの威嚇ではない。通常兵器では絶対に不可能な、圧倒的な超常現象の顕現。

 「我々は、お前たちの常識を覆す力を持っている」。隣国は、奪い取ったばかりの力を使って、日本、ひいては全世界に向けて公然と牙を剥き始めたのだ。


『……これだけじゃない』

 レンの声が、かつてなく重く沈み込んでいた。

『ロシアのドール部隊の残党が、東欧の国境沿いで武装蜂起した。アメリカは中東の資源地帯に、薬物で強化された「強化兵士ブーステッド」の部隊を治安維持の口実で電撃投入した。ヨーロッパの裏社会でも、マフィア同士が魔法薬を使って市街地を火の海にしてる』


 タブレットの画面が切り替わり、世界地図が表示された。

 赤い警告のサインが、まるで出血を伴うウイルスの感染拡大のように、世界中の国境線上で次々と点滅している。


「世界中で……同時に?」

「ああ。パンドラの箱は、完全に開いちまったんだ」

 レンが自嘲気味に息を吐く。

『誰もが、アルメルシアのシステムという「最強の兵器」を欲しがり、そして手に入れた力を誇示しようとしている。通常兵器が意味を持たない、新たな軍拡競争。……いや、すでに競争なんて生易しい段階は終わってる』


 レンの言う通りだった。

 秘密裏に行われていた異能の奪い合いは終わりを告げた。国家が公然と魔法使いや強化兵士を戦場に投入し、領土と覇権を削り合う、狂気の世界大戦。


 ━━『異能戦争』。

 後世の歴史にそう刻まれることになる、最悪の争いの足音が、日本海の荒波に乗って確実に迫ってきていた。


「……局長」

 悠斗がタブレットの電源を切り、暗く沈む海原に向かって静かに口を開いた。

「俺たちは、どうすればいい。……あの船ごと、奴らを海に沈めてくればいいのか」

 彼の大剣を握る手に、ギリギリと力が込められる。いつでも飛び立てるように、彼の足元のコンクリートが微かにヒビ割れた。


『待機だ、神崎君』

 黒田局長が、苦渋に満ちた声で制止した。

『ここで君たちが直接手を出せば、全面戦争の火蓋を切ることになる。今はまだ、海上保安庁の戦術でギリギリの膠着状態を保つんだ』


「……保てるわけないでしょう」

 私はステッキを握り、冷たい海風に顔を向けた。

「相手は、人間の心を持たないプログラムの兵器よ。威嚇で引き下がる相手じゃないわ」


『わかっている。……だからこそ、政府はついに「最悪の決断」を下した』

 黒田局長の言葉に、嫌な予感が私の背筋を駆け上がった。

「最悪の決断……?」


『日本政府は、君たち二人だけでこの国を守り切ることは不可能だと判断した。……君たちに続く、日本の「軍事的な盾」を量産するために』

 黒田は一度言葉を切り、まるで己の罪を告白するような重い口調で続けた。


『現在、極秘裏に集められた数百名の適性を持つ少年少女たちを対象に……第3、第4、第5、第6の覚醒者を生み出すための、大規模な「新規治験」がスタートした』


「なっ……!?」

 悠斗が絶句し、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


「治験って……あの、成功率の異常に低い、悪夢の箱庭アルメルシアにダイブさせるってこと!? まだシステムは完全に制御できていないのに!」

 私はマイクに向かって叫んだ。

 かつて、光輝や咲たちを戦場に立たせた時の痛みが蘇る。それを、今度は国策として、数百人の無垢な子供たちを犠牲にして強行しようというのか。


『他国に対抗するためだ。……犠牲を出してでも、戦力を持たなければ、この国はあっという間に蹂躙される。それが、今の狂った世界の現実なんだよ、瀬戸さん』

 黒田の言葉には、抗いようのない「国家の論理」が冷酷に横たわっていた。


 通信が切れ、激しい海風の音だけが私たちの間に残された。

 守るべき国が、自らの子供たちを兵器の実験台にしようとしている。隣国の冷酷なシステムを憎んでいたはずなのに、気づけば私たちの足元も、同じ狂気に染まろうとしていた。


「……ふざけるな」

 悠斗の低い声が、嵐の中に溶けていく。

 私たちは、底なしの泥沼へと沈んでいくような絶対的な孤立感の中で、波打つ国境の海をただ見つめ続けることしかできなかった。





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