表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

138/160

第138話:『洗練された暴力と、柔の剣戟』

第138話:『洗練された暴力と、柔の剣戟』


 赤い非常灯が、地下三階の冷たいコンクリートの壁を不吉な色に染め上げていた。

 無音の蹂躙を続けてきた巨大な東の軍事国家の暗殺者たち。そのリーダー格である大柄な男が、チタン合金製の軍用刀をだらりと下げたまま、音もなく悠斗の真正面へと滑り出た。


「オラァッ!!」


 先手を取ったのは悠斗だった。

 彼は『身体強化フィジカル・ブースト』によって全身のバネを極限まで引き絞り、コンクリートの床を爆発的に蹴り飛ばした。

 空気を切り裂き、四十キロの鈍色の鉄塊『星斬り』が、横薙ぎの閃光となってリーダー格の暗殺者へと襲いかかる。ロシアのドールたちなら、この一撃で数人まとめて壁の染みに変えられていたはずの、純粋な質量と速度の暴力。


 だが━━。

 カキンッ、と。

 鼓膜を劈くような激突音は鳴らなかった。代わりに響いたのは、硬貨を弾いたような、ひどく軽くて甲高い音だった。


「……なっ!?」

 悠斗が驚愕に目を見開く。


 暗殺者は、迫り来る『星斬り』の絶大な運動エネルギーを「力」で受け止めようとはしなかった。

 刀が激突するコンマ数秒前。彼は自らの軍用刀の刀身に『風の魔法』を薄く、高密度に纏わせ、悠斗の刃に対して斜めから滑り込ませたのだ。

 風のベアリングによる極限の摩擦係数低下。そして、洗練された中国武術の「柔(流し)」の技術。

 四十キロの鉄塊が持つ破壊的なベクトルは、暗殺者の刀身を滑るようにして上空へと完璧に逸らされ、空を切った。


「シッ!」

 大振りの一撃を躱され、体勢が泳いだ悠斗の懐へ、暗殺者が踏み込む。

 それは単なる歩法ではなかった。空間そのものを圧縮して距離をゼロにする魔法、『縮地』。

 悠斗の胸元の真ん前に、暗殺者の左掌がピタリと添えられる。


「悠斗! 離れて!」

 私が叫ぶよりも早く、暗殺者の掌から「ドンッ!」という空気を叩くような鈍い炸裂音が鳴った。

 武術における寸勁(発勁)と、極所的な『空気の圧縮爆発』の魔法の融合。


「ガハッ……!?」

 悠斗の巨体が、見えない砲弾を至近距離で食らったように「く」の字に折れ曲がり、十メートル以上も後方へと吹き飛ばされた。

 彼は背中からコンクリートの壁に激突し、床に崩れ落ちて激しく咳き込んだ。


「悠斗!」

 私が彼のもとへ駆け寄ろうとした瞬間、残りの三人の暗殺者たちが一斉に動いた。

 彼らは一切の言葉を交わさない。ただ、強大な質量兵器である悠斗がダウンしたこの一瞬の隙を突き、私の首を確実に刈り取るという「プログラム」を実行したのだ。


 ヒュンッ!

 私の死角から、音を完全に殺された三本のクナイが飛来する。

 見えなくても、軌道ベクトルは演算できる。


「『偏向ベクトル・ディフレクト』!」

 私はステッキを旋回させ、私を中心とした半径二メートルの重力場を瞬間的に歪ませた。

 飛来したクナイは、見えない磁石に反発するように空中で急カーブを描き、壁のコンクリートに深く突き刺さる。


 しかし、彼らの攻撃はそれで終わらない。

 クナイは単なる目眩まし。その直後、二人の暗殺者が『縮地』で私の左右に同時出現した。

 彼らの刃が、私を十字に切り裂こうと迫る。


「させないわっ!」

 私はステッキを床に突き立て、周囲の空気から一気に熱量を奪い去った。

「『氷結結界フロスト・バリア』!」


 パキィィィィンッ!

 私の周囲に、絶対零度に近い冷気を帯びた分厚い氷のドームが瞬間的に隆起した。

 暗殺者たちのチタンの刃が氷の壁に激突し、火花と共に甲高い音を立てて弾き返される。

 よし、防い━━。


 ドォォォォォンッ!!!!

 安堵したのも束の間、私の展開した強固な氷のドームが、凄まじい衝撃と共に粉々に砕け散った。

 砕いたのは、リーダー格の暗殺者。

 彼は悠斗を吹き飛ばした後、即座に私へとターゲットを切り替え、氷の壁に対して魔法を纏わせた軍用刀の柄頭を、武術の力学(重心移動)のすべてを乗せて叩き込んだのだ。


 氷の破片がダイヤモンド・ダストのように赤い非常灯の下で舞い散る。

 その冷たい霧の中から、感情のない暗殺者の瞳が私を射抜いた。

 軍用刀の切っ先が、私の喉笛に向かって無音で突き出される。


「オオオオオオッ!!」

 ガギィィィンッ!!!!


 間一髪。

 立ち上がった悠斗が、凄まじい咆哮と共に床を蹴り、私の目の前に割り込んだ。

 彼の大剣が暗殺者の突きを下から跳ね上げ、ギリギリのところで凶刃から私を救い出す。


「……ハァ、ハァ……。悪い、油断した」

 悠斗が肩で息をしながら、口の端から流れる血を手の甲で拭った。

「アイツの動き、マジでふざけてるぜ。俺の剣の重さを全部『無かったこと』にしやがる」


「……これが、国家が育成した本物の暗殺部隊。武術の理合と、魔法の精密なコントロールが、完全にシステム化されているわ」

 私は背中に冷たい汗を感じながら、ステッキを握り直した。


 アメリカの強化兵士のような、痛覚を消しただけの力任せの暴力ではない。

 ヨーロッパの狂信者のような、自己暗示に頼った不安定な魔術でもない。

 洗練され尽くした殺人技術。人間の身体構造の弱点と、物理法則の隙間を縫うように構築された、緻密で美しいまでの暴力の連鎖。

 悠斗がアルメルシアの戦場で培ってきた「重装騎士としての力と技」が、現実世界で初めて、完全に手玉に取られていた。


 四人の暗殺者たちは、再び音もなく私たちを取り囲む陣形をとった。

 彼らの呼吸は乱れていない。まるで、最初から勝利が確定しているチェスの盤面を進めているかのように、冷徹で正確だ。


「……力任せが通じねぇなら」

 悠斗が、大剣の柄を両手で強く握りしめ、低く重心を落とした。

 彼の周囲の空気が、異常な熱を帯びて陽炎のように揺らめき始める。


「全部、まとめて叩き斬るだけだッ!!」


 悠斗が、再び床を爆発させて突進した。

 暗殺者たちが迎撃の態勢をとる。リーダー格の男が、先程と同じように風の魔法を刀に纏わせ、悠斗の剣を流そうとする。

 しかし、今の悠斗の太刀筋は、先程とは違っていた。


「『連続剣チェイン・ストライク』ッ!!」


 重い一撃を流された直後、悠斗はその反動を強引に利用して身体を反転させ、流されたはずの四十キロの鉄塊を、コマのように回転させてもう一度叩き込んだのだ。

 ガキィィィンッ!!

 今度は、暗殺者の刀が流しきれずに激突した。

 さらに三撃目、四撃目。

 人間の関節の構造を無視したような、物理法則に反する速度での大剣の連続攻撃。悠斗は自らの筋肉と骨が軋むのも構わず、己の身体能力の限界を超えた連撃の嵐で、暗殺者の「柔の技術」そのものを力で押し潰そうとしていた。


「いけぇっ、悠斗!」

 私は彼を援護するため、暗殺者たちの足元の摩擦係数を事象改変で極限までゼロに近づけた。

 踏ん張りを効かなくさせるための、物理的なデバフ。


 だが、国家の暗殺者たちは、私たちの想像をさらに超えていた。

 リーダー格の暗殺者は、足元が滑ることを瞬時に悟ると、無理に踏ん張ることをやめた。

 彼は悠斗の四撃目の重撃を刀の腹で受けながら、自ら後方へと跳躍し、空中で見事に回転して衝撃を逃がしたのだ。

 そして、彼が床に着地するその刹那。


 彼を援護するように、残りの三人の暗殺者たちが、今度は悠斗ではなく『私』へと狙いを定めて一斉に襲いかかってきた。

 悠斗が大剣を振り切って隙だらけになった、そのコンマ一秒の空白。

 私が悠斗の援護に魔法を使い、防御が手薄になった、その絶対の死角。

 すべてが、彼らの冷酷な演算アルゴリズムの通りに動かされていた。


「梨花ッ!!」

 悠斗の絶望的な叫びが、赤い非常灯の下に響き渡る。


 無音の刃が、私の命を刈り取るために、四方から同時に迫り来る。

 息の詰まるような死の舞踏。

 日本の防衛の最深部で、私たちは今、完全なる敗北の淵に立たされようとしていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ