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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第129話:『薔薇の血族と、錬金術師の玉座』

第129話:『薔薇の血族と、錬金術師の玉座』


 ギィィィィ……と、蝶番が重々しい悲鳴を上げ、マホガニーの巨大な両開き扉がゆっくりと開かれた。


 そこは、夜の闇と月明かりが支配する、静寂で広大な空間だった。

 天井を見上げれば、緻密なフレスコ画が描かれたドーム状の屋根が広がり、壁一面には巨大なステンドグラスが嵌め込まれている。剣に絡みつく真紅の薔薇、太陽と月、そしてフラスコの中で燃える炎━━錬金術の象徴とされる不可解なモチーフたちが、外から差し込む青白い月明かりを透過し、磨き上げられた大理石の床に毒々しい極彩色の影を落としていた。


 鼻を突くのは、地下牢獄の腐敗臭ではない。

 何百年も熟成されたような古いワインの香りと、脳の髄を痺れさせるような、重く甘い乳香、フランキンセンスの匂い。


「……随分と悪趣味な部屋だな」

 悠斗が大剣『星斬り』を肩に担いだまま、油断なく周囲に視線を巡らせる。

 私はステッキを握りしめ、部屋の最奥━━数段高くなった大理石の祭壇へと目を向けた。


 極彩色の影が交差するその場所に、豪奢なベルベットのクッションが敷かれた『玉座』があった。

 座っているのは、真紅のマントを羽織った痩身の男。ローゼンバーグ家の若き当主、ヴィンセントだ。彼は右手に黄金と鉛が捻じれ交わった奇妙な杖を持ち、その傍らには、カタコンベで私たちを取り逃がした毒使いの魔女・クロエが、獲物を狙う雌豹のような蠱惑的な笑みを浮かべて寄り添っていた。


『ようこそ、我が至高のアトリエへ』


 ヴィンセントが、玉座に深く背中を預けたまま、朗々と響く声で私たちを出迎えた。

『地下の「失敗作」どもを退け、オカルトの幻影を打ち破ってここまで辿り着くとは。……素晴らしい。君たちのような極上の「素材」が自らこの釜に飛び込んでくれたことを、心から歓迎しよう』


『黙れ、ヴィンセント・フォン・ローゼンバーグ!』

 私たちの前に、アーサーが歩み出た。

 彼は乱れた燕尾服のまま、銀色の拳銃の銃口を真っ直ぐにヴィンセントの心臓へと向けている。


『ユーロポール広域捜査局の権限において、お前を逮捕する。罪状は、違法薬物の密造と流通、ならびに……地下に監禁された無数の人々に対する、非人道的な人体実験と大量殺人の容疑だ』

 アーサーの声には、これまでにないほどの強い怒りと、確固たる正義感が宿っていた。


 しかし、その鋭い通告を聞いても、ヴィンセントの端正な顔には微塵も動揺が走らなかった。それどころか、彼は酷く滑稽な冗談でも聞いたかのように、ククク……と喉の奥で嗤い始めたのだ。


『人体実験? 殺人? ……言葉の定義を間違えないでもらいたいな、猟犬の諸君。あれは「精製」だよ』

「精製、ですって……?」

 私は思わず顔をしかめた。


『そうだ。古来より、我々ヨーロッパの特権階級は、愚かな大衆を導く存在としてこの大陸を支配してきた。血統という名の「黄金」を保つためにな。……だが、時代は下り、科学という無粋な平民の遊びが、我々の特権を薄れさせてしまった』

 ヴィンセントは立ち上がり、黄金と鉛の杖をカツン、と大理石の床に突いた。


『そんな時、私の手元に舞い込んできたのが……君たちが「アルメルシアのバグデータ」と呼ぶ、あの神秘のプログラムだ。……私は一目で理解したよ。あれは単なるデジタルデータなどではない。神が我ら薔薇の血族にのみ与えたもうた、真理への鍵━━現代の「賢者の石」なのだとね』


 ヴィンセントの左目が、淀んだ赤い光を妖しく放ち始める。

 強烈な自己暗示と、極限まで精製された魔法薬の乱用。彼はそれを「高貴な魔術」だと本気で信じ込んでいるのだ。


『私はあのデータを「魔法薬」として抽出し、強烈な暗示の儀式を組み合わせることで、脳の使われていない領域を強制的に開花させる術を編み出した。……だが、至高の進化に耐えうるのは、選ばれた「高貴な器(血統)」だけだ』

 彼はステンドグラスを見上げ、恍惚とした表情を浮かべた。


『地下の者たちは、ただの「鉛」だ。黄金を精製するためには、大量の鉛を犠牲にし、溶かし、不純物を捨て去るプロセスが不可欠なのだよ。彼らは、私という至高の生命体が進化するための礎となった。これほど名誉なことはないだろう?』


「……狂ってるわ」

 私は吐き気を催すほどの嫌悪感と共に、彼を睨み据えた。

「自分を神か何かだと勘違いして、無関係な人たちの命を使い潰す。……そんなのは進化でも錬金術でもない。ただの、欲にまみれた薬物中毒者の妄言よ」


『科学というチンケな常識に縛られた東洋の唯物論者には、この神秘の美しさが理解できないらしいな』

 ヴィンセントが冷酷に目を細める。


『恥を知れ、ヴィンセント!』

 アーサーが怒気を孕んだ声で怒鳴った。

『貴族の誇り、ノブレス・オブリージュとは、力無き者を守り、導くための義務だ! お前のように、弱者を食い物にして自己の欲望を満たすような外道は、ヨーロッパの血統を語る資格すらない!』


『……吠えるな、下民が』

 ヴィンセントの声の温度が一気に下がり、絶対零度の殺気が部屋を包み込んだ。

『理解できないのなら、その身に直接教えてやろう。この私に至った「黄金の真理」という名の、圧倒的な力を』


 ヴィンセントが杖を振り上げた瞬間、隣にいたクロエが楽しげに笑い、懐から紫色の液体が入ったフラスコを取り出した。

『ヴィンセント様の手を煩わせるまでもありませんわ。私が、このネズミどもを綺麗な骨に変えて差し上げます』


「させねぇよッ!!」

 クロエがフラスコを床に叩きつけようとした瞬間、悠斗が爆発的な脚力で床を蹴った。

 四十キロの鉄塊が、月明かりを反射して銀色の軌跡を描く。


『遅いっ!』

 クロエがフラスコを割り、紫色の毒霧を放とうとする。

 だが、私はすでにステッキを構え、彼女の周囲の「結果」をイメージしていた。


「『気圧操作プレッシャー・ロック』!」

 毒霧が拡散する前に、クロエの周囲の気圧をピンポイントで超高圧に書き換える。

『なっ……!? 煙が、広がらない……っ!?』

 クロエの放った毒霧は、目に見えない気圧の壁に押し潰され、彼女の足元にポトリと落ちて霧散した。


「オラァッ!!」

 悠斗の大剣の峰が、無防備になったクロエの横腹を強かに打ち据えた。

『ガハッ……!?』

 美しい毒使いの魔女は、くの字に体を折り曲げ、大理石の床を転がって部屋の隅へと叩きつけられ、そのまま意識を失った。


 一瞬の連携。

 アメリカでの戦いを経て、私たちのコンビネーションは完全に研ぎ澄まされていた。


「残るはお前だけだ、錬金術師気取りの王様」

 悠斗が大剣を肩に担ぎ直し、ヴィンセントに切っ先を向ける。


『……チッ。無能な女だ』

 ヴィンセントは倒れたクロエを一瞥もせず、忌々しげに舌打ちをした。

 そして、彼はゆっくりと自らのマントの内側に手を入れ、一本の注射器を取り出した。その中には、ホールの貴族たちが飲んでいたものとは比べ物にならないほど高濃度に精製された、黄金色に輝く『魔法薬の原液』が波打っていた。


『認めよう、君たちが規格外の力を持っていることを。……ならば、私も手加減はしない』

 ヴィンセントは、一切の躊躇なく、その注射器の太い針を自らの首筋に突き立て、黄金の薬液を一気に体内へと注入した。


 ドクンッ!!


 部屋の空気が、びりびりと震えた。

 ヴィンセントの金糸の髪が逆立ち、青白かった肌の表面に、黄金色に輝く奇妙な幾何学模様━━彼らが『魔術陣』と呼ぶ暗示の回路が、刺青のように浮かび上がっていく。

 彼の両眼は完全に淀んだ深紅に染まり、人間という枠組みを外れた、強大で不吉な魔力が嵐のように渦巻き始めた。


『━━万物は流転する。大いなる真理よ、我が意志のままに形を変え、下等な鉛どもを貫く黄金の牙となれ!』


 ヴィンセントが杖で大理石の床を激しく叩きつけた。

 その瞬間。

 私たちの足元の硬い大理石が、まるで沸騰する水のようにブクブクと波打ち始めたかと思うと、一瞬にしてその物質構造を変化させた。


 石が、金属に変わる。

 無数の鋭利な「黄金の槍」となって、床から私たちを串刺しにせんと凄まじい速度で突き出してきたのだ。


「梨花ッ!」

「わかってる!」


 私はステッキを床に向けた。

 計算はいらない。伸びてくる黄金の槍の「運動エネルギー」が、完全にゼロになる結果だけを強く念じる。


「『運動停止キネティック・フリーズ』!」


 ピタッ……!

 私の足元、そしてアーサーの足元を貫こうとしていた黄金の槍が、間一髪のところでピタリとその動きを止めた。


「デェェェェイッ!!」

 悠斗は魔法で止めることなく、自らの足元から迫る黄金の槍を、大剣による物理的な破壊の嵐で次々と粉砕していく。ガキィィィン! と黄金の破片が火花を散らして飛び散った。


『……なるほど、面白い。私の錬金術、奇跡に、真っ向から干渉してくるか』

 ヴィンセントが、血走った目を見開き、狂気に満ちた笑みを深めた。

『だが、どこまで耐えられるかな? この部屋のすべてが、君たちを殺す刃となるのだぞ!』


 彼は両手を広げ、部屋中の彫刻や燭台、ステンドグラスの破片までもを空中に浮遊させ、それらをすべて鋭利な金属の刃へと変質させていく。


 質量保存の法則すら無視しようとする、極限の暗示による強制的な事象改変。

 オカルトの妄想が生み出した狂乱の錬金術師と、現代物理学を感覚で操る私。


「……何が奇跡よ。原子の配列を無理やり捻じ曲げているだけの、燃費の悪い自傷行為じゃない」

 私はステッキを天に掲げ、周囲に浮かび上がった無数の刃を睨み据えた。


 黄昏の古城の最上階。

 月明かりの下で、血統と狂信に彩られたヨーロッパの闇との、真の最終決戦が幕を開けた。





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