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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第116話:『物理学(フィジクス)vs アメコミ物理(トゥーン・ロジック)』

第116話:『物理学フィジクスvs アメコミ物理トゥーン・ロジック


「いい? 魔法というのは、単なる奇跡やスーパーパワーじゃないの。この世界に存在する『物理法則』への、意識的な介入と改変。それが基本原理よ。もちろんイメージも大事だけどね」


キャンプ・リバティ内の戦術講義室。

私はホワイトボードの前に立ち、黒いマーカーで数式を書き殴っていた。


「例えば、風を起こす魔法。ただ『風よ吹け』って念じるんじゃなくて、このベルヌーイの定理をイメージして、空間の気圧差プレッシャー・ギャップを作り出すの。そうすれば、最小限の精神負荷コストで、最大の暴風を生み出せるわ」


 私は熱弁を振るい、くるりと振り返った。

 そこには、ポカンと口を開けたジャックと、困り顔でノートを握りしめているサラの姿があった。


『……えーと、リリア?』

 ジャックが頬杖をつき、あくびを噛み殺しながら手を挙げた。

『その、黒板の落書きは何だ? 暗号か? 俺たちは数学の授業を受けに来たんじゃなくて、もっとこう、クールな必殺技を教わりたいんだけど』


「落書きじゃないわ、流体力学の基礎方程式よ! これを理解してないと、暴風の向きも強さも制御できないでしょ?」


『いやいや、制御なんて簡単だろ』

 ジャックは立ち上がり、ニカッと笑って自分の力こぶを叩いた。

『こうやって、腹にグッと力を入れて……悪党に向かって「喰らいやがれ!」って気合いを入れる。そうすれば、ドカン!だ。シンプルだろ?』


「……は?」

 私が呆気にとられている間に、ジャックは「見本を見せてやるよ」と言って、部屋の隅にある訓練用のターゲット、鋼鉄製のドラム缶に向かって掌を突き出した。


『食らえ! ジャスティス・ブラストッ!!』


 ドゴォォォォォォォォンッ!!!!


 閃光と共に、講義室が揺れた。

 ドラム缶は一瞬で溶解し、その背後の強化壁すらも黒く焦げ付いて、巨大な穴が開いている。スプリンクラーが作動し、部屋中に水が降り注いだ。


『へへっ! どうだ、見たか? 数式なんていらないんだよ、ハートがあればな!』

 びしょ濡れになりながら、ジャックが得意げに親指を立てる。


 私は、濡れた髪をかき上げながら、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 出力は凄まじい。それは認める。

 でも、無駄が多すぎるのだ。

 今の彼の一撃は、標的を破壊するのに必要なエネルギーの十倍以上を消費している。残りの九割は、無駄な熱と光と衝撃音として周囲に撒き散らされただけ。これでは「燃費」が悪すぎて、長期戦などできるわけがない。


「……じゃあ、サラ。あなたは?」

 私は気を取り直して、おずおずと座っているサラに話を振った。


『あ、はい。……私は、そんな難しいことはわかりません。ただ……』

 サラは胸元の銀のクロスを握りしめ、静かに目を閉じた。

『主よ。迷える私たちを、邪悪なるものからお守りください……アーメン』


 キィィィィン……。

 彼女の周囲に、黄金色に輝く幾何学的な光の障壁が出現した。

 私の『物理防御シールド』とは違う。空気の壁でも、岩盤の壁でもない。

 言うなれば「聖域」。彼女が「ここは安全だ」と信じ込んだ空間そのものが、外部からの干渉を拒絶している。


「悠斗、試してみて」

「ああ」

 悠斗が『星斬り』の峰で、軽く障壁を叩く。

 ガィンッ!!

 金属音と共に、大剣が弾かれた。悠斗が少し力を込めて押し込んでも、光の壁はびくともしない。


『……すごいな。物理的な硬度を感じねぇ。「絶対に壊れない」という概念がそこに置いてある感じだ』

 悠斗が興味深そうに分析する。


 確かに防御力は完璧だ。

 でも、彼女の魔法には「プロセス」がない。

 どのような物理作用で衝撃を相殺しているのか、熱を遮断しているのか、本人も全く理解していない。「神様が守ってくれているから大丈夫」という、盲目的な信仰心だけで成立している。


 ***


「……ダメだわ、これ」


 講義の後、施設のカフェテリアで、私はテーブルに突っ伏していた。

 目の前にはアメリカサイズの巨大なハンバーガーがあるが、食欲が湧かない。


「彼らの魔法は、私たちのとは根本的に『OS』が違うのよ」

 私は悠斗に向かって嘆いた。

「私たちは『物理法則』という共通言語を使って、現実を書き換えている。プロセスがあるから、応用も利くし、力加減も調整できる。……でも、彼らは違う」


「アメコミ物理、トゥーン・ロジック……ってやつだな」

 悠斗がコーラを飲みながら苦笑する。

「ジャックの魔法は、『ヒーローはビームを出して壁を壊すものだ』というコミックの文法、ロジックで動いてる。サラの場合は『神への祈り』だ。……理屈じゃねぇんだよ。『そうなるのが当たり前』だと思ってるから、そうなる」


「それじゃあ、指導のしようがないじゃない!」

 私は声を荒らげた。

「ジャックに『ビームの出力を10%に絞って』と言っても、彼はできないわ。だって、コミックのヒーローは常にフルパワーで悪党をぶっ飛ばすものだから! ……サラだって、もし『神様が守ってくれないかも』って不安になったら、その瞬間にバリアが消えて死ぬわよ」


 イメージだけで動く魔法は、強力だが脆い。

 精神状態に左右されやすく、暴走すれば歯止めが利かない。ジャックがもしパニックに陥って「世界が終わる!」と思ったら、本当に周囲一帯を消し飛ばしかねないのだ。


「物理学を教えても、彼らは『魔法』と結びつけられない。……だって、彼らにとって魔法は『科学』じゃなくて、『奇跡』や『スーパーパワー』なんだもの」


 教官としての初めての挫折。

 言葉は通じても、心の奥底にある「世界をどう認識しているか」という根っこの部分が違いすぎる。


「まあ、焦るなよ」

 悠斗が私の皿からフライドポテトを一本つまんで口に放り込んだ。

「あいつらだって、世界を守りたいって気持ちは同じだ。……教科書通りの教え方が通じないなら、別の翻訳アプローチが必要なんじゃねぇか?」


「別の、翻訳……?」


 その時、カフェテリアのモニターにニュース速報が流れた。

『緊急ニュースです。ニューヨーク・マンハッタンの銀行に、武装した強盗団が立てこもっています。犯人グループは……「壁をすり抜ける魔法」を使用しているとの情報です』


 警報音が鳴り響き、ジャックとサラがカフェテリアに駆け込んできた。

『ヘイ! 出番だぜ、教官! NYPD(ニューヨーク市警)がお手上げらしい! 俺たちのパワーを見せてやる時だ!』

 ジャックはやる気満々だ。サラも緊張した面持ちで頷いている。


「……実戦テスト、か」

 私は立ち上がり、不安を押し殺してステッキを握った。

 理屈の通じない彼らが、本物の現場でどう動くのか。そして、制御できない「正義」が何を招くのか。

 嫌な予感を抱えたまま、私たちはヘリポートへと走った。





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