第109話:『招かれざる乱入者と、現実の重み』
第109話:『招かれざる乱入者と、現実の重み』
ズドドドドドドドッ!!!!
頭上から降り注ぐ重機関銃の掃射が、東富士演習場のぬかるみを次々と爆発させていく。
ペイント弾ではない。肉を削ぎ、骨を砕く、本物の鉛玉だ。
悠斗に覆い被さられるようにして地面に伏せた私のすぐ真横を、熱を持った弾丸が空気を裂いて通過していく。
「ヒッ……!? あ、あああッ……!」
隣で地面に這いつくばった光輝が、悲鳴ともつかない声を上げた。
彼の視線の先。先ほどまでキャンベルの護衛として立っていたアメリカ軍の兵士が、無数の銃弾を浴びて血だまりの中に崩れ落ちていた。
防弾チョッキの隙間を抜けた凶弾。生々しい赤黒い血が、雨に打たれて泥水と混ざり、光輝の頬へと跳ねた。
「血だ……本物の、血……ッ!」
光輝の顔から血の気が失せ、ガントレットを装備した両手が痙攣したように震え出す。強がっていた不良少年の仮面が剥がれ落ち、ただの「死に怯える若者」の顔がそこにあった。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
咲は頭を抱えてうずくまり、目をきつく閉じて泣き叫んでいる。
「伏せたままでいろッ!!」
悠斗が怒鳴り、背中の『星斬り』を引き抜いて弾幕の盾となる。
同時に、周囲に展開していた真田大尉率いる戦術班が、即座に車両の陰や瓦礫に身を隠し、上空の輸送機へ向けてアサルトライフルの反撃を開始した。
「怯むな! 敵降下部隊が来るぞ!」
真田大尉の怒号が飛び交う。
上空の黒い輸送機から、ワイヤーを伝って次々と黒装束の兵士たちが降下してくる。
某国の『ドール』部隊。
彼らは着地と同時に一切の無駄なく散開し、虚ろな瞳のまま私たちの方へと銃口を向けた。
『━━Target confirmed. 3rd Generation Awakened. (目標確認。第3世代覚醒者)』
ドールの一人が、機械的な音声でそう呟いた。
狙いは、咲と光輝の拉致。日本の「新しいサンプルの獲得」だ。
「させないッ!!」
私は伏せた状態からステッキを突き出し、強烈な事象改変のイメージを脳内で組み上げた。
対象は、私たちとドール部隊の間にある泥濘。
土壌の水分を急激に蒸発させ、同時に土の粒子を高熱で融合させる。
泥から、強固な岩盤への相転移。
「『土壌硬化』!」
ゴゴゴゴゴッ!!
地鳴りと共に、私たちの目の前の泥が急激に隆起し、厚さ数十センチ、高さ三メートルに及ぶ半円形の「岩の防壁」となってせり上がった。
直後、ドールたちの放った銃弾の雨が岩壁に降り注ぐが、パキン、パキンと乾いた音を立てて弾き返される。
「すげぇ……防いだ……」
光輝が呆然と呟く。
「悠斗! 防壁の右側から回り込んでくる!」
私が叫ぶと、悠斗は「おうッ!」と短く応え、岩壁の端から躍り出た。
銃弾の軌道を見切りながら、間合いに飛び込んできた三人のドールを『星斬り』の峰で次々と薙ぎ払う。骨が折れる鈍い音。殺さないための、ギリギリの力加減。悠斗の負担は計り知れない。
「真田大尉! 敵の動きを止めてください!」
「了解だ! 制圧射撃、撃てェッ!」
真田大尉たちが、ドールたちの足元や武装を狙って正確な射撃を放つ。痛覚のないドールたちも、膝の関節を撃ち抜かれたり、銃を破壊されれば動きが止まる。
そのわずかな隙を、私は見逃さない。
「『電磁パルス』ッ!」
ステッキから不可視の波動を放ち、彼らのこめかみに埋め込まれたチップの回路を焼き切る。
プツン、プツンと、操り人形の糸が切れたように、次々とドールたちが泥の中に倒れ伏していった。
『━━クソッ! 日本の防空軍が来るぞ! 撤退だ!』
不利を悟ったのか、あるいはレーダーが自衛隊の接近を捉えたのか。輸送機から撤退の合図を示す赤いフレアが放たれた。
生き残ったドールたちが、倒れた仲間を見捨てるようにして素早くワイヤーを巻き上げ、輸送機へと撤収していく。
ゴォォォォォォッ……!
黒い機影が、灰色の雲の中へと逃げるように消えていった。
演習場に、再び静寂が戻った。
残されたのは、血の匂いと硝煙、そしてあちこちで呻き声を上げるアメリカ軍の兵士たちと、気絶したドールたちの姿だけだった。
「……終わったか」
悠斗が大剣を下ろし、肩で大きく息を吐いた。
「ひぐっ……ううぅ……っ」
私の足元で、泥まみれになった咲が、しゃくり上げながら泣き続けていた。
光輝は、血だまりの中に倒れている兵士の死体から目を逸らすことができず、ただガタガタと歯の根を鳴らして震えている。
これが、現実だ。
VRシミュレーターのように、ログアウトすれば綺麗な体でベッドの上に戻れるわけじゃない。
痛くて、臭くて、理不尽に命が奪われる、本物の殺し合い。
「……怖かったね」
私はステッキを放り出し、泥だらけの地面に膝をついて、咲の細い体を力いっぱい抱きしめた。
14歳の少女。つい数日前まで、学校で友達と笑い合っていたはずの子供だ。
こんな子が、血の匂いを嗅いで震えなければならないなんて、絶対に間違っている。
「リリア様ぁ……っ、私……死にたくないっ……お母さんに、会いたいよぉ……っ!」
咲が私の胸にすがりつき、子供のように号泣した。
「……キャンベル」
悠斗が、後方で腰を抜かしているCIAの男に向かって、静かな怒りを孕んだ声で歩み寄った。
「これが、お前らの言う『大人の戦争』か? 自分の部下が死んでも、子供が泣き叫んでも、ただ後ろで震えてるだけかよ」
「ち、違う! これは予定外の事態だ……! 奴らが日米の演習を嗅ぎつけるなんて……!」
キャンベルは顔面を蒼白にし、言い訳を並べ立てた。
「もういい」
私は咲の背中を撫でながら、立ち上がった。
悲しみや恐怖は、すでに私の内側で冷たく鋭い「決意」へと変わっていた。
「……悠斗、真田大尉」
私は二人を見た。
「こんな間違った連鎖、もう終わりにしましょう」
私の声は、自分でも驚くほど静かで、確かな響きを持っていた。
「某国は子供を兵器にして送り込み、日本は子供を盾にして国を守ろうとしている。……こんな狂った天秤の上で、この子たちに『戦い方』を教えるなんて、間違ってる」
「梨花……」
悠斗が、痛ましそうに私を見る。
「元凶を断ち切るの。……彼らの頭に埋め込まれたチップを制御している、某国の『マザーサーバー』。……それを物理的に完全に破壊しない限り、この戦争は終わらない」
それは、もはや「防衛」ではない。
敵の懐深くへと潜入し、国家の軍事中枢を叩き潰すという、狂気の「逆侵攻」の宣言だった。
でも、やらなければならない。
二度と、こんな無垢な子供たちに、血の匂いを嗅がせないために。
灰色の空から、冷たい雨が降り始めた。
泥に塗れた富士の麓で、私たちは世界を相手にした本当の「反逆」への一歩を踏み出したのだった。




