第108話:『圧倒的な力の差(デモンストレーション)』
第108話:『圧倒的な力の差』
ズドォォォォンッ!!
東富士演習場のぬかるみを爆発させるように蹴り上げ、三体の「強化兵士」が放射状に散開して私たちへ襲いかかってきた。
外骨格のモーター駆動音と、薬物によって限界突破した筋肉の軋む音が、不気味な和音となって響く。
「まずは生意気なガキからだ! 叩き潰せ!」
後方でキャンベルが歪んだ笑みを浮かべて叫ぶ。
「……直線的すぎる」
先頭の一体が悠斗の顔面を粉砕しようと、丸太のような右ストレートを放った。
風を裂く凄まじい一撃。しかし、悠斗はその場から一歩も動かなかった。拳が直撃するコンマ数秒前、彼は首をわずかに傾け、紙一重でその暴威を躱したのだ。
「なっ……!?」
「痛覚を消して、防御を捨ててるだけだろ。……そんなのは『強さ』とは呼ばねぇよ」
すれ違いざま、悠斗の腕がブレた。
背中から引き抜かれた四十キロの鉄塊『星斬り』。その分厚い刀身の「腹」の部分が、強化兵士の無防備な脇腹へと正確に叩き込まれる。
ゴッ……バキィィィンッ!!
鈍い衝撃音と共に、頑強な外骨格の装甲がひしゃげ、火花を噴き出しながら吹き飛んだ。
「ガァッ……!?」
痛覚がないはずの強化兵士が、物理的な肺への圧迫と平衡感覚の喪失により、白目を剥いて泥水の中へと崩れ落ちた。一撃。わずか数秒の出来事だった。
「馬鹿な……!? 強化兵士のパワーを正面から弾き飛ばしただと!?」
キャンベルが葉巻を取り落とし、素っ頓狂な声を上げる。
「残り二体、私に来ます!」
私はステッキのクリスタルを握り直し、迫り来る二体の怪物を見据えた。彼らは悠斗の異常な戦闘力を瞬時に計算し、相対的に「弱者」と見える私の方へとターゲットを変更したのだ。
「お前ら、下がってろ!」
悠斗が後方でへたり込んでいる光輝と咲に向かって叫ぶ。
私は深く息を吸い込み、足元の地面に意識を集中させた。
物理の知識を基盤にした、強烈な事象改変のイメージ。
対象は、彼らが踏みしめる泥濘の水分。土の粒子を支える摩擦力を、水分の急激な振動(液状化現象)によって奪い去る。
「……沈めッ!」
ステッキを地面に向けた瞬間。
ズブブブブッ!! と、二体の強化兵士の足元のアスファルトと泥が、突如として底なし沼のように流動化した。
「オォォォッ!?」
総重量百キロを超える外骨格の重みが仇となり、彼らは勢いよく膝上まで泥の中に飲み込まれる。
「今度は、熱を奪う……『凍結』!」
間髪入れず、私は水分の分子運動を強制停止させるイメージを飛ばした。
ピキィィィンッ!!
液状化していた泥沼が、一瞬にしてコンクリートよりも硬い永久凍土へと相転移する。二体の怪物は、下半身を完全に氷と泥の枷に封じ込められ、彫像のように動けなくなった。
「ギ、ギギギ……ッ!」
彼らは強引に脚を引き抜こうと外骨格の出力を最大にする。関節部のモーターが悲鳴を上げ、オーバーヒートの煙が上がるが、私の「魔法」で作られた結合は物理的な力だけでは砕けない。
「悠斗!殺さないで!」
「おうっ!」
拘束され、ただの的となった二体の頭上へ、悠斗が高く跳躍した。
『身体強化』による圧倒的なバネ。彼は空中で体を捻り、遠心力を乗せた『星斬り』の峰で、二体の強化兵士の首筋(神経節)を正確に打ち据えた。
ゴンッ!!
脳への直接的な物理震盪。いくら薬物で痛みを消していようと、脳が揺れれば意識は刈り取られる。
二体の怪物は、カクンと首を折り曲げ、完全に沈黙した。
静寂が、演習場に落ちた。
戦闘開始から、三十秒も経っていない。
アメリカが莫大な予算と非人道的な薬物で作り上げた「完成された兵器」たちは、ただの高校生二人の前に、文字通り赤子のように転がっていた。
「……そんな、馬鹿な……。私の部隊が、手も足も出ずに……」
キャンベルは顔面を蒼白にし、後ずさりをした。
「キャンベル顧問。……これが、アルメルシアを生き抜いた『本物』です」
少し離れた場所から、真田大尉が呆れ半分、誇らしげな口調で告げた。
私はステッキを下ろし、キャンベルを冷たく見据えた。
「わかったでしょう。……子供の遊びのルールに持ち込んで怪我をしたのは、あなたたちの方よ」
彼らが使っているのは、あくまで「現実の物理法則」の枠内に収まる強化だ。だが、私たちはその法則そのものを書き換えることができる。次元が違うのだ。
「す……すげぇ……」
背後で、光輝が震える声で呟いた。彼の目は、恐怖ではなく、圧倒的な力への畏怖で見開かれている。
「これが、特異点。……次元が違いすぎる」
咲は、へたり込んだまま、信じられないものを見る目で私と悠斗を交互に見つめていた。
彼女の目に映っているのは、もはや「テレビの中のキラキラした魔法少女」ではない。圧倒的な暴力の渦中で、一切の躊躇なく敵を叩き潰す「戦場の怪物」の姿だ。
「……リリア様、こわい……」
咲が小さく呟き、肩を抱いて震えた。
胸が痛んだ。彼女の純粋な憧れを、私は自らの手で粉々に砕いてしまった。でも、これでいい。この恐怖を知らずに戦場に出れば、彼女は確実に死ぬのだから。
「さあ、キャンベル顧問。演習はこれで終わりですか?」
悠斗が大剣を肩に担ぎ直し、キャンベルに凄んだ。
「それとも、あんたも俺に殴られてみるか?」
「ひっ……!」
キャンベルが腰のホルスターに手をかけようとした、まさにその時だった。
ビィィィィィィィィィンッ!!!!
演習場に設置されたスピーカーから、耳をつんざくような本物の『空襲警報』が鳴り響いた。
演習用のサイレンではない。国家の防衛システムが、現実の脅威を検知した時に鳴る最も切迫した警告音だ。
「なんだ!? 演習のプログラムにはないぞ!」
真田大尉が通信機に手を当てる。
「……こちら真田。本部、状況を知らせろ!」
『━━緊急事態! 富士演習場上空に、国籍不明のステルス輸送機が三機接近中! レーダーの網の目をすり抜けて降下してきます!』
黒田の切羽詰まった声が、全員のインカムに響き渡った。
『演習場はすでに包囲されている。……敵は某国のドール部隊! 狙いは、そこにいる第3世代(結城、橘)の拉致と推測されます! 実弾使用を許可する、直ちに交戦態勢に入れッ!』
「な……ッ!?」
光輝が顔を引き攣らせ、咲がヒッと短い悲鳴を上げた。
ズドドドドドドドッ!!!!
黒田の通信が終わるより早く、灰色の雲を突き破って現れた黒い輸送機から、演習場の泥濘に向けて無数の重機関銃の弾丸が雨あられと降り注いだ。
演習場に設置されていたプレハブの監視塔が、木端微塵に吹き飛ぶ。
「伏せろッ!!」
悠斗が叫び、私と咲、そして光輝の上に覆い被さるようにして地面に飛び込んだ。
本物の弾丸が、私たちの頭上数センチを掠めていく。血と硝煙の匂いが、冷たい風に乗って鼻腔を突いた。
日米の牽制という「お遊戯」は終わりだ。
最悪のタイミングで、某国の「本物の殺意」が、私たちを蹂躙するために降り立とうとしていた。




