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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第104話:『将軍のアルゴリズムと、絶対零度の摩擦』

第104話:『将軍のアルゴリズムと、絶対零度の摩擦』


 ドゴォォォォォォンッ!!


 コントロールルームの中央で、爆弾が破裂したような轟音が響き渡った。

 ユーリが操る筋骨隆々のドールが放った右拳と、悠斗が咄嗟に盾として構えた四十キロの『星斬り』が激突した音だ。

 タングステン合金の分厚い刀身が、ミシミシと悲鳴を上げる。悠斗の『身体強化フィジカル・ブースト』をもってしても、その凄まじい衝撃に足元の特殊鋼板の床がひび割れ、数メートル後方へと押し込まれた。


「……くっ、重てぇな……!」

「悠斗!」

「俺は平気だ! 真田大尉、人質を!」


「言われるまでもない! 総員、制圧支援しつつ人質を後方へ退避させろ!」

 真田大尉の的確な指示で、十二名の精鋭たちが一斉に散開する。数名が震えるプラント職員たちを庇うようにして部屋の隅へと誘導し、残りの隊員がユーリの巨体に向けてアサルトライフルの引き金を引いた。


 タタタタタタッ!!

 だが、ユーリは背後からの死角への射撃であるにもかかわらず、振り返りすらしないで首を僅かに傾け、あるいは上体を反らすだけで、すべての銃弾を「ミリ単位」で回避してみせた。


『無駄だと言ったはずだ、通常兵器のおもちゃども』

 ユーリの口角が、グロテスクに吊り上がる。

『この「将軍ジェネラル」のアルゴリズムは、弾道予測、筋肉の収縮音、空気の微かな揺らぎ……すべてを瞬時に計算し、最適解の回避行動を自動出力する。……お前たちの動きなど、スローモーションの映画を見ているのと同じだ!』


 ユーリが床を蹴り、残像を残すほどの速度で真田大尉たちへ牙を剥こうとした。


「させねぇよッ!!」

 悠斗が踏み込み、大剣による袈裟斬りを放つ。

 空気を切り裂く真空の刃。しかし、ユーリはその凶刃すらも「予測」していた。彼は前進する勢いを急停止させ、刀身が鼻先を通過した一瞬の隙を突き、悠斗の懐へと潜り込んだ。


『まずは一人だ、特異点』

 ユーリの巨大な掌が、悠斗の胸ぐらを掴もうと伸びる。


(……やらせない!)

 私はステッキの先端をユーリに向けた。

 彼がどれほど高度な予測アルゴリズムを持っていようと、それはあくまで「現在の物理法則」に基づいた計算に過ぎない。

 なら、その前提となるルールそのものを書き換えてしまえばいい。


 物理の知識を土台にした、強烈なイメージ。

 対象は、ユーリの足元と床の接地面。

 動摩擦係数、限りなくゼロ。

 氷の上などという生易しいものではない。摩擦という概念そのものを、その空間から消し去る。


「『摩擦消失ゼロ・フリクション』ッ!!」


 ステッキのクリスタルが眩く発光した瞬間。

『……なっ!?』

 必殺の一撃を放とうと、強烈に床を踏み込んだユーリの足が、ありえない勢いで空を切った。

 摩擦がないため、踏み込む力がすべて横滑りへと変換され、彼の巨体は無様に宙を舞い、そのまま背中から床に激突した。予測アルゴリズムが対応できない、物理法則の突然のバグ。


「今だ、悠斗ッ!」

「おおおおッ!!」


 悠斗は体勢を崩したユーリを見逃さなかった。

 大剣を頭上高く振りかぶる。殺すためではない。その分厚い「みね」の部分を使い、敵の意識だけを刈り取るための一撃。


『クソッ、小娘が……ッ!』

 ユーリは咄嗟に両腕を交差させ、防御の姿勢をとった。将軍のアルゴリズムが、肉体の限界を超えた硬化を命じる。ボキボキと、彼自身の腕の骨が自壊する音が響く。

 操縦者であるユーリは痛みを感じない。だからこそ、リミッターを無視して肉体を壊すまで酷使できるのだ。


「そんな体で……俺の剣を止められると思うなッ!」


 ドゴォォォォォォォォンッ!!!!


 悠斗の渾身の峰打ちが、ユーリの交差した両腕ごと、その巨体を鋼鉄の床に叩き伏せた。

 衝撃波でコントロールルームのモニター群が一斉に砕け散る。

 ユーリの腕は完全に折れ曲がり、口からは血が吐き出された。ドールであるその肉体は、完全に戦闘不能の状態だ。


「……まだだ!」

 私はステッキを構えたまま、倒れ伏したユーリへと駆け寄った。

 まだ、彼のこめかみにある『金色のチップ』は明滅している。通信が繋がっている限り、彼はこの体を自爆させて証拠隠滅を図るはずだ。


 私は杖の先端をチップに向け、電磁パルスのイメージを脳内で急激に組み上げる。

 電気信号の遮断。回路の焼き切り。


『……ハ、ハハハハ……』

 血まみれの口から、ユーリの嗤い声が漏れた。

『見事だ、特異点。……だが、これでお前たちは「世界」を敵に回した。我が国の量産ラインはすでに稼働している。この程度のドール、いくらでも代わりはいるのだ……』


「黙れ。……お前たちの勝手なゲームに、これ以上子供たちを巻き込ませない」

 私は冷たく言い放ち、ステッキの先端から不可視のパルスを放った。


 パチッ。

 金色のチップが火花を散らし、黒く焦げた。

 ユーリの嗤い声がプツリと途絶え、ドールとなっていた大男の体から、完全に力が抜けた。

 自爆コードは起動していない。通信は、完全に切断された。


「……終わったか」

 悠斗が肩で息をしながら、重い大剣を床に下ろした。

 彼の頬には、ユーリの拳圧で切れた傷から、一筋の血が流れている。


「クリア! 敵兵力の完全沈黙を確認!」

 真田大尉の力強い報告が、コントロールルームに響き渡る。

 隅で震えていたプラントの職員たちが、信じられないものを見るような目で私たちを見つめ、やがて安堵の涙を流し始めた。

 隊員たちが素早く彼らの保護に入り、施設の安全確保に動く。


「……大丈夫か、梨花」

 悠斗が私に歩み寄り、気遣うように顔を覗き込んできた。


「私は平気。……悠斗こそ、無茶して」

 私はステッキをしまい、彼の頬の血を指でそっと拭った。

 ひどく疲労しているはずなのに、私の頭は妙に冴え渡っていた。現実の物理法則をイメージで塗り替える感覚が、まだ手に残っている。

 魔法が、進化している。それが自分でも恐ろしく、同時に、この理不尽な世界と戦うための確かな武器になるという実感があった。


「真田大尉。……レーダー施設は無事ですか」

 悠斗が振り返って尋ねる。

 大尉はコンソールを確認し、深く頷いた。

「ああ。メインサーバーへのハッキング痕跡はあるが、データの抜き取りは完了していなかったようだ。お前たちのおかげだ、神崎、瀬戸。……よくやってくれた」

 プロの軍人からの、心からの称賛。


 でも、私たちの心は晴れなかった。

 床に倒れている大男。通路で眠っている少年少女たち。

 彼らは、遠く離れた異国の施設で、今も意識を囚われたままなのだ。ユーリが言っていた「量産ライン」が事実なら、こんな悲劇が、今この瞬間も世界中で生み出されていることになる。


「……行こう、梨花」

 悠斗が、プラントの割れた窓の外、黒く広がる夜の海を見つめて言った。

「これは、ただの始まりだ。……あいつらの『マザーサーバー』をぶっ壊さない限り、このふざけた戦争は終わらない」


「ええ。……見つけ出して、終わらせましょう」

 私は悠斗の隣に並び、強く頷いた。


 日本の極秘施設を舞台にした初陣は、私たちの勝利で終わった。

 しかしそれは、国境を越え、倫理を越えた『異能戦争』という名の、さらに巨大で絶望的な泥沼への入り口に過ぎなかった。





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