白昼、耳を塞ぐ
掲載日:2026/01/24
かつて友人だった者の悲報を聞いた。
人の醜さを間近に感じた。
信者でもないのに、近くにあった教会に行ってみた。静謐な空間だった。天窓から差し込んだ光は抱きしめたいような慈しみを含んでいた。そこには罪も悪も存在し得ない。形のない罪や悪は浮力を持たない、ただ重たい空気となって、我々の皮膚の表面を覆うだけだ。罪を吐き出す喉元の肉にこそ質量があり、それは密度を持って表層に膿み出していく。
こういうことばかり考えてしまって、よくない。
コンタクトを買いに眼科に行った。隣では小学校低学年くらいの子供が父母としりとりやマジカルバナナで遊んでいる。子供は無邪気だ、小さな研究家だ、見ていて微笑ましい。母なる大地は元来天然のサナトリウムであったはずだ。しかしどうだろう、ぬばたまの想いは霜降る夜を待たずに不信の谷へと消えていったではないか。
つい先程、コンタクトをつけた、今、世界は陽光で輝いている。だがこの汚れた瞳で僕は何を見つめればいい?
車窓を突き抜けて響く、アスファルトを磨耗させる走行音、耳を塞いで叫びたい。




