2 ナマズ、犬、ときどき…わたし。
SCENE:NO.2 CUT:No.4 7/27
カメラ:足元のみのパン
時間帯:昼間
登場人物:カメラマン以外全員
背景:中庭
ゾンビから複数の生徒が逃げている足元
→人数不足なため、配置を変えて何度も走ってかさまししてください! あこ
「まいちゃん、家にあるいろんな靴と靴下を一応持ってきたよ。」
「りんかナイス!靴と靴下変えて走ればごまかしが効くだろう。」
「あ、お二人がた。ゾンビメイクやってみたんで一旦意見欲しいっス。らいセンパーイ。」
「よしきた!これ暑いから長時間出来ないかもね~。」
「おお!それっぽいな!」
「もしかしてティッシュを血のりで張り付けてるの?」
「あったりっス!」
SCENE:NO.5 CUT:No.13 8/10
カメラ:手持ち 中距離ショット
時間帯:朝
登場人物:あゆ
背景:屋上(貯水タンク前)
水道が止められているため、主人公が貯水タンクに水を取りに行く
「ねぇまいまい~ここのカット15なんだけど。貯水タンクって教師の許可なしで開けていいのかな。」
「……。」
「あっ逃げた!全員捕まえろ~!」
SCENE:NO.7 CUT:No.1 8/15
カメラ:煽り構図の引き
時間帯:夜
登場人物:えのん
背景:本校舎一階の廊下
後ろに何かいる気がして振り返る、ここにBGMはつけるな!
「これ誰っスか。コンテにカップラーメンこぼしたヒト。」
「す、すまなかった。」
「えっ、あゆセンパイ!?」
SCENE:NO.10 CUT:No.5 8/17
カメラ:三脚、バストアップ
時間帯:夜
登場人物:らい
背景:化学準備室
外はゾンビ出溢れているのに、教師が夜の化学実験室でフラスコを眺めながら怪しげな表情
コンテに、悪天候のため音声は別撮り。と書き加える。相変わらず自分の読みにくい字に眉をしかめながら、いつからかルールと化しているメモの最後に自分の名前を「まい」と書き加えた。
「っア~~~~終わるわけがねぇ!」
「あゆセンパイ壊れましたよー。」
「いつものことだ放っておけ。」
撮影を始めて今日で一か月近くが経った。外からホワイトノイズのように、ザァーーーとバケツをひっくり返したような雨が響いている。撮影も、酷く悪天候だ。いつもなら床に座りたがらないあゆも、床に大の字になって文句を垂れていた。だが、あゆの言い分は正しい。
「うーむ。これは泊まり込みだな。」
「正直そっちの方が良いっス。夜、寝にだけ帰る今の生活よりずっと健康的っスよ。」
「えっ、お母さんが許してくれないかも…。」
りんかが心配そうに口元を触ると、あゆがバッと突然体を起こした。
「その辺りは手を打っておこう。名前だけの顧問に部活動強化合宿といって一週間ほど泊まり込みを親に知らせるようにしておく。」
「ふぅ~!さっすがあゆゆだね!」
あゆは褒められたことを無視して、乱れた髪を前髪から掻き上げながら続きを話す。
「一旦帰宅して、それぞれ荷物や準備をしてまた夜に集まるか。」
「はいはい!せんせーお菓子は持ってきていいですか!」
「先生の分も持ってこれば許してやろう!」
あゆはそういってまた床に寝転んだ。長い黒髪が薄汚れた床に放射を描くように広がった。
いつの間にか雨は止んでいる。
その夜。学校の正門にそれぞれスーツケースやボストンバッグを持った6人が集まった。何がおかしいのか、六人とも疲れているはずなのに、にやついた顔だった。雨がやんで静まり返った、冷たく暗い学校にキャスターの音と土を踏みしめる音だけが響く。
教室に戻る道中、歩くスピードがそれぞれ違って少し差が開いていく。一番前に歩くのが早いらいと小走りのあこ、二番目にりんかとあゆ、最終列に私とえのんになっていた。
「ボストンバッグ、タンスから引っ張ってきたの中学の修学旅行以来っスよ。」
えのんはパンパンに詰まったボストンバッグを重そうに担いでいた。
ボストンバッグを土につけないように体ごと左に傾きながら、けらけらと笑っている。
「まいセンパイ、なんで自分が映画研究同好会に入ったか聞いてきたことありましたよね。」
えのんは足元に転がっていた小石を前方に思い切り蹴る。小石はりんかの横を通過して、惜しかったスね、とまた笑っている。えのんは珍しく、私に目を合わせてきた。
「あの質問、結構自分としては面白い質問だったんスよ。」
「いやぁアレを忘れるって相当ハチャメチャに生きてる人だなって。」
「マ、そっちの方がまいセンパイらしいや。」
けらけらと空に向かって笑っていた。前方、一番前で引っ越しのような荷物を持っていたあこが地面に荷物をおいて、立ち止まっている。
「まいセンパイ、手伝いにいきましょ。」
私は、何を忘れているのだろうか。気になったが、ボストンバッグを担ぎ直して走り出したえのんを引き留めようとした声は喉に引っかかって音にならなかった。
私がそのまま一人で歩いていると、先頭が詰まったからか、みんながあこの荷物の周りに集まっていた。
「あっこは持ってきすぎだよ~!ちょっと持ってあげるから立って!」
らいが自分のキャリーバッグの上にあこの荷物を一つ載せている。
えのんは、見慣れた少し不機嫌そうな真顔に戻って一番軽そうな荷物を持って歩き出そうとしていた。
「ん?」
スマホをライト代わりにしていたあゆは少し怪訝な顔をして画面を覗き込んでいた。
「全国の水道局が一斉にシステムダウンしたらしいぞ。」
「えっ、お水飲めないってこと…?」
「いや一瞬で復旧はされたようだな。」
あゆがスマホを見ながら、あこの一番重い荷物を持って化学実験室に歩き出す。周りも習うように荷物をそれぞれ一つづつ持ってあゆを追いかけた。
ようやく化学実験室までやってくる。短いはずなのに、長くて遠く感じた。
「つっかれたぁ…。」
あこは自分が持っていた荷物の上に崩れるように倒れ込んだ。
「もー喉乾いたかも。」
そう続けて、化学実験室の蛇口をひねり、受け皿の形にした手に水を溜めて飲んでいた。
「これだけの荷物があって、飲料が一つも入ってないのか?」
あゆは不思議そうに話しながら、あこの荷物と自分の荷物を置いた。
「多分こんだけ荷物あるから、取り出すのが面倒なんだと思うよ。」
苦笑しながららいが返事をする。あこは水を飲みながら、頷いていた。見ていたら喉が渇いて、私は持ってきたスーツケースの中から、野球部しか持っていないような大きな水筒を引っ張り出した。
「あ、そうだ!いっぱいお菓子もってきたよ!」
らいは持っていたキャリーケースを開けて、袋を取り出す。中にはスナック菓子やチョコレートの大袋、複数人で分けれそうなお菓子ばかりが入っていた。
あこも負けじとえのんが持っていた一番軽い鞄をひっくり返してお菓子を床にばら撒いてた。
「あ…でも撮影進めたほうがいいかな……。」
眉を下げ自分でばら撒いたお菓子を集めて鞄に詰め直している。
「もう、夜も深い。撮影は明日からでいいだろう。」
私がそう話すとあこは面白いくらい目を輝かせていた。
「え、ちなみにどこで寝るんスか。」
「候補としては保健室のベッド・茶道部の畳あたりだな。」
話しながら候補の数だけ指を出したあゆは自然とピースのポーズになっていた。
「畳って、せめて敷布団ほしいね~。」
「あっ!日本文化研究同好会の方たちが敷布団をしまってたような…。」
りんかのその言葉に全員が振り返る。
「そういえばりんかは日本文化研究同好会にも入っていたか。」
「そうだよ、あとは…アニメーション研究同好会とケルト民謡研究同好会にも入ってるよ。」
少し困ったように笑ってりんかはそう返事をする。私はケルト民謡同好会は初知りだった。
「ケルト民謡?」
「そんな同好会があったんだな。」
あゆも眉をあげていた。
「映画研究同好会もヒトのこと言えないっスからね。」
えのんはすでに自分の荷物を持って、敷布団引きに行くんデショ。と化学実験室を出ていった。壁にかかった時計を見ればすでにシンデレラの魔法が解ける時間だった。
「…0時も過ぎたか。」
「明日もいっぱい撮るし、ねよっか。」
らいは思い切り腕を天井に突き上げ、伸びをして何も持たずに出ていく。
残ったあこ、あゆ、りんかと目を合って自分たちも畳のある茶道部の部室に向かった。
私を含めた三人が着いた頃にはえのんが全員分の敷布団を川の字を二つ書いたように引ききっていた。ついてすぐクーラーを入れたのか、蒸し暑さは無くなっていた。
「あ、遅いっスよ。」
えのんがそう言ったと同時に、今閉めた引き戸が勢いよく開けられる。入ってきたのは赤いジャージを着たらいだった。
「私ここ~!」
らいが勢いよく一番奥の布団に飛びこんで、見えなかった埃が舞った。
横に立っていたあゆが小声でぼそっと、誰に伝えるでもないほどの声量で呟く。
「ここで寝たらハウスダストアレルギーが発症しそうだな。」
「そんな軟弱者に育てた覚えはありません!」
「育てられた覚えも軟弱者の覚えもない。」
あゆが扉を開けて、一番手前の布団の枕元に持ってきた荷物を置いていた。りんかは明らかに壺や掛け軸を置くための床の間に自分の荷物を置いている。
「あれ、らいちゃんそのジャージどこで着替えてきたの?」
あこはちゃっかりらいの横の布団に座り込みながら、もうすでに布団にもぐりこんだらいを見やった。
「保健室にい~っぱい貸す用のジャージが置いてるからね~。」
「学校の備品を私物化するな。といいたいが、私もとってこよう。」
私はうっかりパジャマ、またはそれに代わるものを入れ忘れていた。
Uターンで引き戸を開け、誰もいない廊下に出る。手探りでスイッチを押すと、白い蛍光灯が点灯時に出す音ですら、はっきり聞き取れた。
いっそ、不気味なくらいに静かだ。……まぁ、夜の学校ではうるさい方が、もっと不気味だろうが。かつ、かつ。私の足音だけが長い廊下に反響している。外が暗くなり、窓ガラスは鏡のように私を映していた。
「ホラー映画には、ぴったりだな。」
自分が発した独り言が、静かな水面の波紋のように広がっていく。なんだか、心地が良くない。意識を逸らすためポケットに入れていたスマホを取り出し、癖のようにSNSを立ち上げた。タイムラインには、水道局がシステム停止したことについて陰謀論やら、国を批判する声やらが飛び交っていた。大手ニュースサイトのアカウントのリプライ欄を見れば、これはV国の陰謀だ、と120字を超える長文が一番上に出ていた。つまらないものを見た。だが、夜中の学校に感じる心地悪さも同時に消えた。私は、何かに急かされるように保健室で適当なジャージを引っ張りだして、走り出した。言葉に出来ない嫌な予感がしていた。私は犬でもナマズでもないが、何かの予兆を感じ取っている。
学校と思えない構造の校舎でも、一つの建物だ。走れば、保健室から茶道部の部室まで大して時間はかからなかった。部室は暗くなって静まっていた。そっと起こさないように軋む引き戸を開けて、私は小さく息を吐いた。それもそうだ。あんなに疲れていたら皆すぐ寝てしまうだろう。空いていたあゆとえのんの間の敷布団にそぉっと座り込む。布団は少し湿気っていたが、冷房が良く効いているおかげかそこまで気にならなかった。持ってきたジャージに袖を通して、暗闇に慣れた目で全員の寝顔を見ていた。あこの手が何かを探すように、隣のらいの布団まで侵入している。
「センパイ。」
暗闇で、確かにえのんと目が合った。
「大丈夫っスよ。」
何が、とは分からなかった。だが大丈夫なのか。そうか。理由も理屈もないのにスッと心に浸透して、私は目を閉じた。




