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1 映画研究同好会よ奮起せよ!

私が手を離したシャーペンが机を転がり、床に落下する。某イカのゲーム(ス〇ラトゥーン)の初心者ローラーのように隅から隅まで教室の反対側、壁にあたるまで健気に転がって行った。


時刻は12時3分、定期テスト最終日の最終教科。その上、過去問からしか出題しないことで有名な社畜じみた古典の教師だ。黒板のチョークを置いている粉受けに無理やり立て掛けられた壁掛け時計はテスト開始から約35分の経過を知らせていた。すでに机に突っ伏し始めた生徒もシャーペンを解体しだした生徒もちらほら出ている。外は気が早い蝉が番を見つけられずミーンミーンと人生を悲観するように泣いていた。対して室内は空調が効きすぎていっそ寒い。かくいう私も、古典のテストの問題用紙に関係のない内容を書き連ねていた。内容は、映画の脚本だ。次の映画の脚本がこう、しっくりこないのだ。どれも私が求めるB級映画とは少しずれてしまっている。いいかい、B級映画というのは、根拠不明な出来事!明らかに予算不足の映像!矛盾が出てくる時系列!私はこれらすべてが好きで、愛おしくてたまらないのだよ。そう、王道のゾンビパンデミックなど______

「それだ……!」

「間宮茉依さん、テスト中の私語はカンニングとみなしますよ。」


私は卓上に出していたもう一本のシャーペンで古典の問題用紙に思いついた内容が漏れないように、美味しい食事を掻き込むようにペンを走らせた。外の蝉の声も試験官の教師の声も聞こえなくなっている。


問題用紙を両手で持ち、窓から差し込む光に透かした。光に透かしたその瞬間、私は確信する。


「ゾンビ、()()()がいるじゃないか!」

私はたまらず立ち上がる。


新米らしい教師は慌てて引き留めようとしているが、クラスメイトは私の突発的な行動に今更驚く様子はなかった。

「え、ちょっと、待ってくだ、あ、おい!間宮待て!」

古典の問題用紙ごとかっさらって教室から慣れた様子で飛び出る。気分はゴールテープを切る瞬間だ。廊下にいた見張りの教師は居眠りをしていて私に気づかなかった。教卓にいたテストの見張りの教師も教室から離れるに離れれず扉から半身を出して怒鳴っている。

なんという幸運、やはり世界が私にこの映画を撮れと言っているに違いない!

「次は戦慄!ゾンビパンデミックに決定だ!」



「私は歓喜した。必ず、かの邪知暴虐というほどでもない教師から逃げ、この映画を完成させねばならぬと決意した。まいには演技は分からぬ。まいは、一介の映画オタクであり、アマチュア映画監督である。映画を作るのに仲間が必要だった。まいは教室を飛び越え、廊下を走り、妙に重い扉を開け、つぎはぎの校舎の一番端の端のここ___映画研究同好会の部室に来ていた…。」


私は走れメロスの冒頭を今の気持ちを込めてこの場にそろっている映画研究同好会の諸君に向かって音読をしていた。先ほどの教室と違って、クーラーもない部室は窓が全開にされ、持っている太宰治の走れメロスのページが勝手にパラパラとめくれている。文字を目で追っても、メロスが激怒した次には結婚式に出ているページが開かれた。こちらの方が、セリヌンティウスが捕虜にならず良かったのかもしれない。顔をあげるとじっとりと汗をかいた肌に髪が張り付いて、少しのいらだちと夏を感じた。


「まいちゃん、あの…本を…。」


読書中に走れメロスを私に取られて控えめに困っている少女は、2年の篠原凛架(しのはらりんか)。主にカメラマンを担当している。押しに弱い性格だ。


「え、走れメロス懐かしいっスね。ってかいつ習ったっけアレ。」


今発言した、アイスを食べている少女は、1年の宮本依音(みやもとえのん)。主に映像に映る俳優をしてもらっている。手先が器用なため、小道具が必要になる時は頼むことが多い。今年入ってくれた唯一の一年だ。


「中学二年の時だ。そうじゃない……まい、今はテスト中だろ。」


全く暑さを感じさせないさらさらの黒髪をなびかせている彼女は、三年の神崎歩夢(かんざきあゆ)。完全に演技オンリーの俳優。現実的な思考の持ち主であり、映画の構想が暴走すると必ずあゆがハリセンで私の頭を叩く。ハリセンがいつもどこから出てくるのか、それは学校の七不思議の8つ目の謎だろう。その上ツッコまないといけない星の下に生まれているようだ。


「あゆ、私たちはデカダンスとモラトリアムのベン図の重なりにいるようなものだろう?」


チッチッチ!と指を揺らして演技がかったように話せば、あゆは頬を引きつらせてため息をついていた。


「私たちがでっかいダンスと、も、もらとり?便座?」


一つも分かっていないこの彼女は、二年の古賀亜子(こがあこ)。編集や音響の担当だ。驚くほどのマイペースで、感情をまっすぐ伝えれる珍しい人間だ。自分も見習わなければならない。


「あっこっちゃ~ん、でっかいダンスじゃなくて、デカダンス、だよ!まー。まいまいは難しく話してるけど、要はだるいってこと!」


ポニーテールが揺れる制服を気崩した彼女は、二年の今本來(いまもとらい)。編集の手伝いから、スケジュール調整、映像に映ることも多いバランサーだ。彼女の一番の親友のあこが映画研究同好会に入ったことで、一緒に入ってきた。


「デカダンスは、倦怠的な生活をすることで、モラトリアムは一時的な猶予、先延ばしにしていることだ。学生生活とは非生産的で大人の先延ばしだと…


「あは!まいまい、あこちゃんがパンクしちゃったじゃん!」


「テストせっかく終わったのに、難しい話はあこ嫌です…。」


「それもそうだ。だが、ベン図くらいは知っててほしかったものだな。」


あゆが視線だけを私に寄越して、少し会話のリズムを崩すようにゆっくりと話し出した。


「で、まい。入ってきたということは何か用があるんだろう。」


この部屋だけLEDに変えられていない蛍光灯が点滅している。普通は不吉な予感がするだろうが、今の私にはフラッシュに思えた。部室にする前から置いてあった資料が重ねられた山に私は片足を乗せて、全員の方向を向いた。生ぬるい風が一層強く吹く。埃っぽいカーテンが大きくはためき、光に反射した埃がきらきらと舞っている。私は、渾身の気持ちを込めて人差し指を前に指した。


「ゾンビだ!」


「人間だろ。」


「あてッ」


熟練の漫才コンビのようにハリセンでたたかれた。足場にしていた資料の山が音を立てて崩れ、私は慌ててバランスを取った。顔をあげた時にはハリセンが無くなっている。走れメロスも手からなくなっていた。


「ぐぬ、ハリセンを収納する瞬間、また目にすることが出来なかったか。」


「ハハ、あゆセンパイの方がウワテなんスよ。」


「もー!また話それてるじゃん!まいまい、ゾンビがどうしたの?」


笑っていたえのんはすでにアイスを食べ終わって、ぷりぷり怒っているらいが同じアイスを持っていた。そのアイス、箱で買ったのだろうか。いつの間にか走れメロスがりんかの手元に渡っている。


「あぁ、ゾンビパンデミックを撮りたいと考えてな。」


「そういえばB級映画の定番なのにゾンビパンデミックって撮ってなかったよね。」


りんかはそう言って、走れメロスを鞄にしまった。


「ゾンビパンデミックだとどうしても人が足らないだろ。」


このあゆの反論は想定内だ。私は持っていた古典のテストの問題用紙を丸めて、机を叩く。


「それも脚本次第。工夫を凝らせば、人数は最小限で済む。そもそも主演が女子高生の一択だろう。女子高生がゾンビパンデミックのゾンビの中で生き残る方がリアリティに欠ける。もうゾンビが少ない場所に避難しているか、最初からゾンビが少ない場所にいるか。そのどちらかが妥当であり、大量のキャストを導入する必要もなブッ!


発言を遮ったのは、愛しのアイス。あゆの手により、口に押し込まれたのはえのんとらいが食べていた、中にバニラアイスが入っているタイプのソーダアイスだった。アイスに罪はない。私は大人しくアイスを食べることにした。


「はぁ…映画饒舌ナードが。いちいち話が長くまどろっこしいが、理解はした。」


「んーでもさぁ。まいちゃんってB級映画が好きなのに、B級映画っぽくない考え方だよね~。」


「くっ!」


「おおっと!あこ選手の言葉のストレートパンチによりまい選手ダウンかっ!」


らいは審判のように私とあこの間に入って片手を挙げている。りんかはそれを微笑ましそうに笑ってみていた。えのんはいつの間にか二本目のアイスを食べながらこちらにスマホを向けている。


あゆは仕方がないと言いたげにため息をついて、行儀悪く机にガンっと足を乗せた。


「よし!まいが言い出したということは撮るということだ!この夏休み中に完成させるぞお前ら!」


私は待ってましたと言わんばかりに、りんかは恐る恐る、らいは嬉しそうに、あこはスカートを気にしながら、えのんは座りながら。全員分の足がそれぞれの方向から机に乗る。


「さぁ諸君!最高で最悪なB級映画を撮ろうじゃないか!」

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