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鮫は雑魚じゃないようです

作者: 蒼春



()(みね)。今日も一緒に帰ろ?」


 放課後。そうあたしに誘うのは、鮫川(さめかわ)優夜(ゆうや)。隣の席の彼は、優しい口調でふわりと微笑んでいた。


「······別に良いけど。」


 あたしはついと顔を背け、その誘いを渋々といった様子で答えた。そして通学鞄を肩にかける様子は端から見たら嫌がっているように見えるだろう。ああ、あたしってば可愛くない返事。言ってすぐ後悔する。と同時に、誘ってくれたことに内心歓喜していた。


「兎峰って嫌そうにしながらもなんだかんだ一緒に帰ってくれるよね。」

「嫌なんて言ってないし。ぼっち下校が嫌なだけだし。」

「じゃあ、俺のこと嫌いじゃないんだ?」

「っ、········ざぁこ。」


 俺鮫なのに、という呟きまでいつもの流れ。あたしの方が一歩先を歩いているから、あたしの顔は鮫川には見えてないはずだ。こんなにやけた顔を見られたら恥ずか死ぬ。

 にやける表情筋を必死に制御し、くっくっと笑う鮫川を振り返る。口角が上がって八重歯が覗く、屈託のない笑顔。


「なんでそんな笑ってんの」

「いや?いつも通りで平和だなぁって。」


 この時間だけは、確かに平和だ。


 それはきっと、好きな人といるからだ。




「··········ただいま。」


 家に帰ってもおかえりという声はなく、静寂だけが家を包んでいた。窓から差し込む夕陽が、余計にもの寂しさを醸し出している。ほぼあたし一人しか住んでいないのに無駄に広い家は、全くもってあたしの居場所なんかじゃない。むしろ、心らしき場所は砂漠のように渇いていくのを毎日毎日、此処で呼吸をする度思う。

 ··········こんな家、早く出ていきたいのに。


 糞みたいな母親と、その糞の子供のあたし。

 あたし――()(みね)(くれ)()という人間は、命と世界への怨みと鮫川への想いだけで生きているだけの、有害な存在。


「·······鮫川。」


 あたしは自室のベッドに倒れ込み、呟いた。

 悪い子なりにも、恋をして『良く』生きてるのよ。




     ▽     ▽     ▽




「鮫川。今週の週末空いてる?」

「ん?あ、日曜なら空いてるよ」


 その答えを聞きあたしは悪い顔で笑った。


「じゃ、デートしよ?」

「······え?」




 日曜日。あたしは待ち合わせ場所の駅で鮫川を待っていた。あいつ、腑抜けた声して面白かったな。くっふっふ、と思い出し笑いをしていると、横から声が掛かった。


「ねぇねぇ、君めっちゃかわいいね。」

「もしこのあと暇だったらさ、俺らと遊ばない?」


 ナンパかいな。確かに今日はかわいい格好をしているけど。あたしは据わった目になりながらもチャラ男二人をしっしっとあしらった。


「あたし、いま人待ってるんで。他を当たってください。」

「いやいや、待ってる人とでも良いからさ。お友達?」

「その子かわいい?」


 いい加減キレそうになり、股間でも蹴り飛ばそうかと思ったその時、あたしの方へと駆けてくる影があった。


「兎峰······!ごめん·····!大丈夫か?」

「鮫川!へーきへーき。というわけで、連れが来たのでさよーなら〜。」


 チャラ男共に見せつけるように鮫川の手をぎゅっと握ると、べっと舌を出した。それを見たチャラ男共は、彼氏いんのかよーと笑っていた。


「さ、行こ!」

「っ、おお。」


 あたしは鮫川の手を引き、駅の中へと駆けていく。



 鮫川の耳が赤くなっていることには気づかなかった。




 場所はショッピングモール。飲食店やら服飾店やら、なんかもう色々ある。とにかくここでたくさん遊ぶのだ。


「今日の鮫川、かっこいいじゃん。鮫川の癖にやるじゃんねー!」


 オフホワイトとと千草色?のツートーンデザインになったTシャツ、少しダメージの入ったデニムパンツ、シャツと同じ千草色のスニーカー。左耳には銀色のピアスが光っている。馬鹿かっこいいんだがどうしてくれるんだ。やべ、表情筋が勝手ににやけそうになる。

 あたしがにこにこと笑いながら、いやもしかしたらにやにやかもしれんけど、そう褒めると鮫川は途端に挙動不審になった。どした?


「かっ!? ああああありがとう!!」

「う、うん······」


 まず向かったのはショッピングモールに併設されたゲームセンター。鮫川はクレーンゲームにあった、ころんとしたフォルムのサメのぬいぐるみを絶対取ると宣言していた。にこにこ笑顔めちゃ可愛い。


「兎峰! みてみてサメのぬいぐるみ!」

「ほんとだー」

「一発で取ってやるからなー·······あれ、おかしい。取れねぇ。」

「さっきからそう言って全然取れて無いじゃん·····」

「今下手くそって思っただろ。その通りです。」

「がんばれー」


 鮫川が1800円溶かしてやっとゲットしたところでお昼時になり、あたしのリクエストでパン食べ放題のお店に入ることになった。


「あたしここのパン大好きなんだよねー。もちもちさくさくで本当に美味しくて」

「美味ぁー! 俺、パンって主食だと思ってたけど、パンをおかずにパンを食べるのも良いな!」

「でしょー? ああー、おいしぃぃ」


 幸せすぎる。大好きな鮫川と大好きなパンを食べる。幸福ってのはこのことを言うんだな。あたしは喜びとよもぎパンを噛み締める。


「言いそびれてたんだけどさ」

「んー?」

「·········兎峰、そのー······、可愛い、よ。似合ってる」


 その言葉に一瞬反応が遅れた後、ぶわぁぁあと顔に熱が集まっていくのが分かった。やばい、あたしいま、絶対顔真っ赤だ。

 あたしの服装は、パステルピンクのラインが左胸から右脚辺りまで掛けてデザインされたTシャツの上に群青のような色のパーカーを羽織り、黒のズボンといった装いである。パステルピンクの髪留めと、それと同じ色のスニーカーはあたしのお気に入りだ。あたしが一番好きなこのコーディネートはかなりボーイッシュで、ガーリーな洋服ではないから可愛くないと思っていた。

 奇襲攻撃とは、恐るべし―――!


「········さっ、鮫川の癖にぃー! むぁぁー!!」

「ええぇ?!」


 鮫川への好きと、パンをお腹いっぱい頂きました。




     ▽     ▽     ▽




 次に入った洋服店では、鮫川はギザギザの歯のかわいい何かのキャラクターが刺繍された若葉色のパーカーを購入、あたしは獣の爪痕のようなデザインの入った東雲色のおしゃれなTシャツを買った。かっこよさに一目惚れして買っちゃった。


 その次はお花屋さん。鮫川の希望でサボテンを一緒に買った。


「こいつ可愛くね? 花がピンク色なんだよ」

「サボテン·····何故·····可愛いけど·····。」


 鮫川は小さなピンク色の花が咲いたサボテン、あたしは面白い形をしたトゲトゲのサボテン。本当に何故サボテンなのか分からないけど、鮫川が嬉しそうだから良いか。


「俺、人生でのめり込めたもの少ないけどさ、サボテンはめちゃめちゃハマってんだよな」

「へぇ。·······他はなんなの?」

「ぬいぐるみ作りとパンケーキ。あとは······兎峰かな?」

「!!? ざっ、ざざざざぁーこ!!」


 趣味可愛いなと思っていたら、鮫川という雑魚は意地悪そうな顔をしていきなりそんなことを言った。


「あれ、顔赤くない?」

「いや全く赤くないし!! むしろめっちゃ緑だし!!」

「ムックじゃなくてガチャピンなのかよ」


 にやにやしやがってぇ······!! 許さん·····!変なこと言っちゃったやないか·······!!

 

 鮫川がぽつりと「········かわい」と言ったのには気が付かなかった。




 二人で遊び倒していると、楽しい時間はあっという間だ。もうそろそろ帰らねばいけない時間となった。

 今日一日、鮫川と一緒に居られて楽しかったぁ。可愛かったり、からかってきたり、色々な鮫川が見れてもううはうはですよ。


 帰り道の途中、夕焼けが綺麗な公園で。鮫川はあたしに振り向き、静かな声であたしに言った。


「·······兎峰。俺、兎峰に言ってないことがあってさ。·······聞いてくれるか?」

「·······うん。なに?」


 なんだろう·······。重大な秘密とか?真剣な顔つきだし、よっぽど大事なのかもしれない。あたしも、真面目に聞くことにした。





「―――俺、ヴァンパイアなんだよね。」





 ·······ん、ゔぁんぱいあ??聞き間違いか?ん?え?冗談でもなさそうだし、え、でも、え??

 クエスチョンマークで脳内を埋め尽くされたあたしは一旦落ち着いて、鮫川に確認する。


「·······ゔぁんぱいあって、あのヴァンパイア?別名吸血鬼とも言う?」

「そうだよ。」

「え、ヴァンパイアっているんだ?てっきりどこかのお伽噺か何かかと·····」

「実在するんだよ、ヴァンパイア。俺、まだ血吸ったことないけど。」

「そっか·······?え、マジなの?」

「本気と書いてマジと読むレベルで本気(マジ)です」


 うーむ、今日は情報量が多いな?なんだなんだ。

 ·······そういえば。


「ねぇ、そんな重大な秘密、あたしに話しちゃって大丈夫なの?あたしが誰かに話したりとか、思わないの?」


 ヴァンパイアであることを話すなんて、とても大事なことのはずだ。あたしなんかに話して良いんだろうか。


「だって、このことを言うのは『一生愛する人だけ』って、決めてるし。」

「······え?」


 ぽかんとするあたしに近づき、耳元で囁く。



「吸っても良いよね?―――大好きだよ。」



 そしてあたしの首に、優しく噛みついた。



お読みいただきありがとうございました!

恋愛の短編を書けてめっちゃ楽しかったです。

評価や感想などなど、してくださると大変嬉しいです!

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