白骨の陣、開戦
はい。言ってて割と遅くなってしまいました。今若干制作欲高めですので、もしかしたら編実に一話投稿する…かも?(ただ水曜と木曜に用事が入ってるので、もし投稿できなくても許してください。できるだけ投稿できるようにします。)
重い鉄の板がこすれる音が大地に響く。あるものは槍を、あるものは太刀を、またある者は鉄砲を肩に担ぎ、列をなして歩いていく。
決戦の地は房総半島。呪骨家は水戸藩に城を置いているため、そこが一番場所的にも平等だということになった。
「別に平等にしなくてもいいのでは?」と思うものもいるだろうが、今回はそういうわけにはいかない。
今は天下泰平の江戸の世。あまり街中で大規模な戦を起こすことがあれば、もう一度戦国の世へと逆戻りだ。だから今回は、焔雲と徳川将軍家との間で、ある取り決めが行われていた。
まず、今回はあくまで「謀反を起こす疑いのある呪骨家を滅ぼす」ための戦のため、略奪などはしない。
次に、たとえ焔雲家がやられることがあっても、徳川将軍家が動くことはない。
そしてもう一つ。これはどちらかといえば取り決めというよりは将軍家からの命令のような形であり、二つ目の取り決めの内容に付随することでもある。
それは、「必ず呪骨家を滅亡させること」。もし失敗し、呪骨家が勢いづくなんてことがあれば、ほかの大名の家に伝えないわけにはいかない。
そのため、秘密裏にするためにも、必ず倒して来い、ということである。
が、先に送ったもの見によるところ、こちらの軍勢にっまに対し、下手をすれば向こうはこちらの三倍はいる見込みである。
さらに、あくまで秘密裏な戦のため、徳川家があまり多くの軍や兵装を提供することができない、というのも、その勝利の難しさに拍車をかけていた。そのため、うちの兵士たち全員が緊迫した顔をしている。
そりゃそうだ。今回は「本気」の戦なのだ。遊びではない。
俺だって、油断をすれば、一刀のもとに切り伏せられる可能性だってある、いや、そちらの方が多いかもしれない。
そしてもう一つ。恐ろしいのは、俺たち焔雲家は代々、当主やその跡取りも、当たり前のように戦場へと突っ込んでいくのである。
これは、「当主は守られるもの」という概念を根底から覆し、相手の意表を突き、逆に党首を死ににくくするためといわれているのだが…さすがにそれはひどくね?
しかもよりによって初陣で?伝統だから?
…流石にないでしょうよ
まあ、そんな息子の必死の嘆きは露知らず、無理やり前線に連れていかれるので、心と目線で叫ぶしかないのだけれど。
「大丈夫?」
俺がそんなことを考えていると、横から影が俺に声をかけてきた。さすがに跡取りとして情けない顔をしすぎたか…。ちなみに移動中、俺と二人は負担の少ない獣の姿になっている。
「ああ、大丈夫だ。たぶん、きっと、ダイジョウブ…」
「ほんとぉに?」
戦わなければ、勝つことはできない。いくら嘆いても気を引き締めなければ。
そんなことを考えていると、いつの間にか戦場へと誘われている。
向こうには、濃い紫色の旗を掲げた、不気味な雰囲気をまとった一団が、横一文字に並んでいる。
そんな殺気に満ち溢れた集団を前にし、いよいよ家臣たちの表情がこわばる。
そんな姿を見かねたか、それともただかっこつけたいだけなのか。
父であり、焔雲家の現在当主、焔雲 閃光が兵士たちに声をかける。
「皆のもの。先に言っておく。これは、われら焔雲と呪骨が始めた、弁解の使用もないほどにしょうもない愚かな同族争いだ。わざわざ其方らをここで無駄死にさせるつもりはない。
帰りたいものは挙手せよ。今ならわれらが早馬で故郷まで送り届けることができる。」
父の言うように、焔雲家と呪骨家は、大げさに言ってはいるが、結局は単なる考え方の違いで分かれた同じ一族。その決着をつけるというが、その実態は、長く続きすぎた兄弟げんかを止めることと大差ない。ここにいる足軽たちを巻き込むことさえ、おこがましいといってもいいだろう。
俺が周りを見て、それから、二万の兵の目の前に立つ父の顔を再度見たのと同時、焔雲家の重鎮の一人が大きく声を張り上げた。
「私は、家臣を失って浪人となっていた時に閃光様に拾われ、ここまで上り詰めた身でございます。ここに揃いし者ども、もとより焔雲に少しでも恩を返すために揃ったものばかり。そのようなたったの三倍の敵を目の前にして逃げるような心の弱きものはついてきておりません。
さらにここには、輝さまの部下である女子二人もおられる。元罪人、それも女が戦場に立つというのに我々が背を向け逃げるとは、日ノ本の武士として末代までの恥‼」
その重臣が最後の一文を発するとともに、示し合わせたように屈強な侍たち全員が父の前に手を突きひざまずく。その中には、四肢の一部や目を失った者たちの姿も見受けられた。
「ここに居揃いし者。この命に代えて焔雲のために身命通して戦うことを誓った所存!どうぞ、何なりとお使いくださいませ‼」
「ザッ」という、こぶしが地面をたたく音が聞こえる。兵士たちがそう答えると、父は少し微笑んだ。
途端、向こうの陣で法螺貝が高らかに鳴り響く。
父が炎が描かれた軍配を掲げ、兵士たちに向かって高らかに宣言する。
「時は満ち足り。奴らに先手を取られるわけにはいかんでな…皆のもの!突撃‼」
「うおおおおおぉぉぉ‼」
その父の命令に従い、兵たちが雄叫びを上げながら、それぞれの得物を手に相手に突っ込んでいく。
俺たちはそのすこし後ろから、相手陣めがけてひた走る。
こちらの陣形は大きく分けて第一陣と第二陣に分かれており、第一陣の兵士たちが戦ってくれている間に、俺たち第二陣が相手の当主を一刻でも早く倒すというのが目的だ。
だが、相手の将を倒すというのは相手も同じこと。
しばし双子をつれて走っていると、不意に目の前に十本程度の矢が飛んできた。
俺がそれを炎の刃で焼き払うと、前から俺より年上のものが槍を手に突っ込んでくる。
俺はとっさに刀で受けるが、相手の方が、歳の差もあってか力が強く、押し返すことができない。
「くっ、ぎぃ…」
「さっさと…死ね!」
そういうと相手は俺から離れ、もう一度突っ込んで来ようとしたが、そこに割り込んできた先ほど父に向って声を上げていた重臣の一人に止められた。
「輝さま、はよう行きなされや。あんたらの戦果に、どれだけの人が死ぬかがかかっとるんじゃ。」
その言葉に目が覚めるような思いがする。
そうだ。ここは紛れもない戦場。なるべく被害を減らすためにも、敵、味方関係なく死者を減らすためにも、さっさと俺たちが敵の将を…殺すしかないのだ。
もう一度覚悟を決め、息を一つ。後ろの二人と目を交わし、走りだそうとした瞬間…
「…ぬるい。邪魔ものはさっさと死ね。」
地面が、空が上から押されるような音と圧を感じ周りを見やると、もう一度響いた鈍い音と共に、俺の周りの者たちが、敵味方関係なくどこかへと吹き飛んだ。
一瞬だった。
俺の周りには、あの双子だけ。
今までいた仲間や、先ほどまで戦っていたはずの敵さえもが、原形さえとどめず、誰のものかもわからない白骨と肉塊と化してしまっている。
俺と双子の周りの地面は、まるで隕石が降ってきたかのようなせり上がり方をしている。
血生臭いにおいがする。状況に対する困惑と恐怖、血の匂いに対する興奮で耳鳴りがし、思考が完全に停止する。情報処理が追い付いていないのだ。
「輝。」
いつになく真剣に俺を呼ぶ影の声に我に返り、停止していた思考が再び動き出す。
「今頭おかしくならないでよぉ。…それどころじゃないんだから。」
珍しく顔を歪めた陰が見ている方向を見ると同時、目の前の光景に思わず息をのむ。
一人の男がたっている。黒と紫の甲冑を身にまとい、鋭い目をしている。体中に古傷が見え、その目には残酷かつ無情な光が垣間見える。その背に翻るマントは、鎧と対照的に鮮やかすぎるほどに真っ赤な色をしている。
この状況で生き残っていることも驚きだが、その男の周りに広がるのは、数多もの死体、死体、死体…。それも焔雲だけではない。仲間であるはずの呪骨家の甲冑をつけたものまでもいる。
そいつは俺のほうに向きなおると、ただ静かに、自分の名を名乗った。
「呪骨家当主 呪骨 鮮血。邪魔だ、どけ。」