双狐と炎狼
言っていた続きの話です。ああ言っておきながら結局まあまあ開いてしまいました。すいません。
今回はどちらかといえば少しほんわかした内容ですので、そこらへんご了承ください。
「おい。陰、影。」
「ん?」
「何。」
「あ、いや…。それ、なに?」
父の話があってから、約三十分後。俺はしばし鎖と少し話した後、自分の部屋に戻ってきた。
今のところ双子専用の部屋がないので、ひとまず部屋の話がつくまで二人は俺の部屋にことになった。
俺としては、別にそこについては何ら問題はない。
が、俺が部屋に帰ってきたときにはどういうわけか、陰の手の中には、暗めの赤く光る石が握られていた。
もともと俺の部屋は飾り物なんかがほとんどないに等しいうえ、城にある貴重品は俺と父、その他少数しか知らない場所にあるため、そんなものを手に入れられるはずはないのだが…。
「え、ああ、これ?えっと…その…」
「陰が外…というか街の空き地から拾ってきた。きれいだからって。何でそこに落ちてたのかはわからないけど。」
「…ていうか、お前ら勝手に外出たのか。」
「あ…」
「だから見せるなって、言ってたのになぁ…。」
父も何とか説得できたとはいえ、世間的にはまだ二人は罪人。それで何か問題になっても厄介なので、あまり外には出るなと言っていたのだが…。
陰の手に会った宝石を手に、俺が笑顔で二人を見つめると、なぜか二人が静かに俺の前で俯き正座する。
「ん、ドシタ?俺別に怒ってないぞ?」
「そういう顔で言う「怒ってない」はさぁ…」
「基本怒ってるときに言うんだよ、輝。」
「お前らなぁ…とりあえず、盗品ではないんだな。」
「うん、そ。」
「それは絶対。」
「お前らはこれ、どうするつもりだったんだ?」
「いやまあ、特にどうするつもりでもなかったけど…」
「まあ興味本位で拾ってきただけで、元あった場所に転がすか、宝石屋に売るかしようかぐらいにしか思ってなかったし。」
どうやら、二人はこれをとったところで、どうするつもりでもなかったらしい。もう一度手にある宝石を見てみるが、何か特別な装飾がなされているわけでもなければ、文字が彫られているわけでもない。持ち主もわからない以上どうしようもないし…
「…きめた。それならこれ、お前らにやるよ。」
「え?」
「そんなわかりやすいところに落ちてたってことは、落として人もわからなかった、もしくはそこまで必要とはしていなかった、ってことだろうからな。二つに等分して、お前らの首飾りにでもしてくれ。いいとこ紹介するから。あと、街に出るときには外すか、つけるにしてもなるべく内側に入れてくれよ。ほぼ確実に取ろうとするやつ出てくるから。」
「わかったけど…いいの?」
俺の言葉に、影が心配そうに聞く。陰の方も当然こっぴどく怒られるものと思っていたらしく、いつ手のひらを返されてもいいように身構えている。
「ああ。べつに持っていて危ないものでもなさそうだし。もしどこかで使うのなら、二つに分けといたほうが、お前ら二人がいるときにしか使えなくなるから便利だろ。」
もし仮にこの宝石が何かの役に立つものであって、それを知る何者かにとられたとしても、二つに分けてしまえば使うことはできないだろう。
あとは、結構目立つから、戦場でも見分けがつきやすいだろうというのもある。光るし。
「お前らも聞いてただろ。戦のこと。」
「聞いてたよぉ。どうすればいい?」
半分からかったような口調で陰が尋ねてる。こういうときにもこんな態度をとれるのは、ある意味で尊敬すべきところなの…かもしれない。
「輝、そんなことないと思う。」
「影お前、勝手に他人の心を読むな。もし戦場に来るのなら、お前らは俺についてきてくれ。相手の呪骨家は、その大多数が手練れだ。」
「私たちは輝の守り人ってわけねぇ。」
「元盗人、のね。」
「はは…そういえば、お前らの変化後の狐ってどんなんだ?」
二人と暮らしたあの1ヶ月間で幾度か見たことはあるが、あまりじっくりと見たことはない。
それに、どんな能力をもつのかも、ぼんやりとしかわかっていないのだ。
戦場に連れていくなら、そういうのは詳しく知っておいた方がいい。
「そういえば、ほとんど見せてなかったね。」
「まず、あまり人に見せることではないからねぇ。」
「ちょうどいい。城の近くに、人目のつかない空き地があるんだ。よく盗賊が住み着いてるようなとこ。
そこの始末を手伝ってくれよ。そしたらお前らのも一緒に見れるし。」
「ふぅん…大丈夫なのぉ?この城。」
「ま、襲われたことないし、大丈夫ってことだろ。」
「心配…」
「ふふ、おもしろそう。」
こういう時、もう少し詳しく言うなら、戦闘前の顔は、正直陰のほうが怖い。顔を赤らめ目を細め、うっとりとした夢見心地な笑みを浮かべる。そういうときの陰は、ものすごく不気味である。
空地は、城からそう遠くはない。少しばかり目を凝らせば、城の三階からでもうっすらと見える、否、見えてしまう、いう方が正しいだろう。天守からごろつきが見渡せてしまうというのは少々気になるというのが本音であった。もともと、ほかの犯罪者の捜索などに追われて、何とか俺たちの目から逃げ切った者たちが集まるところで、こちらとしても、まさに目の上のたん瘤のような存在だったわけである。
この機会にその者たちを一掃できるのなら、悪い話でもないだろう。いくらか話が分かるやつは知っている。そいつらをこちらに引き込んだ後は、二人に好き放題やってもらえばいい。
城の門を出て、片道三分。いざ空き地につけば、大量の破落戸たちがこちらをにらんできた。
眼は血走り、血管が浮き出ている。筋骨隆々でところどころに入れ墨をしている者もおり、これをごろつきと言わずして何をごろつきとする、といった感じだ。こんな城から見える場所にいても、俺がどこの誰かも特に知らないらしい。ま、それで感づかれてケンカを売られるのも迷惑なので、そこは見逃しておいてもいいだろう。
見たところここには本物のごろつきだけで、話の分かるやつはいないようである。
「陰、影。」
「私だけで十分。」
俺の呼びかけに即座に応じたのは、影。俺の方も見ず、ただ簡潔につぶやくと、一人でそいつらに駆け出して行った。
破落戸たちがこん棒やらなんやらをもっと駆け出してくるところをすんでのところで受け、影の青の瞳が輝きを増した、その瞬間。
狐になった影の足の周りが、口から出た高い鳴き声の後、一拍おいて氷におおわれる。
その結晶は、とても氷とは思えないほど青く、光に当たって白金とも、白銀ともとれるような色に反射していた。そしてそれはとどまるところを知らず、ゆっくりと地面が薄氷に覆われていく。
まるで剣山の様にとがった氷の周りには、白い冷気が漂っている。
その中央には、青色の狐が一人立っている。目は細く、絶対零度ともいえる眼光を放っていて、まさしく影そのものだ。
口から吐き出す息も白く、しかしなぜか、光と後ろの大きすぎる宝石によって青色にも感じられる。
ごろつきはというと、一人の少女が突如として狐になったことへの困惑と、周辺が瞬く間に氷漬けになっていく恐怖で立ちすくんでいる。ここまで戦意喪失しているのなら、追撃することはないと思った俺が口を開きかけたその時、影がのこるすべてのごろつきを氷漬けにする。
一応空気穴はあけているようだから、封印といった方がいいだろう。体はすべて完全に氷におおわれているため、人が凍らされているというよりは、氷柱の中に人がいる、という表現の方が正しいような気もする。そしてどうやっているのかは知らないが、破落戸たちを包むその白金のベールは、人の体温と同じぐらいに設定されているらしい。
影は時間にして約三秒間、ゆっくりと肺の中の空気を外に出すと、人の姿に戻って俺の方に帰ってきた…いや、倒れこんできた、というのが正しかろう。身体が異常に冷たく、氷から離れているというのに、息はまだ白いままだ。
「影の、私のより強いんだけど、その代わりに欠点があってさぁ。短い間に一気に、それか長時間使うと、体が冷えてこうなるんだよねぇ。」
「皓なるんだよねぇ、じゃねえよ。これ正直だいぶ危ないぞ。」
影の身体は、氷かと思うぐらい冷え切っている。
もともと氷を扱う能力だから、耐性がついての事だろうが、普通の人間だと即死レベルの体表温度である。
「いつもはどうしてるんだ?」
「私にはどうすることもできないから、いつもは寝かせてたんだけど…。」
「つまり、普通にあっためれば行けるってことだな。」
「?」
「ちょっと持っといてくれるか?さすがに地面に横たわらせるのはあれだろ。」
俺は、一度影の身体を陰に預け、一呼吸置く。体の中にある酸素を均一にいきわたらせ、この後来る内部からの衝撃に備える。そして…
「犬…?」
「狼の間違いだ。」
酸欠で白く弾ける視界と戦いながら、陰の言葉に訂正を加える。
焔雲家の一族は、なる種類こそ違いはないが、何かしらの方法で炎を使うということが共通している。俺が変化するのは、炎をまとった狼。父やほかの家臣いわく、俺の出す炎は、歴代の焔雲一族の中でも、一位二位を争うほどの火力だそうだ。
ちなみに、説明していなかったが、来ていた服は変化中は消滅するが人に戻るタイミングで修復する。しかし髪飾りや扇子などは該当するのに、武器だけはこの消滅の類には該当せず、そのまま残り続けるため、俺の場合は口に刀を加えることとなる。
「ここにおいてくれないか?」
俺が陰に顎で示したのは、日のよくあたる野原。いつもは破落戸たちがたむろしているが、本来はこうやってよくの日の当たる場所なのだ。
陰が底の中央に影を寝かすと、俺はその横で、影を包み込むように丸くなる。いくら温めればいいといっても、あまり時間をかけすぎるとどうなるか分からない。逆に急激に温めすぎても、かえって危険な状態になるだろう。いろいろな思考の結果、導き出された答えがこれなのだ。
影を温めつつ、初夏の空気が漂う空を見ていると、影を包み込んでいる空間の隙間に、なぜか陰が入ってきた。影はここに来るまでに、エネルギー消費の少ない狐の状態になっている。どうやら、氷を使わなければ、これ以上体が冷えることはないらしい。それに倣ってか、狭い空間に入ってきた陰も狐だ。
目が覚めるような、明るい桃色の模様が入った狛狐。影と比べると、尻尾が一本多いような気もする。
一分ほどするとほかのごろつきたちが騒ぎを聞きつけてやってきたが、そのころには陰と影は二人仲良くスゥスゥと寝息を立てて眠っていたため、俺がなるべく音をたてないように捕まえておいた。
その全員を二人の耐性を崩さないよう狼のままひもで縛りながら、俺は先のことを思いやる。
この時間が、いつまで続くのか…。
呪骨家との戦いの後、俺たちがどのような惨状を呈しているかは、その時になってからでしかわかる由はない。城にいるもの、または家族、あるいは、俺の家臣や、この双子…もちろん、俺自身も。誰が欠けるかはわからない。それが戦だ。
それに加え、今度はこちらが、命を奪う方に回ることにもなる。
これまで一度も経験したことのないその時が訪れると想像すると、体の芯が震え背筋が凍り付く。
でも今は、この三人で寝転んでいる何気ない時間を、じっくりと味わっていたかった。
なにやら「輝、うるさい」や「毒蜜付けにするよぉ」など不穏な寝言が聞こえてくる気がするが、今だけは勘弁することにしよう。
もうじき、夕日が出るころだ。