帰宅
花粉症が収まったと同時に風邪をひきました。おかげで鼻が常にしんどいです。
二人と暮らし始めてから、早一ヶ月。
二人は親に捨てられた後に世話になった人から、お金は生きるのに役に立つものだ、ということを教えられていたよう。が、こんな人がいないようなところでは無用の長物である。
俺はまず、二人が盗んだ盗品を元の持ち主のところまで返すことにした。それで罪が軽くなるわけでも、盗まれた事実がなくなるわけでもないが、江戸に連れ帰ることができたなら、その際の処分にもかかわってくる。普通の在任であればここまですることはないが、この二人に関してはいくらかこちら…下手をすれば、かなりの数の伊賀者の「草」を抱えている徳川将軍家にもかかわってくるだろう。
「草」といえども人間。していることから忌み嫌われやすい役職ではあるが、戦や政治面では必要不可欠な役職である。今のぞんざいな扱いでは、さすがに忍びも報われないだろうし、この双子のような境遇の子供を増やすことにもなる。そのせいで犯罪が増えることがあれば、江戸の警護を任されるこちらとしてもよろしくわない。
ちなみに、双子がものを盗んだ家の場所はどれも自力で探したためものすごく骨が折れたが、それでも江戸への帰り道を見つけるには至らなかった。まあ、こんな道も舗装されていないような隠れ里だ。双子も街に来るまで江戸だとわからなかったといっていたし、狙って見つけられるようなものでもないのだろう。
そして盗品を返す傍ら、これから三人でしばらく暮らすことになるということと、それぞれ得意なことが全く違うということで、三人で役割を分担した。
食事用意は影、陰は盗品返却。
そして基本、食料調達(兼雑用)という一番きつい肉体労働は俺の仕事である。
そしてその肉体労働と陰の盗品返却の手伝いに加え、江戸への帰路も同時に探していた。
今日もいつもの通りに盗品を返しに行った帰り、近くの木の上に上ってあたりを見渡す。
そんなことをしていると、不意に下から声をかけられた。
「おぉい。そんなとこで何やってんだ?」
突然の声に下を見下ろせば、そこには自分とおなじくらいの年齢の青年が、こちらを見上げていた。
「いや、少し調べたいことがあってな。…お前、江戸ってどっちの方かわかるか?」
「おう」
「えっ⁉まじか!」
「伊達に行商人やってねえぜ。そっちに向かっていくと川があってよ。その川沿いに下ってくと、ちゃんと江戸につく」
「助かった。ありがとな。この礼はまたいつか」
日が西に沈み始めたこともあり、言葉のみを残して双子の家へ走り出す。
江戸の方角が分かっただけでも、帰るためには超有益な情報だ。いつか礼をしなければいけない相手が増えてしまった。
双子の家に帰ると、もう二人はすっかり寝静まっていた。ありがたいことに、もう俺の分の布団はもうすでに用意されている。一か月前からは想像もできない光景だ。
最初の方に至っては俺を動物か何かだとでも思ったのか、動物用の干し草が敷いてあった。
次の日、常に非常時に携帯している数少ない金で買ってきた布団で寝ようとしたら、二人が静かに俺の買ってきた布団を静かに奪い合っていた。
流石に見かねたので、仕方なく前に買ったものと同じのを買い、古いものを俺が使うことにした。
あの時、陰はご満悦な顔をしていたが、影は少し心配そうな顔をしていた。
まあ、その時はあまり仲が良くなかったから、俺が見るとすぐに目をそらしたのだが。
俺は、その時から使っている古い布団に横たわった。
薄い。非常に薄い。床がすぐそこにあるのがひしひしと感じられる薄さである。布団、というよりは、厚手の布を三枚程度重ねたもの、と表現するのが正解かもしれない。
が、最初の方こそそれに対する抵抗感はあれど、今ではなぜかこれが落ち着くようになった。慣れとは不思議なものだ。
家に帰るまでのスケジュール、動き方、家に帰った後の弁解もろもろの作業。これまでの事、もしくはこれからしないといけないことに頭を巡らせているうち、俺の意識は、ゆっくりと闇に落ちていった。
「…起きなよ、輝」
「早くしないと置いてくよぉ。ほんと、輝が江戸に帰るって言い出したんだから、最初に起きてるんだと思いきや…」
「まさか、最後まで寝てるなんてね」
寝る時間が遅かったからか、もしくは、寝る直前に頭をフル回転しすぎたからだろうか。どうやら、一番大切な時に寝坊をかましてしまったらしい。
「ああ…。すまん、待たせたな」
「うん。」
「かなりね。」
そういいながらも、二人の顔は笑っている。江戸への大体の帰り方が分かってから一週間。いくら方角が分かったとはいえ、変えるならもう少し正確な情報が必要だということで、いろんな近辺―とはいっても十キロ以上は離れている―の人たちから話を聞いて正確なルートを割り出し、そろっていない必要なものを取りそろえるなどしていたのだ。なぜ旅に必要なものの全容がわかるのか。簡単な話だ。ほ六ら雲家は代々、十五歳になると目隠しをされどこか遠くの町まで連れていかれる。持ち物は無し。あるのは至極少ない量のお金のみ。それを使い、焔雲家の城まで、二週間以内に帰らなければならないという試練をやらされるのだ。ちなみにいつやるかなどは完全に気分なため、十五歳の年はいつもびくびくしながら暮らさないといけいない。
「じゃ、行くか。」
俺が荷物を背負った双子に声をかけると、
「うん。」
と、快い返事が返ってくる。それから俺たちは、能力を使いながら、本来異臭涵養すると思われていた道を、約五日で踏破したのである。その道中に新たな能力者の仲間を拾っていったのだが、それはまた、機会があればすることにしよう。
俺たちが焔雲の居城に帰ってきて、早十日。
帰ってきてから五日目までぐらいは、俺がしばらく行方不明だったこと、俺が見知らぬ同い年くらいの少女を連れてきたこと。そしてその二人が、このごろ街を騒がせていた盗難事件の犯人であったことが突然耳に入ってきて、白の者たちはたいそう混乱を極めていたが、連れ去られたことが完全に俺の失態であること、連れ去られた後、こうして江戸にもどってくるまでの経緯、そして俺が本や巻物を漁りまくって徹夜で考えた二人の処分を話すと、思ったより快く受け入れてくれた。
双子の処分…つまるところの、贖罪の内容。
一つはもちろん罰金。
一応すべて盗品は元通りの状態で持ち主に返したが、前にも言ったとおりその罪のすべてが消えるわけもない。もしここで何もしなければ、それは盗んだ人たちが報われることもないし、この判断を下した俺も無責任というものだろう。払う金額は、奪った盗品の総額分を5年間とした。
もう一つは、俺の傍にいること。いうなれば、俺直属の臣下になる、ということだ。
もともと俺には専属の家臣が鎖しかいない上に、俺の近くに置けば、また何かしでかすことがないよう監視できる。ついでに、その給与で支払いもできるだろうという俺の密かな算段もある。
だが、依然として白の皆は、何やらとても忙しく焦っているように見えた。
「どうしたんだ?鎖。みんな何かあっせっているように見えるが。特に大広間前なんか、女中と召使と御家人とでごった返してたぞ」
「ああ…ちょうどいいところに。輝さまが城を離れている間に、少々厄介なことが…。」
「と、言うと?」
「はい。それが、今のご当主、焔雲 閃光様が、輝さまに家督を譲る、と突然言い出しまして…」
「また父上か!聞いてるこっちの身も知らずにポコポコと変な命令ばっかだしやがって。こんなだから家を抜け出す御家人が増えたり、姉みたいな自由なのが礼儀が成っていないのかわからないような奴が増えたりするんだ。で?その理由は」
「さあ…わかりませんが、殿様がおっしゃるには、そろそろ能力も隠し通すには限界も近い。ほかに能力者がいることもわかった。焔雲家のみが高みの見物をしていても良くない、というわけで、どこかの藩のはずれにもう一つ城を作り、隠居することにしたそうなのですが…。」
「いやいや、いくらなんでも自己中過ぎるだろ。…まずまず勝手に白立てていいものでもないし。が、それが父の意向か?」
「そうですね」
「そうか…」
「閃光様がお呼びです」
「あの二人は?」
「連れて行った方がよいでしょう。いくら輝様があの二人の処分を考えたといっても、自分から説明をしなければ、上様には通ることはないでしょう」
「…ちなみに、鎖はあの二人をどう見てるんだ?」
「罪人ですが、経緯も経緯。そして能力者である以上、こちらとしてはぜひとも引き入れたいもの。少なからず、盗んだものをすべて返すということがあらかた済んでいるのであれば、輝様の考案された案でもよいと思います。個人個人に関しましては、もう少し戦闘は礼儀作法を鍛えないといけないところがあるかなと思っております」
「であるか」
やはり鎖は人を見る目がすごい。ここまで鎖を二人に合わせたのは、覚えている限りでも二回。そんな短い間で二人の足りないところを見極めてしまうわけだ。もう一度鎖を見れば、どうやらどのように二人を鍛えるかも、大方シュミレーションできているようだった。
「じゃ、そろそろ向かうとするか。鎖も一緒に来てくれ。俺とあの二人だけだと心もとない」
「では、そういうことにいたしましょう」
この城は端的に言うと広い。
道を知っていなければすぐに迷子になり、二度と同じ場所に戻れなくなるほどに、だ。一度、中に入り込んだ忍びが返り方が分からなくなり、自ら出てきて帰り道を教えてくださいと泣く泣く懇願している、なんてことがあったぐらいだ。
そんな城の大広間に、俺は正座している。
後ろには、新しく家臣になった陰と影。
そして、俺の話を要約して話をする鎖が座っている。
そして前の少し前の壇上。そこには、焔雲家の現当主であり俺の父、焔雲 閃光が胡坐をかいて座っている。俺が目を合わせると、父は貫禄のある低い声で話し始めた。
「調子はどうだ、輝」
「はい。何一つ変わりはございません」
「そうか…。此度の件、耳には届いているが詳しい説明はされておらん。詳しく聞くとしようか」
俺は、今までの経緯をすべて自分の口から説明した。
二人を捕まえようとして連れ去られたこと。二人の大まかな生い立ち、二人の処分…。
すべてを話し終えると、父は小さく嘆息し、その鋭い視線の焦点を俺に向けた。
「よかろう。理由はわかった。が、今度同じヘマはせぬように。」
「はい。」
後ろの二人を軽く見れば、、父がよほど怖いのか、頬が強張りにこわばり、視線も凍り付いている。
まあ、俺の父は鬼でも逃げたくなるような人だから、その辺は仕方のないことだろう。一度父に呼びつけられた足軽が、褒美をもらうはずが失神して出てきた、なんてことがあったぐらいだ。が…
「で、だな。」
ハイ戻りましたと。こう特に仕事のない日は、ほとんどただの五〇のおっさんとしか言いようがなくなるようなことばかりしているので、焔雲家ではそれが通常運転と認識されている。父には、せめて人前では威厳を保っていてもらいたい。
しゃべり方や雰囲気が一気にガラッと変わったので、後ろの二人も目を丸くして困惑している。
「…」
「ん?なんだその目。」
「いえ、せめて大広間ではもう少し威厳を保ってもらいたかったなぁ、と、落胆している目です。」
「はア、俺育て方間違えたかな。なんで親にこんな目を向ける子供に…」
「親父みたいなのが周りに大量にいるからだろうが!さっさと話し続けろ。「で、だな」の後の台詞が一向に出てこないんだよ‼」
俺が隠居するにゃ。ちとタイミングがな。一つ片づけにゃいかん問題がある。」
「と、言いますと?」
「呪骨家。俺たち焔雲の一門を裏切り独立した一族でな。この頃は横暴に横暴を重ね、とうとう上様から討伐命令が下った。」
「で、その討伐に焔雲が名乗り出た、と。」
「ま、そういうことだ。時期は追って説明する。じゃ、解散。」
そういうと父は、別の部屋へ歩いて行った。あたりがざわついた。
いくら事前に知らせを受け、将軍に許可をもらっていたとしても、この江戸は天下泰平の世。その風潮にふさわしくない言動を、今、堂々と言い放ったのだから。
『戦か…。俺にとっては初陣だな…。』
そう思うと、背筋に冷たい汗がはしる思いがした。
ちょっと更新が遅れたので、近々もう一話更新します。