龍の寂しさ
想定していた。というよりは、当然だろうと思っていた。
こんな豪華な部屋に、一人。そんな待遇を受けるのは、青龍しかいないだろう、と。
だが、実際に名前を名乗られると、一気に圧が増すような気がする。
「……」
「きんちょうしているのか?君のことは知っている。昨夜、あの子から聞いたからね。」
青龍の言う「あの子」というのは、おそらく、俺たちを止めてくれたおばあさんのことだろう。
青龍の言い方からするに、青龍とおばあさんとは、だいぶいい仲だったんだろう。
だが、そんなことを考えながらも、俺は一つ、今の青龍の自己紹介に違和感を覚えていた。
「審判を下す龍と…………されていた?」
「……白虎のことは、あの子か、あるいは玄武から聞いただろう?」
「確かに聞いた。それに、ええっと…」
「私のことは蒼と呼んでくれたらいい。仲間たちからもそう呼ばれていた。その様子だと、私の体調がすぐれない、ということも耳にしたみたいだな。」
「ああ。」
「私のことは一度棚に上げるが、白虎が誰かに操られた……というよりは、よもや、白虎自身から、向こうについたのかもしれない。」
「なんでだ?」
「私たちは……………変えたかったのだよ。」
「……何を?」
「今は言うことはできない。もし今の君に言ったとしても、謎を残してしまうだけだ。じきにわかる。」
「そういうことなら、深くは聞かないことにするよ。そこまで蒼さんが渋るってことは、それ相応の覚悟も必要そうだしな。残念ながら、ここまでの道のりで、俺は疲労困憊だよ。」
「そうか、すまないな。」
「……こんな空気で聞くのも悪いんだけど、ここまで来て、俺、何したらいいの?帰ろうにもその道がないし。」
「…」
「?」
「……うしろ、見てなかったのか?」
俺の質問に、青龍は、困惑したというか、意外というか、不思議というか、そんな感じの表情を浮かべる。つられるようにその目線の先をみれば、いつの間に出てきたのか、ここに来る前に通った鳥居が「え、今までもずっと建ってましたけど?」みたいな雰囲気を醸し出している。
「いったいいつのまn―」
俺がいつ出たのか聞こうとすると、青龍はその口元に指をあてる。そうやら、そこは神のみぞ知りえる領域らしい。
「それならそれで、もう少し派手な登場してほしかったけどな。音が鳴るとか。」
「それはすまない。昔からの癖でな。何かをするときは、どうしても極力静かにやってしまう。」
「その気持ちは、わからないこともない。うちには何も言わずに心まで読むやつもいるからな。じゃあ、ここをくぐって帰ったらいいのか?」
「……」
「どした?」
「いや………最後に伝えなければ、と思ってな。……………おそらく私は、もうじき死ぬことになるだろう。」
「……え?」
「簡単に言えば、寿命のようなものだ。白虎や玄武、朱雀は、まだ年齢が二五〇年とわかい。」
「……それって若いの?」
「それに対して、私は、もう三二〇年程度も生きている」
「はい。十分若かったです。別に老けてるとかいうつもりは全くないけど。でもそれ大丈夫なのか?」
「むろん、大丈夫というわけにもいかないさ。後継者なんていないしな。」
「じゃあどうするんだよ。」
「ふつうは、何か武器や防具を与えたりするのだが、もはやそのような余力はない…君に、私の力の一部を渡すことにする。」
「……いいのか?正直そんな状態なら、なにもくれなくてもいいんだぞ?」
「せっかく来てくれた客だ。何も渡さぬわけにもいかぬまい。」
「…わかった。それで蒼さんの気が済むなら、お安い御用さ。」
俺がそういうと、青龍は俺の胸にその手を当て、何やら呪文のようなものを唱え始めた。
「翡翠の息吹が大地を覆い、純白の雷が山を割る。紅き炎が空を舞い、蒼き水が道へといざなう。」
翡翠が玄武、純白が白虎、紅が朱雀、そして蒼が青龍を表すのだろう。歌詞に現れる情景が頭の中に浮かび、龍の唄へと引き込まれる。
「しかるべき場所、しかるべき時、満ちし時のみ花開く。今こそその場を移す時。ここがしかるべき依り代なり。しかるべき力はしかるべき者に。しかるべき罰もしかるべき者に。
天啓、天誅、運の憑き。
微量の力も残っておらぬが、せめてあの方止めて見せよう。四人で誓いしあの日より、道理に背いた覚えはないが、もうすぐ我の命尽きる。
せめて後世に残すとしよう。炎をも焦がすこの力、あの方に一太刀入れるるこの力。焔の家に与えよう。すべてはこの世の守護のため。」
最後の文言を言い終わった途端、青龍の手のひらから青い炎が噴き出し、俺たち二人の体を包み込む。
「これで大丈夫だろう。」
そういうと、その炎の中で、指輪のようなものを渡してきた。
「私がまだ神龍となることができた時、この力の一部を譲渡するものに授けようと作っていたものだ。いずれ時が満ちれば、私の力とともに君を助けることになるだろう。」
洞窟に点在する青い鉱石で作ったのか、青銅のようなくすんだ青色の輪の中に、青龍の本名?である「四神獣・青龍神」という文字が丹念に彫られ、鈍く輝いていた。
「……なあ」
「?」
「どうして、俺に分ける気になったんだ?力以外にもあっただろ。なんでわざわざ……」
「さあ。ついてきてくれ。」
青龍の言うままについていくと、そこには、俺が倒した青い侍の甲冑が転がっていた。どうやら、兜と刀だけは、侍とともに消えてしまったらしい。
「甲冑は持っていくといい。彼の者は、私の部下の中でも、一番忠誠が高かったものでな。彼の者の魂が宿っている。そして、君の感情や炎の火力により、その色は変化する。力が必要になったときはきっと、彼の者の魂が呼応してくれるだろう。形自体は、好きなように変えるといい。」
「わかった。ありがとうな……蒼。」
「………!…感謝されるほどでもない。……欲を言えば、君の旅路を、ともに歩んでみたかったがな。」
そういいながら、青龍は、少し悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべる。
「昔は、龍の姿にもなれたんだよな?」
「そうだが?」
「空からの景色は…どうだった?」
「……美しかったよ。初めて飛び立った時は恐怖のほうがかったが。」
「そか。」
「最後に、もう三つ、頼みごとがあるのだが―」
「そろそろ行くな。」
「ああ。もしまた会うことがあれば、その時は、全力を尽くして、君に助力するとしよう。」
それを聞いてうなずいた後、俺は鳥居をくぐった。もう少し居たかったような気がするが、あまり話しすぎるのもよくない。こういう時は、少し物足りないぐらいがちょうどいいのだ。
あの洞窟から外に出て、祠のほうをもう一度見れば、龍が空に登っていく姿が見えたのは、俺の幻覚だろうか。