焔雲 桜
暑いですね。雨が降り、朝は涼しい風が吹いていたのも、昼間になるとどこかへ行ってしまっています。
今回の話、前回、前々回に比べると、少し短めに感じるかもしれませんが、どうぞお楽しみください。
これから夏場、九月ごろまでは、「双狐炎狼伝」、「Belladonna's Wisdom」両方とも、できる限り週二回であげていきたいなと思うので、これからもよろしくお願いします。
「で、あいつはどこにいるんだ?」
「先ほどまでは、中庭にいたのですが…」
「どこにいるかぐらい、すぐにわからないのぉ?」
「お間がそう言いたい気持ちもわかるが、あいにく、あいつ、普段はいろんなところで遊び歩いてるから、ほとんど見当がつかないんだよなぁ。一応、目星はついてるが、そこにいる確率も、三割ってところだろうし。」
「じゃ、早くいけば?探すのに時間をかければ、より見つからなくなるのは、話を聞いている限り、火を見るより明らかでしょ?」
「影の言う通りや。そういうやつは小鳥と一緒で、場所さえ分かれば、とっとと捕まえに行ったほうがええ。」
「早くいきましょう、輝様。出ないと、皆様が言う通り、いついなくなるか、知れたものではありませんし。」
「お前、桜に関してはよく毒吐くよな…」
そんなこんなで、俺たちがたどり着いた場所は、焔光城・中庭にそびえたつ、立派な桜大樹だった。
この大樹はもともと、江戸に構えていた焔城に植わっていたものでった。
城替えの際、「ここまでの大樹をなくすのはもったいない」ということになり、俺たち能力者組もフル動員で、何とかここまで運び、移植したものだった。今亡き父の話では、この桜の樹齢は、優に百年を超えるという。あの死してなおなぞと面倒ばかり残していく父が言ったことのため、その年数が本当かどうか、定かではないのだが…
「そんな大勢でどうしたの?この辺でお祭りをやっているなんて話は、聞いてないわよ。」
俺たち(主には、まじかでゆっくりと見たことのなかった、双子と慶斗だが)が桜大樹の美しい花びらを眺めていると、突如、上から声が降り注ぐ。
「そんなとこでしゃべらずに、さっさとこっちに降りてこーい!」
「相も変わらず、姉の扱いが雑ですね、輝さま。」
「どこもそんなもんだよぉ、兄弟姉妹。私だって、普段から影に恐ろしいほど雑に扱われてるんだから。」
俺が影と目を合わせると、「私のこと言えないでしょ?」というような顔をして、肩をすくめて見せる。その顔に思わず出てきた笑いを隠し、もう一度桜大樹のほうを向き直ったのとほぼ同時、俺たちの頭上で、大きな鳥の羽音がし、桃色…いや、桜色の羽が舞い落ちる。
「トリ…?」
「やっと来たか…馬鹿姉。」
舞い落ちた羽の持ち主である、濃いとも薄いともつかないような桜色の鳥は、俺たちの頭上を二、三回旋回し、大樹の枝に腰を下ろすと同時、人へと姿を変える。
桜があしらわれた白地の着物、先は桃色がかり、それ以外は色が抜けたように白い髪、切れ長の目に、その髪につけた桜のかんざし…。腰に見える一振りの刀の柄や鞘にも、桜の枝が彫られている。
江戸の城下町で謳われるほどの美貌と、焔雲家の中でも指折りの戦闘技術を同時に有する、「天性の遊び人」で、「桜戦姫」。焔雲家長女で、俺の吐いた姉。焔雲 桜、その人である。
桜は枝に腰かけたまま腰に手を当て、ため息一つを吐いたのちに、口を開いた。
「その呼び方とか、態度とかは…まあ、いいや。で、お祭りじゃないなら、なんでこんなに集まってるの?」
「その質問に答える前に、まずこっちから一つ質問させてもらうが、いいか?」
「まあ、…内容によっては?答えてあげないこともないわ。」
「お前、今までどこ行ってた?」
「ああ…友達に会いに行ってただけよ。弟に心配されるようなことじゃないわ。」
「ほんとか?」
「本当。家の誇りや信頼を損なうような愚かな真似はしてないわ、当主様。…あいつみたいにはね。」
「それに関しては、同感だ。」
「…ねぇ、慶斗。輝と輝のお姉さんが言ってる「あいつ」って、誰だかわかる?」
「んや。俺も焔雲家の家系図とか、そこら辺のことはあんまわかってねえんだよな。影ならわかったりするんじゃねえか?割と人脈広いし。」
「さすがに家庭事情まで分かるほどじゃない。」
「やんな…鎖は?」
「…」
「ん、どした?」
「いえ。…焔雲の家臣である以上、いつか話す時が来るとは思っていましたが、ここまで早くなるとは。輝さま、桜さま。あの方のこと、お話してもよろしいでしょうか?」
「その話になったの、元はといえば俺たちのせいだからな。頼めるか?」
「御意。」
「鎖。いつも言うような気がするけど、一応言っておくわ。あいつに関しては、敬称をつけないでもらえる?」
「いえ、ですが桜様。私の立場上、そういうわけには…」
俺たちとは割と親しげに話しをしているが、鎖はあくまで使用人。
基本的に使える人には軽傷をつけるのが当たり前だから間違ってはいないのだが、敬称をつけたくない、という桜の気持ちも、わからないことはない。
鎖が敬称抜きでしゃべるのを渋っていると、桜は不意にため息をつき、鎖に何か耳打ちした後、申し訳なさそうな笑みを浮かべながら両手を合わせた。
「こっちだって、自分で言うのもあれなんだからさ。だから、頼むわよ。」
「はぁ…わかりました。わかりましたよ、桜さま。そこまで言うなら、そうしましょう。」
「お前、いったい何言われたんだ?」
「…」
「無視すな。…まあいい。話がそれたが、頼めるか?」
「承知いたしました。では、改めてお話しするとしましょう。
平安の世から、長きにわたる焔雲の歴史。その中でも、因縁ぶかき呪骨家以上、「史上最悪の裏切り者」「焔雲家当代唯一の汚点」と評されし、焔雲家当代長男、焔雲 黒曜、その人のことを…」