双子の…
4月ももう中旬ですね。気温も暖かくなって、寝るときに窓を開けられるようになりました。熱中症にも風邪にも、どちらにもかかりやすくなる季節。かからないよう気を付けていきましょう。
目を覚ました時には、俺はどこかの畳に横たわっていた…否。横たわるというよりは、置かれていた、というのが正しかろう。どうやら俺は、見事に二人にさらわれてしまったらしい。
もう少し慎重にやっていればよかったと思う後悔と、連れ去られてしまったという羞恥の念に押しつぶされそうになりながら、俺は冷静にあたりを見渡す。ぼやけた目をこすり横を見れば、その顔を、例の双子がのぞいている。
あの時は闇に紛れてよく見えなかったが、改めてしっかりと顔を見ると、二人の顔は、双子だということを疑う余地がないほどまでに瓜二つだった。ただ、能力に関係する目の色の違い以外にもう一つ、二人は表情が大きく違っていた。
おそらく双子の姉であろう陰は何を思ったか、とっても狂気的な笑みを満面に浮かべている。感情によっても光るのか、その桃色の瞳も、現実ではありえないほどに煌々と輝いていた。
そんな陰に対して、おそらく双子の妹であろう影の方はというと、まるでつぶれたむしけらでも見るかのような表情で見つめている。瞳から発せられるその光も、陰とは対照的にほとんど色が分からないくらいに暗い。本来は明るい水色が、群青色か紺色に見えるくらいだ。
「おはよう、だいぶお寝坊さんだねぇ。」
俺のことをからかっているのか、そうでないのか。先ほどと変わらない満面の笑みで、陰はのんきにそんなことを言ってくる。影のほうは、まるで見るのも気が障るというように奥のほうに行ってしまった。
「ここはお前らの家か。」
俺は、いまだ縄で縛られている体を、顔と一緒に陰の方に向けそう尋ねる。
「まぁ、そんな感じだね。外に出てもいいけど、たぶんここがどこかはわからないと思うよぉ。実際、私たちも掲示板を見るまで、あそこが江戸だってこともわからなかったんだもん。あと、外に出たら、絶対に影がついていくと思うよぉ。あの子、疑い深いから。」
妙に間延びした口調でそう話すと、陰は俺を縛っていた紐をほどいた。何もないといわれても、状況を確認するためには、ひとまず外に出るしかないと思い、家の傾いた戸を開け表に出ると、陰の言っていた言葉の意味は、火を見るよりも明らかだった。看板がないとか、目印になる地形がないとか、方角が分かりにくいとか、そういう次元の話ではない…いや、方角だけは日の動く方向でわかるのだが。
俺の眼前に広がるのは、完全に放棄された村の跡だった。本来きれいに耕されていたはずの畑は荒れ果て、建物の中には、完全に柱が腐って倒壊したものもある。地面に草や花が咲いているのが、ここがかなり前…少なく見積もって、5年は放置されているということをさらに際立たせていた。
「確かにこれは帰れない…か。ああ、本当に何でこんなことに。さっさと帰る方法を見つけねえとな。」
が、帰る方法を見つけると言っても、ここで生きることができなければ、江戸に帰る云々の話ではなくなる。そう思って仕方なく双子の家に戻ろうとして…
「何してるの。」
いつの間にか、家の奥に言っていたはずの影が俺をにらんで立っていた。どうやら俺は、影にかなり警戒されているようだ。今までの扱いから見るに、もともと俺を…というか、だれかをさらうことも、想定外、もしくは、陰が強行したのではないだろうか。少なくとも、ここまで警戒している影が、俺をさらうことに賛成したとはとても思えない。
「逃げたりはしねえよ。」
実際、ここで何か…仮に俺がここで暴れて、二人を丸め込んだとしても、江戸へ帰るための打開策が見つかる可能性はないし、そこまで低い確率にかける必要性は今のところはない。何より、こいつらより先に自分の持つ能力を見せるのは、降参したようで気が障った。
俺の言葉を信じたか否か、影はもう一度家の中に入っていった。
これ以上外にいても何もないことは明白なので、影のあとについて家に入ると、朝飯が用意されていた。どうやら、陰が部屋の奥に言っていたのは、朝食の準備をするためだったらしい。
当たり前、といえば当たり前なのだが、俺の分はない。そも、何のために俺をさらったのだろうか。俺はまだ、あいつらについて知らないことが多すぎる。
幸い、家の裏手近くに森があるから、食料は自分で集めることができる。が、一つ問題が。
それは、ここで暮らすには二人に敵ではないと認めてもらう必要がある、ということだ。でないと、いつ殺されるか分かったものではない。そのうえ、うまくこちらに引き込めば、俺が江戸に変えるための手助けになるかもしれない。二人を利用するようで悪いが、今はそんなことを言っていられないのも事実である。特に影のほうだ。陰のほうは何とかなるだろうが、影のほうは後回しにすればかなり面倒なことになると、俺の感が告げている。下手に陰の方と仲良くなって、それが原因で影が攻撃してくる可能性も、決して零とは言えない。逆に、影の方を先にすれば、陰のほうもすんなりと行くと思う。…あくまで憶測だが。
「どしたのぉ?そんな難しい顔して。」
俺がこの後どうしたものかと考えていると、後ろから影が話しかけてきた。
「やめろ。お前のその目見てると気が狂う。それより、いま影は何してる。」
そう俺が言うと、陰の瞳が少しだけ揺らぐ。俺の質問が意外だったらしい。
「泣いて帰らせてください、っていうと思ってたのに残念。」
「いうわけねえだろそんなこと。もしいうとしても十日後だよ。で、返答がまだですが?」
「う~んそうだなぁ…たぶん家の中のどっかにはいると思うよ。引っ張り出してこようか?」
「いやいい。そんなことすれば、また俺があの目で見られるだけだ。」
「何もしなくてもあれだからね。」
陰の話す言葉は、一回聞けば普通に話しているように聞こえるが、声のトーンや表情を見れば、多少こわばっているようにも感じる。陰の方も、俺に対しての警戒はないというわけではなさそうだ。
「お前らは、何のために俺を連れてきたんだ。」
「あそこで殺ちゃったら大騒ぎになるし、かといってあのまま逃げても、どこまでも追いかけてきそうだったから。」
「それに影は賛成してたのか?」
「いや。それより、早く探さないといなくなるかもよ。かなり嫌ってるから。」
そういいながらも、陰は笑っていた。が、その瞳の奥には、何か黒いものが見え隠れしたような気もした。
「影、どこだ?」
森でウサギを買ってきたはいいが、料理ができなければ食べることはできない。正直言って自分で料理は作れるが、勝手に釜土を使えば、またあの目で見られそうだ。俺が呼び掛けてしばらくすると、こちらをにらみながら影が出てきた。
「…その目やめてくんね?」
「黙れ。」
俺が家の外に出ると、影も一緒に出てきた。
「どした?ついてきて。」
「…。」
俺的には揶揄ったつもりだったのだが、どうも影の気に触ってしまったようだ。
俺は歩きながら思考を巡らせていた。
それは、あの双子の家庭事情。はたから見ても不思議な奴らだが、今まで見たやつらとは少し違う。
何があったか、部屋の様子で、概ね想像がつく。
ほかの家同様、放置された結果傾いだ木の柱。その柱に刻まれた、今の半分程度で止まっている身長の目印。蜘蛛の巣が張った天井に、少し錆のついた古めかしい窯。そして、いつも来ている服。
一見普通の忍びの服に見えるが、ところどころほつれていたり、破けていたりする跡がある。
まずまず、常に忍び装束である時点でおかしいのだ。住んでいる場所がこことは言えど、歩けば町がない、なんてことはない。ほかの服だってある…あるはずなのだ。
ここからは推測の域を出ないが、おそらく、二人は両親に捨てられている。
腕などにところどころある痣の跡から、虐待も受けていたと思われる。出なければ、親が子を置いていくなんて言うことがあるだろうか。ただでさえ「草」と呼ばれるほど低い身分である忍びだ。生活が厳しかったのだろう。悲しいことだが、そこは、収入を忍びたちに渡している俺たち大名にも責任がある。
江戸に変えるとき、せめて二人だけでも連れて帰った方がいいだろう。ここに住んでいた忍びたちがどうなったのかはわからないが、せめて二人は何とかしたくもなってくる。まあ、借財の方が先なような気もするが気にしないでおくとしよう。
散歩を終えて家に入って、少しして二人を呼んだ。ここら辺で話をしとかないと、話す機会がなくなると思ったからだ。
「俺をここにいさせてくれ。」
「お前らがなんで俺を連れてきたか今は聞かない。だが不本意ながら、お前らの力を借りないとここでは暮らせないし、帰ることもできない。」
「「…」」
「あと、これはお前らのタイミングでいいが、できることなら、お前たちの事を教えてほしい。」
最初の話は納得してくれたようだが、二つ目の話を聞くと、二人の頬が少しこわばった。
「お前たちのタイミングでいい。話せるときに話してくれ。」
やはり、二人の話を聞きだすには、まだ少し早いようだ。だが、二人もこちらの意図を察してくれたようで、まだ少し緊張したような顔でうなずいてくれた。
「だが、その代わり約束する。もし俺が江戸に変えるときは、お前らも一緒だ。」
「でもそれさぁ…」
「罪はつぐなわきゃ…でしょ?」
「安心しろ、こっちもだてに大名の跡取りやってねえ。何とかしてやるさ。俺森で鹿とってくる。」
二人には悩むための時間がいる。自分たちのトラウマを人に話すには、それ相応の覚悟がいるものだ。
家の裏手からつながる細い道の向こうには、青々とした木々が生える森が広がる。ここの森は、村とは比べ物にならないほど自然豊かで、様々な生き物や山菜をたくさん採ることができた。
そして日が傾くころ。
森を出ると、その出口に二人が立っていた。
どうやら俺はひとまず、二人の信用を得ることができたようだった。