日常と転機
というわけで本編です。大分時間かかってしまってすいません。
「どうだ?焔雲のせがれ。」
刀が、震える手のひらから滑り落ちていく。
目の前に広がる惨状に思考が固まり、俺は膝から崩れ落ちた。
目の前に広がるのは、先ほどまで生きていた仲間たちの光なき身体だ。
「いい褒美だろ?」
「だまれ」
「うん?」
「黙れっていってるだろ!!」
自分からあふれ出る怒りに身を任せ、刀を持って後先考えず突撃する。
その時、先決の人を丸呑みできるほどの大きさの顎が迫り、そして…
「クッソ…またこれか。」
小鳥の小さくも高いさえずりが近くの林から聞こえ、春の温かい木漏れ日が、木々の間から静かに差し込む。そんなところにある城の、そのまた一角にある軒先。そこに、俺は一人腰かけていた。
足元を見れば、小さな蟻の群れが歩いている
いつのころからか、この夢を見るようになった。悪夢、といったほうがいいのだろうか。
呪骨家との戦いから、早一年。
城や家臣たちの屋敷の移動、俺の当主交代も終わり、城内がようやく安定してきた今日この頃である。
将軍様との協議の末、焔雲家はこれから、江戸に代わって甲斐の国の警護を任されることになった。
結果、事実として、焔雲は、ひとまず歴史の表舞台から退くことになったのだ。
が、少しずつやることが済んできたこのタイミングで、もとより甲府を治めていた譜代大名が、これ幸いと政務やらなんやらを無断で任されるようになってしまった。
先ほどの転寝中に見た悪夢も、直近五か月程度でたまった疲労と、この頃の日課である睡眠前の三時間に及ぶ政務の結果なのかもしれない。
「またうなされてたね…って、何呆けた顔してるの?その、えっと、死んだ鯉みたいな顔してるけど。」
寝る前の政務により残る疲労と、先ほどの悪夢による精神的疲労をいやすため新たな城(名前は焔光城)の庭を眺めていると、俺の脱力下限を見かねてか、いつの間にか後ろにいた影が声をかけてきた。
「ん?影か。そういうとこ隠さずにズバッというよな、おまえ。」
「あ、ごめん。」
「いいよ、あやまらなくて。それがお前だろ?」
もし影がこういうことを言わなくなったのなら、俺は真っ先に偽物か体調不良かを疑うだろう。
死んだ鯉のような目と言われたが、事実ただ座っていただけだから、あながち間違いではないだろう。
俺のことを気にかけてくれているのはうれしいが、これ以上影に心配をかけるわけにはいかない。
が、特にこれといった言い訳も思いつかず、俺が影にどう説明しようかと迷っていると…
「っと…フッ。お前それ好きだな。」
影は俺がちょっと目を反したすきに狐になり、座っていた俺の膝上に丸まる。いつだったか、「狐のほうが人目に付くところでも甘えやすい」と、今この場にいない陰が言っていたような気がする。
そんなかとも思い返しつつ再度影のほうを見ると、どうやらさっきの言葉が気に触れてしまったらしく、影はいかにも不満げな視線(もともと目が切れ長だから、普段から機嫌の悪そうな顔に見えないこともないのだが。)をこちらに送る。
「別に私だけじゃないし。」
「文句を言ってるわけじゃないさ。双子だろ?趣味趣向、似てても何ら違和感なんてないし、お前ら、俺が今までに見た双子の中でも、特に似てるほうだと思うから。」
実際、見た目から声から好きなものから、そのほとんどが瓜二つなのだ。違うのは、能力、それに付随する瞳の色、性格、あとは茄子が苦手かどうかぐらいだろうか(ちなみに苦手なのは影のほう)。
それでもまだ不機嫌そうなので、やさしく青色の瞳をした狐のあご下をなでてやる。
そうすると、影は気持ちよさそうに目を細め、猫のように喉を鳴らすのだ。
「そういや陰は?」
「多分まだ寝てると思う。」
「まだ明け六つ(午前六時)だからな。…手、影。お前珍しく早起きだな。何時に起きた?」
「珍しくは余計。起きたのはついさっき。後、早起きっていうなら輝もでしょ。来る途中で部屋に寄ったけど、また政務してたみたいだし。筆の湿り具合からして、大体二時間ぐらい前でしょ?起きたの。そんなことしてたら、本当に体調崩すよ?」
そういいながら、影は膝から降りて人に戻り、庭に咲く菜の花を見やり、それからこちらを向き直る。
「陰もいたほうが…いい?」
「いや、俺とお前が起きてるんだ。どうせ起きてくるさ。し、そんな気の利いたようなこと言ってるけど、実際顔に出てるぞ。」
俺がそういうと、俺を見つめていた陰の緊張気味な顔が、少し和らいだような気がした。
「ふわ~ぁーおはよう。」
「まさに噂をすれば、だな。」
「へぇ。陰にしては珍しくお早いお目覚めで。」
「アラアラ、この前明け九つ(午前九時)に起きたかたが何言ってるのかなぁ?」
「あのさ…寝起きそうそう口論はあと似てくれないか?陰は知らないだろうけど、今、俺、疲労困憊なんだよ。見てるだけで気分が悪い。」
俺がそういうと、二人とも気が立っているのか、陰はいつもの上気した、影は冷め切った笑みをこちらに向け、同時に頭を傾ける。
「「何かご不満でも?」」
「—あのなぁ…二人とも。」
「「?」」
俺が二人を呼ぶと、二人は話を無視されたと思ったらしく同時に顔をしかめる。
まったく、こんな状況でも、よく似た双子である。
「ほら、こっち来い。まだ朝は寒いだろ?下手に風邪ひいてもらったら困るからな。」
「風邪をひかないように」という大義名分のもと、俺は二人を両ひざに座らせる。
そうしてやると、二人の怒りも、多少は収まったようだった。
「…報告に来てみれば、今日も今日とてイチャイチャしてんのな?」
「お?来たか…慶斗」