第III話「刻まれた紋章」
偽名使っている関係でややこしくなってます。ボ〇ガ博士、お許し下さい!
男の名前は『ファミリス』、吸血鬼でありアメレグドの忠実な下僕でもある。
二十年以上前、極夜界で魔物に食べられそうになっていたところをアメレグドの娘の一人であるサターニャに救われ、それ以来、アメレグドの下僕として彼の命令に一度も背くことなく働いてきた。
しかし、今回の下された命令は無理難題に近いものだった。
なにせ自分の命の恩人を殺せと言われたのだ。
「俺が任務で居ない間にサターニャちゃんが何したか知らねぇが、どんな事されても実の娘殺せなんてあの人もどうかしてるぜ」
誰にも聞こえないところで悪態をついた。
一応小声で。
「とりあえず見つけてからどうするか考えるか。もし命令を知ってたら人目がつかないところにいるよな。勘だけど」
そう言ってファミリスは「要塞都市シルビール」跡からさらに向こう側にある山の方に向かった。
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翌日、目覚めた俺は朝食を食べに二階に降りた。
朝のはずだが外はずっと暗いままだ。
本当に太陽が登らないんだな。
既にガイアーとサターニャは席に座っていた。
サターニャはフードを被ったままガイアーと談笑している。
俺も席に座ろうとすると、サターニャが俺を見た途端ぷいと顔を背けた。
おそらく、いや絶対昨日の事が関係している。
「よぉ坊主!昨日はいい夢見られたか?嬢ちゃんから聞いたぞぉ?なかなかのヤり手じゃないか」
ガイアーはニカニカしながらからかってきた。
「いや、あれは事故でですね」
「嘘よ!たまたま入った部屋がアタシでしたーって偶然ある?大体ノックの一つもしないで他人の部屋に入ってくるなんてどうかしてるわ!あぁっ、アタシの見られたくないところがアンタなんかに見られるなんてほんとに最悪だわ!」
サターニャは顔を真っ赤にしてそう言ってきた。
ノックの件はこちらの落ち度だとして、サターニャの部屋に入ったのは本当にたまたまだ。
「本当に悪かったよ。今度はノックしてから入るから機嫌直してくれよ」
「入ってこようとしないで!この変態魔物!犯罪者!」
「がはは!ひでぇ言われようだな、まぁそういう喧嘩するってのは仲がいい証拠だな!」
「どこがよ!あなたもコイツと同じ扱いにされたいの?」
「そりゃ困るな。悪ぃが坊主、嬢ちゃんの怒りは全部受け止めてくれや」
もうちょっと頑張ってくれよガイアーさん。
「っとそうだ。嬢ちゃんから聞いたんだがお金が欲しいんだろ?」
そういえばそんな事言ってたな。替えの服と飯代は欲しい。
「渡してくれるんですか?」
「いや、俺はそんなに持ってねぇ。ただ俺の知り合いに紋章を刻む仕事してるヤツがいてな、ちょうど二人組ってのと泊まり込みが条件の雑用係を欲しがってんだ。二人でそいつの雑用の仕事をやってくれないかと思ってな。面倒見るって言ったのにごめんな」
ちょうど紋章魔術について知りたいと思っていた。
いい機会だ、ついでに紋章を刻んでもらおう。
「別に気にしてませんよ。ぜひ…」
「アタシは絶対イヤよ!コイツ一人でやってくればいいのよ!」
おいおいそりゃないよ。俺一人じゃ心細い。
「そりゃ困るぜ嬢ちゃん。泊まり込みと二人でってのが絶対条件だ」
「別の仕事探せばいいじゃない、二人とも別々のね」
どんだけ嫌われてるんだ、俺は。
「別の仕事ったってどの仕事も人手が足りてるんだ。やるとしても一つくらいしかねぇぞ?」
「何よ?」
「吸血鬼ハンターだ」
そうガイアーが言うとサターニャは「うっ」と声を漏らし、嫌そうな表情で身を引いた。
「ほらな、そういう反応するだろ?嬢ちゃんみたいな年の子は命を懸けない仕事がいい」
「いや、そんなわけじゃ……はぁ、分かったわ」
サターニャは重いため息をして俺の方を睨んできた。
「いい?今度変なことしたらアンタをぐっちゃぐちゃの…」
「分かったから!とりあえずガイアーさん、そこに案内してください」
「おう!飯を食べたら行くか!」
朝飯を食べて俺達は外に出た。またグロテスクな料理が出てきたのであまり箸が進まなかった。
「紋章刻みの店なんだがちょっと歩くぞ」
ガイアーからそう言われて二十分が経った。昨日は周りを見る余裕がそんなになかったが改めて周りを見渡すと、石の壁が山脈のような形で街をぐるりと囲っていた。
「あの壁はなんであんなにギザギザしてるんですか?」
「あの壁はな、元々は吸血鬼避けを意識した銀色の防壁だったんだ。それがあってかこの街を含めたここら一帯は、昔は「要塞都市シルビール」とか言われてたな。だが三十年前だったか、吸血鬼に魂を売っちまった馬鹿が壁を壊したせいで吸血鬼が一気になだれ込んできて、たくさんの街をめちゃくちゃにしやがった」
(それってまさか…)
サターニャを見ると絶対に余計な事は言うなと言わんばかりに人差し指を口につけている。
どうやらサターニャも関係しているようだ。
「俺は街をあんなにしたあの馬鹿と吸血鬼を絶対に許さねぇ。次見つけたら必ず殺してやるさ」
ガイアーの目は普段の様子からはとても想像できないほど強い殺気がこもっていた。
絶対にサターニャが吸血鬼だとバレてはいけないと直感した。
俺が息を飲むと、ガイアーはそれを見たのか殺気を引っ込ませて普段の雰囲気に戻った。
「あぁ悪ぃ悪ぃ、驚かせたな!まぁ魔物に苦しまれながら十年かけて復興して今くらいになったんだけどな!」
「その馬鹿人間は今どうしてるんですか?」
「へっ!あの馬鹿の事だから今ごろどこかで吸血鬼になって好き勝手やってるんじゃないか?」
「人間から吸血鬼になるなんてありえるんですか?」
「吸血鬼に気に入られればな。ただし記憶と引き換えらしい。街を壊したことも忘れるなんて酷い話だぜ、まったく」
ガイアーはそう言って嘆息した。やるせない気持ちが痛いほど伝わる。
「あの、そういう辛気臭い話は終わりにして、早く案内してくれる?」
サターニャが話の流れを強引に変えた。
「おっと悪ぃな。ほらこの店だ」
ガイアーがそう言って指さした先にはボロボロの家が建っていた。
看板と見られるものは右肩下がりに傾いている。
いかにも儲かってなさそうな店だ。
「あのー、間違ってませんか?お店閉まってますよ?」
「いんや、ここだ。おい起きろ!ガルダ!」
店の様子に特に変化はなく、しばらく沈黙が流れた。
「はぁ~しょうがねぇな。起きなかったらお前が親父さんの金をスって賭け事してたの言い振らすぞ~?」
「やめろや!この悪魔ぁ!」
子供が大声で叫んだと思ったらバァン!と戸が勢いよく開き、中から褐色の女の子が登場した。背丈はサターニャより頭一つ高そうだ。
「ガイアーてめぇ、麻酔無しで二個目の紋章刻んでやろうか?」
「おぉ怖い怖い。ところで例の二人、連れてきたぞ」
「あの、ガイアーさん。こんな子供が雇い主なんですか?」
「あ?おい、今子供って言ったよな?」
「それはだって…」
「コイツはガルダって言って三十過ぎてようやく親のスネかじり離れをしたロクでなしだ」
乳離れみたいに言うなよ。
って事はサターニャと同じように見た目と年齢があってないやつか。
だが、吸血鬼って訳じゃないだろう。
「変なこと吹き込むなこの馬鹿!で、こいつらがウチの雑用係かい?どっちもガキンチョじゃないか?」
「あのね!私もこど…ふが…」
「未熟者ですが今日からよろしくお願いします」
俺はサターニャの口をすぐに塞いだ。
サターニャの見た目の年齢と実年齢が乖離している事を知れば、何か不都合があるかもしれない。
サターニャも俺の意図に気づいたのかすぐ黙ったが、ガルダへの視線は鋭い。
「……?まぁよしだ。んじゃとっとと中入ってくれ。ガイアー!礼は言うけどとっとと帰れ!アホ!」
そう言って俺たちを中に入れると、ガルダは入り口の戸を乱暴に閉めた。
誰かさんと似ている。
ガイアーとは何かあるみたいだが聞かない方が身のためだろう。
中の様子もイメージ通りだった。ボロい・きたない・くさいの三拍子が揃っている。
ガルダは家の中を案内したあと、作業場に向かった。こんな汚いのによく案内できるものだ。
「さて、まだあんたらの名前聞いてなかったな。聞かせてくれ」
「ナターシャよ、ロクでなし」
「紅陽馬です。よろしくお願いします」
「ほう、クレナイハルマ、変な名前だが礼儀がいいじゃないの」
「ははっ…そりゃどうも…ハルマ呼びで結構です」
変な名前って本人の目の前で言うなと言いそうになったが愛想笑いで済ませた。
「じゃあハルマ、お前今日から床掃除と洗濯な。礼儀知らずのお子ちゃまナターシャちゃんは飯作れ」
「誰がっ……!くっ…!!アタシ料理作れないわよ。コイツが適任ね」
「おぉ、意外と大人だな。そうか、じゃあハルマは飯作るのと準備と後片付けをお願いする」
「あのー、サ…ナターシャに頼んだ時より増えてません?」
危うくサターニャと言いかけた。
気をつけなければ。
「気のせいだろ。よし、ナターシャは紋章刻むの手伝ってくれ」
いい加減だなコイツ、負担の偏り方が激しすぎる。
まるでヒョロガリとデブが乗ったシーソーみたいだ。
しかし。短気そうなやつに下手に反抗はしない方がいいだろう。
「ふん!これから子供扱いするのはやめてよね!」
「あぁ、分かってる分かってる。そういう時期か知らんが子供扱いはしないさ。もちろんハルマもな」
ガルダは苦笑してそう言ったが、おっほんと咳き込んだ後、笑みを消して真剣な眼差しをして続けた。
「でも覚えておけよ?子供扱いしないってことはウチはあんたらにめちゃくちゃ厳しくするぞ?」
本気の目だ、だが断る選択肢はない。
「覚悟しています」
「そうしなさい」
「ははっ、あんたら気に入った!一週間ウチで働けたら金とは別に褒美をやるよ!」
ガルダは上機嫌に笑いながら約束をした。紋章を刻んで欲しいというお願いは一週間後にしよう。
――一週間後、ガルダは約束どおり俺達に褒美をくれるそうだ。
俺達は作業場に案内された。
思えばこの一週間は地獄だった。
こっちの世界の時間が分からないが、朝五時の感覚の時間から大声で起こされ散々こき使われた挙句、寝たのは夜一時くらいの感覚だった。
何度もガルダをぶん殴りたいと思ったが、この先のためを思って我慢した。
しかし、給料は結構貰えた。
日本円に換算して二十万くらいだとサターニャから教えられた。
日給に換算すれば約二万八千円、日本ならどう考えても怪しい仕事だ。
だが、この仕事は長時間労働に目を瞑れば内容がまともだし、給料はむしろ多いような気がする。
そんな事を思っているとガルダがなにやら持ってきた。
「ハルマは初めてみるよな?これが紋章を刻む道具だ。あんたらに紋章刻んでやるよ」
そう言って見せた道具は至って普通のペンとインクだった。
どうやらお願いする手間が省けたようだ。
「アタシはもう紋章あるわよ」
「本当かい?じゃあ代わりの褒美をやらないとな。ハルマに紋章刻むまで待っててくれ」
「えぇ。アンタ、くれぐれも紋章は慎重に選びなさいよ?紋章についてはガルダに聞いた方が早いわ」
「もちろんだ。あの、何の紋章があるかだけ聞かせてもらっても?」
「おぉ忘れてた。どれ、ちょっと待っててくれ」
そう言ってガルダは引き出しから本を取り出した。
取り返しのつかない事をするのに忘れてたなんて冗談にもほどがある。
「えっと、あった!ここだ、見てみろ!」
ガルダが指を指した先にはそこそこな長文が書かれていた。
読み上げをお願いすると読んでくれた。
「魔術は大まかに三つの分類で分けられる。相手を攻撃することができる攻撃魔術、病気や傷を治す事ができる回復魔術、防御やその他の事は補助魔術。紋章魔術はそれ一つで攻撃魔術、回復魔術、補助魔術全てを扱う事ができる。ただし、術者によって使える魔術の種類や規模には三魔術で偏りがある」
つまり、攻撃が十種類全て大規模な魔術で、その他しょぼい魔術が一種類ずつって事もあるのか。
「ナターシャは今から外に出てってくれ、ここからはウチとハルマの秘密だ。ウチが出てくるまで絶対中に入るなよ?」
「分かったわ。いいの選べるのを期待しているわね」
サターニャはそう言って作業場から出ていった。
ガラガラバタンと戸が閉まった音が聞こえた後、ガルダは続けた。
「ほら、紋章リストだ。どんな魔術でもいいが、ハルマにはこいつをおすすめするよ。体力には自信がありそうだしな」
陸上部に所属してたからな。
まさか異世界で部活でやってきたことが活きるとは思わなかったが。
「じゃあそれでお願いします」
「決まりだな。ほら、太もも出せ。普段から見えてないところがいいからな」
俺は言われるがまま太ももを見せた。次の瞬間、刃物で滅多刺しにされるような痛みが俺の太ももから全身を走り抜けた。
「ぐぎゃああああ!?!?、痛い!ィ痛いィ!!」
鮮血が部屋中を赤の斑点模様に染めている。
太ももを見ると本当に滅多刺しにされている。
「やべ、麻酔かけるの忘れてた」
そう言うとガルダは注射針を俺に刺して、一分も経たずに俺は眠らされた。
――目が覚めるとガルダが難しい顔をしていた。
「あの…いや、おい!あんな痛いとか聞いてないぞ!」
「ん?ああ。普段は麻酔しながらやってるからな。それにしても参ったな…」
「ふざけるな!謝れ!」
「ああすまん」
「コイツ……。はぁ、で、何だ。難しそうな顔をして」
「いや、お前が暴れたせいで紋章が本来と違ったものになってな。どうやら一部の奴らにしか扱えない紋章になっちまったみたいだ」
「はぁ!?ふざけんな!てか俺のせいにすんな!」
さっきの比にならないくらいの剣幕でガルダに迫った。
ガルダは「ひっ」と言って頭を抱えて縮こまったが、何とか俺の目を見て言った。
「あっいや、そっそれがさ、使えるんだよ、ふっ太もも見てみろ」
言われるがまま見ると、先程鮮血を飛び散らかしていたとは思えないくらい傷がなくなっている。
「えっどゆこと?」
理解ができず、時間が止まったように思えた。