第II話「最初の街」
遺跡から出た後、俺たちは次々と魔物の襲撃を受けた。
牙が鋭くイカつい魔物から毛虫みたいな魔物までその姿は様々だ。
とはいえどの魔物もバロブロスほどでは無い。
全てサターニャが『咬合魔術』と『吸血魔術』で倒してしまった。
俺はというと、体の痛みがまだあるので移動中はサターニャにおぶられて、戦闘中は座ってその様子を見ているだけだ。
自分が情けなくなって嘆息した。
それにしても某RPGの鬼畜洞窟のようなエンカウント率だ。
そのうち即死魔術なんか使うヤツも出てくるかもしれない。
先が思いやられる。
しかしいつまでも嘆いていられない、色々と確認しておきたい事もできた。
「なぁ、エリノームの言ってた事、本当だと思うか?」
「…知らないわよ。そもそもお父様があんな事言ってたなんて信じたくないわ」
「…本当だったとしたら変装とかした方が良くないか?あまり言いたくないけど最低限髪は隠した方がいいと思うぞ。一番の特徴だし。」
「っ!…まぁ、そうね。とりあえず髪はどう隠そうかしら」
サターニャはやや不機嫌そうになりながらそう言った。
きっと親の裏切りを前提に考えたくないのだろう。
「俺の上着貸すよ、ほら。フード着いてるんだ。これで上手く隠せるだろ」
上着を渡すと、サターニャは心配そうな目をしながら上着を手に取った。
「え?あ、ありがと。寒くないの?」
上着をずっと着ていたので気づかなかったが、太陽が昇っていないので結構寒い。
だがここで弱音を吐けば俺の格好がつかない。
「お、俺の事はき、気にするな」
ガタガタ歯を鳴らして言ってしまった。
「あぁ…えーと、早く街に行くわよ!人間のにおいもたくさんするし、この近くにあるはずよ!」
俺の意思を汲み取ってか、サターニャは俺が震えている事に触れず上着を着た。
透き通るような銀髪も肩にかかる程度しかないので、フードの中にすっぽり収まった。
いや、収まりすぎた。
俺のサイズは彼女にとっては大きすぎる、ダボダボだ。
それにしても今人間のにおいとか言ってたな。
「人間って俺みたいなヤツか?」
「ええ。そろそろ疲れてきたし急ぎましょ。ほら、まだまともに歩けないでしょう?掴まりなさい」
「悪いな、何度も」
そう言って俺はまた彼女に背負われた。
外から見れば、ふざけた格好で子供をこき使っているようにしか見えないだろう。
はい、半分その通りです。
でも人間がいてよかった。
人里に着けば色々と情報も聞きやすいだろう。
「振り落とされないようにしっかり掴まりなさい」
「ああ、できれば優しく…うぉ!?」
サターニャは俺の言葉を最後まで聞かずに猛スピードで人里に向かって走った。
五分後、街らしき所に着いた。周りは石の壁に囲まれている。
「どこが入口かしら?」
サターニャは俺を背負いながら外周をぐるぐるしている。
「あのサターニャさん?おぶってもらうのはありがたいんだけどもうちょい優しく…」
「おーい!お前ら!そこにいると魔物が出るぞ!入口はこっちだから早く来い!」
大声で俺たちに向かって呼ぶ声で俺の声はかき消された。
声のした方向を見ると、そこにはガッチリとした体格の男がいた。
「はーい!」
サターニャは男に負けないくらい声を張り上げて入口に向かった。
男のもとにたどり着くと男が不思議そうな目でこちらを見ている。
「なんだ嬢ちゃん。兄貴に罰ゲームでもさせられてるのか?可哀想に」
「コイツは私と血は繋がってないわ。怪我してるから仕方なく背負ってるのよ。」
「かぁ〜っ!優しいこった。将来はいい嫁さんになれるぞ嬢ちゃん!」
まるで居酒屋でベロンベロンに酔った中年のサラリーマンみたいな口調だ。
陽気でいい人だな。
「入口を教えてくれてありがとう。ところであなたの名前は?」
(俺は「アンタ」や「コイツ」呼びなのにこの人にはちゃんと「あなた」呼びかよ…。あれ、でも俺も一回名前で呼ばれたような…?)
過去の記憶を掘り返している間に男が名乗った。
「ああ、俺は『ガイアー』ってんだ。ここで見張りしてるんだ。よろしくな!嬢ちゃん達の名前は?」
そう聞かれるとサターニャは困った様子でこちらを見た。
なんだろうか、とりあえず俺から自己紹介することにした。
「紅陽馬です、よろしくお願いします!」
「『ナターシャ』よ、よろしく」
ん?今なんて?と言おうとするとサターニャが黙っててと手で制してきた。
「おう!兄ちゃんはなかなか聞かない響きの名前だな!どこから来たんだ?」
「実は別のせか…」
「アタシたち生まれが分からないの。今は住処を転々と旅してるしてるわ」
サターニャは俺の言葉を途中で遮ってガイアーに嘘をついた。
「そうか、大変だな!とりあえず宿案内してやるから来いよ。この街は『ラクトニア』ってんだ。良い奴がたくさんいるからしばらく泊まってけ」
「ありがとう、助かるわ」
「おう!着いてきな」
俺はサターニャの行動の意味が分からないまま街に案内された。
街の中は木造の建物で埋め尽くされており、そのほとんどを飲食店が占めていた。
嗅いだことの無いにおいもする。
店の看板を見たが文字が分からない。
そういえば言葉はガイアーに通じてる。
何でだろう、俺はサターニャに小声で聞いた。
「なぁ、俺あの文字読めないんだけど何で言葉は通じるんだ?」
「それも人間の固有魔術よ。『翻訳魔術』ね。自分から話しかければあらゆる生き物と意思疎通できるのよ。あなたも使えるはずよ?」
試しに地面にいた虫に「こんにちは」と話しかけてみた。
虫はこちらを見て「オマエ、俺を踏み潰すなよ」と言っている。
これが魔術か、虫の言葉も聞けるなんて面白いな、と思ってもっと話しかけようとするとサターニャに止められた。
「あまり人間の特徴から離れた生き物と話しすぎると人間性を失うわよ」
「実際にそんなヤツ見た事あるのか?」
「あるわよ。最後は自分が飛べる生き物だと思ってそのまま落下死したわよ」
危ない薬を使うのと同じって事か。
人間に似た生き物以外に話しかけるのはやめておこう。
しばらく街の風景を見ているとサターニャが話しかけてきた。
「もうそろそろ降ろしていいかしら?」
「ちょっと待ってくれ」
体を確認してみる。
腹と背中の痛みは無くなった。
てっきり折れたと思っていたが。
「うん、降ろしていいぞ」
俺がそう言うと雑に降ろされた。
「ようやくお荷物から解放されたわ」
「誰が荷物だよ!って否定はできないな。ところでなんでさっき偽名を使ったんだ」
「それは後で話すわ」
何だろう。
気になるが今は話したくないらしいし、とりあえずいいか。
ガイアーの足が止まった。
「ここはこの街で一番栄えてる場所だ。飯屋だけじゃなくて宿屋もたくさんあるぞ。嬢ちゃん達は腹減ってないか?」
「ペコペコよ」
「俺もです」
「おっ!いつの間にか兄ちゃん歩けてるじゃねぇか!よし!ならちょっと歩くがあそこにしよう。飯屋も温泉もあるから俺もよく使ってるんだ」
ガイアーがそう言って指さした方向には、白と黒の二色で表された三階建ての大きな建物があった。
まるで戦国時代に出てくるお城だ。
外には温泉もある。
おそらくこの街で一番大きいだろう。
俺たちは宿の中に入った。
大きい建物の割には客が少ないなと思っていたが、二階に上がると結構な数の人がいた。
パッと見た感じ全員人間だ。
中はバイキング会場みたいになっている。
「よっ、ガイアー。久しぶりだな。元気してるか?」
「あー!この前助けてくれたおじさんだー!助けてくれてありがとう!」
ガイアーは人とすれ違う度に話しかけられる。
彼も笑顔で軽口を言ったりしている。
相当顔が広そうだ。
「ここにするか。嬢ちゃん達、好きなの取ってきていいぞ。俺はここで座っておく」
「ありがとうございます」
「ありがとう。じゃ、アンタ行くわよ」
俺とサターニャは手当り次第料理を取った。
――しばらくして俺達はガイアーのいる席に戻ってきた。
はっきり言って俺は食欲が失せた。
虫みたいなグロテスクな見た目の食べ物がたくさんあったからだ。
皿にもやばくない見た目のものしか盛り付けていない。
対して、サターニャの皿には溢れんとばかりに盛り付けられている。
「嬢ちゃん結構食うじゃないか。連れてきた甲斐があるってもんだぜ。坊主も食べな!」
「俺はこれくらいで充分です…」
「んだよ〜。そんなんじゃ強くなれないぞぉ?」
とても不味そうだったからとは言えない。
「あはは…ところでガイアーさんはどんなお仕事をしてるんですか?」
「俺はこの街の門番だな。たまに坊主達みたいなのがいるから保護とかもしてるぞ」
「そうなんですね。どおりで子供たちからも人気な訳ですね」
「あぁ!やりがいがあるってもんよ!良かったらしばらく手が空いてる時は面倒見てやろうか?」
「ほんとにいいの?」
「おうよ!あまり俺のことは気にすんな!子供がいれば俺も仕事に精が出らぁ!」
「うっ…子供って…。ま、まぁよろしくね」
それからしばらく楽しい食事の時間が続いた。
「っと、もうこんな時間か。嬢ちゃん疲れてそうだしもうお開きにするか。三階が寝室だ。俺は別室で寝るから何かあったら大声で俺の名前を呼べよ。あと寝る前に温泉は入った方がいいぞ。疲れが取れるからな!んじゃ」
そう言ってガイアーは先に三階に上がって行った。
「いい人だったな、ガイアーさん」
「そうね、あなたにとってはね。ところで偽名を使った理由なんだけど」
「あぁ、あれか。確かナターシャだっけ」
「私の名前、吸血鬼としてそこそこ知られてるの。こんな見た目だからまだバレてないけど、名前を出したら多分目の色変えて殺しにくるわ。それに私がここにいるってお父様や連中に知られちゃうかも」
あぁ、そういう事か。
だとしたら俺も偽名を使うべきだったか。
変わった名前らしいし目立つかもしれない。
申し訳ない事をした。
「俺、本名言ったけど大丈夫かな?」
「絶対大丈夫とは言いきれないわね。だからといって名前を変えれば不自然になるし、とりあえずこのまま本名で通していいわよ。アタシ温泉入ってくるわ。ふわぁーあ」
サターニャは欠伸をしてそのまま三階に行ってしまった。
俺も続いた。
「俺の部屋はえーっと…読めねぇ…」
おそらく誰がどの部屋か記しているであろう紙だがちんぷんかんぷんだ。
「こうなりゃ勘だな。とりあえず間違ったとしてもあの紙見せて部屋聞けばいいし、まずはこの部屋から入ってみるか」
俺は近くにあった部屋の襖を開けた。
「お邪魔しま……あ」
その部屋にはちょうどワンピースからこの宿屋にある寝間着に着替えている途中の上裸のサターニャがいた。
胸が小さいのを確認した後
「きゃああああ!?」
という甲高い悲鳴が聞こえたと思ったら、そのままバチーン!と言う音が宿屋中に響いた。
あぁ、あの目覚めより痛い。