同居人
『サターニャ=フェイン』
そう元気よく少女が名乗ったが、俺はドアが開いた勢いで吹っ飛んでいた。
「痛ぇ...おい!危ねぇだろ!大体なんだよ吸血...ん?」
︎ 色々問いただそうとしたが、彼女をよく見るとその可愛いさに見とれてしまった。
︎︎ 服は月のように白いワンピースを着ている。顔は子供っぽく小さい鼻だが鼻筋がしっかり通っており、目はクリクリしている。おまけに肌も白い。髪の色と相まってその姿はまるで神聖な女神のようだ。身長は150cmくらいだろうか。俺より20cmは低い。じゃあ神聖ロリ女神か。顔は外国人のようで名前的に日本人じゃないらしい。吸血鬼とか言ってたけどコスプレごっこなのか?
︎︎︎色々考えていると
「コロコロ表情変えて気持ち悪いわね。何考えてるか知らないけどアンタも名乗りなさいよ」
︎︎と汚物を見るような目でこっちを見ている。割と傷ついてしまいそうだ。
︎︎耐えきれないので仕方なく素直に自己紹介した。
「紅陽馬だ。さっきも聞いたけど本当に親御さんはいないのか?」
「しつこいわね、いないわよ。ここにくる道中ではぐれちゃったのよ。何でそんなこと聞くの?」
︎︎やけに強く否定するな。本当にはぐれただけだろうか。
「何でってそりゃ子供一人で家にいるのはおかしいだろ?はぐれたなら交番には行かないのか?その、えーと」
「サターニャでいいわ。あといい加減子供扱いやめてくれる?気持ち悪い。アンタよりあたしの方が歳上よ?だから交番なんて行かなくても大丈夫よ!」
︎︎腰に手を当ててふんぞり返りながらサターニャはそう言った。謎理論である。本当に大丈夫だろうか。あとせっかく自己紹介したのに呼び方がアンタなのは悲しい。とりあえず年齢を聞いてみる。
「じゃあ何歳なんだよ?」
「乙女に年齢を聞くなんて失礼ね。親からどういう教育受けてるの?それより吸血鬼が目の前にいるのに怖気付いたりしないのね」
︎︎︎︎さっきから余計な一言が多い。でも確かに言われて見れば別にサターニャに対して怖いとは思っていない。まぁ本気で吸血鬼なんて信じてないしな。大体、想像してた吸血鬼は鋭い歯を持ち、目つきが悪魔のように鋭く顔が怖い生き物だ。こんな美少女アニメに出てきそうな姿は想像したことがない。
「いやぁ...想像と違うというか何というか。その、可愛いの要素が強くてさ。もしかして今度のハロウィン用のコスプレか?」
「あーもう!どうやら吸血鬼だって信じてないみたいね。まぁいいわ、っといけないわね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
︎︎︎︎サターニャは諦めた目でこちらを見たが、何か思いだしたのか俺に質問をしようとしてきた。
「何だよ、言っておくけど俺は馬鹿だから難しいことは答えられないぞ」
「お馬鹿さんにも分かるようなことよ。アンタの言う”音”ってのはいつから聞こえてたの?」
︎︎︎︎サターニャは声を低くしてそう聞いてきた。
「えっと、昨日から聞こえてたぞ。今日とはリズムが違ってたけど」
︎︎俺がそう言った瞬間、サターニャの目が獲物を捉えた猫のように変わった。
「ふーん、やっぱり聞こえてるのね。”音の正体”にも本当は気づいてるんじゃないの?」
︎︎サターニャはさらに声を低くして脅すように聞いてきた。いや、これは脅している。ものすごい殺気が俺に伝わっている。
︎︎あまりに急なことで何も言えずにいるとサターニャは痺れを切らしたように言い詰めてきた。
「ねぇ黙らないでよ?黙れば何でも解決すると思ってるの?甘いわね。アタシね、拷問が得意なのよ?ちょうど喉が渇いてきたからアンタの首から血を吸って、何か吐くまでじっくりと死に近づく感覚でも味わせようかしら?まぁこの際だし殺してもいいわね」
︎︎そう言って、サターニャは一瞬で距離を詰めて俺の両肩に手を乗せて掴んできた。小さな手なのにすごい握力だ。そのまま肩に全体重をかけてよじ登り、俺の首筋に口を近づけて鋭い歯を立ててきた。一瞬の痛みのあと一気に何かがチューと吸われる感覚が伝わってきた。 血だ。
「えっ...あっ、あぁ」
︎︎初めて味わう感覚で頭が真っ白になる。そんな俺に構い無しでサターニャはなおも血を吸い続けている。
「ぁあ...サタ...ニぁ...やめ...てく......」
︎︎脈が聞いたこともないくらい速くなっていく。
(ヤバい、死ぬ)
︎︎そう思った瞬間
「ぷはぁー。あなた運動できそうに見えて意外と血がないわね。まぁこんな腑抜けがアイツの仲間なわけないわね。殺気出して損したわ」
︎︎と口を離し、雰囲気も先ほどの反抗期真っ只中のような少女に戻った。だが口の端からは赤い液体がツーっと流れている。俺は恐怖と喪失感で息が切れてその場に座りこんだ。
「おっとと、さっきのは茶番よ。驚かせたのは悪かったわ。まさかここまでビビり散らかすなんて思わなかったわ」
︎︎冗談じゃない。あれは本当に殺す気だった。
︎︎彼女に対しての認識を訂正しよう。彼女はコスプレごっこが好きな少女ではない。彼女は、『サターニャ=フェイン』は紛れもなく吸血鬼だ。
︎︎恐怖と不信感を含んだ目で彼女を睨みつけると、一瞬眉を上に動かした後に俯いてしまった。そんな反応されても困る。先に仕掛けた方が悪いのに。
「......」
「......」
静かで重苦しい雰囲気が1分ほど続いた。やがて彼女が先に口を開いた。
「アタシは昨日からここに住んでるの。ここら辺にはあの音が聞こえる人間はいないと思ってたけど、まさかこんなヤツが聞こえるなんてね」
︎︎何か引っかかる言い方だがそんな事より彼女に対する恐怖と不信感でいっぱいいっぱいだ。俺は何とか立ち上がった。
「...会話に余計な一言入れないと死ぬのか?てか許可とってここ住んでるんだよな?」
と聞くと彼女は不思議そうにこちらに顔を向けた。
「許可ってなんの事よ?あとアタシが死ぬとしたら日光に焼かれるか銀の武器で急所を攻撃されるくらいよ」
︎︎おいおい無許可かよ。まぁそんなことは置いといて弱点は俺の想像通りなようだ。
「ここに住んでいても大家さんの迷惑だし、親御さんとはぐれたならやっぱり探した方がいいと思うぞ」
︎︎そう言うと彼女はまた下を向いてしまった。やっぱり訳ありか。彼女はしばらく何か言おうか迷ったあとやがて話し始めた。
「実はね、アタシはアンタ達が住む世界とは違う世界から家を追い出されたの。「お前の髪の色は周囲を不幸にする。もう顔を見せるな」ってね...。追い出される時に世界同士を繋ぐゲートも壊されたわ。だから家族に合う手段がないの...」
︎︎彼女の声は段々と震えていき、弱くなった。俺は何も言えなかった。唐突に異世界の存在を知らされたのもあるが、それより俺の今の境遇と彼女の境遇は似ていると感じたからだ。
︎︎いや、似ているようで違う。俺は半分自主的に家出したが、彼女は無理やり追い出されたのだ。しかも生まれつきの特徴というどうしようもない理由で。
︎︎彼女は手を下にぎゅっと握りしめて話を続けた。
「でも家族にはアタシが皆を不幸にさせない吸血鬼だって認めてもらいたい、だからここ数年ずっと元の世界に帰る手段を探していたの。それで昨日やっと見つけたのよ、帰る手段を」
︎︎俺は考えた。
︎︎昨日...もしかして...
「それがあの”音の正体”ってやつなのか?」
「そうよ。でも向こうの世界の住人がこっちの世界に来ていたらこっちの企みがバレてしまうかもしれないの。あの音は”普通じゃないヤツ”にしか聞こえない音なのよ。もし帰ろうとしてることがバレたら、もう永遠に向こうの世界に戻れなくなるかもしれないわ...」
話すにつれてまた声が弱々しくなった。見てると辛くなる。でもこれでさっき彼女が殺す気で襲ったのがよく分かった。強めな口調なのもきっと親に認めてもられるために自分をよく見せたいが故のことだろう。
「......」
「......」
︎︎また沈黙が流れた。やがて口を開いたのは俺だった。
「悪かったな、あんな態度をとって」
「こっちもごめんなさい。どうしてアンタにあの音が聞こえたかは分からないけど、今までの反応的にアタシの世界の住人じゃなさそうだから安心だわ」
︎︎いつの間にか空気が重くなくなった。サターニャは少し目に笑みを浮かばせながらこちらを見ている。
「安心してもらえるならよかった。てか計画がバレたくないなら名乗らない方がよくないか?」
「そのまま無視しても良かったけど怪しいヤツは徹底的に叩き潰さないと更に厄介な事になるわ。前にそれで痛い目にあったしね。それに叩き潰す相手が本当にアイツらだったらどうせ私が件の吸血鬼ってのはバレるわよ。アイツらは普通のヤツが勝てる相手じゃないしね」
やっぱり本気で俺を殺す気だったのか。まぁ過ぎたことだ。無かったことにしよう。普通じゃないヤツ扱いなのは気になるが。その事を聞こうとしたがある疑問が先に浮かんだ。
「思ったんだがゲートが壊されたらここにいる向こうの世界のヤツらは帰れなくないか?」
「ゲートを作れるやつがいるのよ。皆ソイツに頼って違う世界同士を行き来しているわ。もっともソイツはアタシを追い出した家族側だけどね。だから自力でゲートを生み出す装置を作ったってわけよ!」
「サターニャの世界とここの世界以外に別の世界はあるのか?」
もしあるなら女性だらけの世界に行きたい。そこでハーレム三昧してあんなことやこんなことを...
「無いわ!!ていうかまた気持ち悪い目に戻ったわね」
ガッシャーンと俺の中で何かが崩れ落ちる音がした。そして瓦礫の山に唾を吐かれた。気を取り直そう。
「その、ゲートは開けそうか?」
「ダメね。まだ改良しないといけないわ。あとひと月はかかるわね」
︎︎ひと月か、長いような短いような。と、ここである策を思いついた。
「それなら俺の部屋でその作業はやらないか?どの道許可も取らずに今の部屋にいるのは迷惑だし。それにサターニャを手伝いたい」
︎︎サターニャは一瞬パッと嬉しそうな表情をしたがすぐに眉を八の字にした。
「何?まさか私が昼間寝ている間に変なことしようっていう魂胆じゃないでしょうね?」
︎︎失礼なヤツだ。俺があのレーザービームを放つ日本人メジャーリーガーだったとしてもバットを一切動かさないくらいにお前は俺のストライクゾーンから離れている。
「心外だな。俺は昼間は学校でいないから安心しろよ」
「ふーん。まぁ別にいいわよ。アンタは子供だし家族と一緒でしょ?」
「俺も家出してるんだよ。お前と比べたら理由はしょうもないけどな」
︎︎サターニャは目と口を開いてぽかんとした。
「そう...なのね...っていやいや、やっぱり心配だわ!学校が休みの日は心配よ!!アンタだけだと怖いから家族の所に今すぐ連れてって!!」
ふと思ったがさっきからサターニャは異世界人なのにこの世界の事に詳しい。オマケに日本語も流暢だ。向こうの世界の公用語も日本語なのだろうかと思うくらいだ。数年いたらそんなものだろうか。聞けばどうやって単語とか覚えられたのか教えてくれるだろうか。
まぁいいか、サターニャに忠告するのが先だ。
「その姿で家族のところに来てみろ。多分近所で噂になっていずれはお前の世界のヤツらが来るかも知れんぞ」
「うっ...卑怯よ!」
卑怯とは何だ。お前のためを思って言ってるでしょうが。
「はぁ...しょうがないな。じゃあこうしようか。お前を襲ったら血を吸い尽くしていいぞ」
「言ったわね!もし襲ったら絶ッ対殺すわよ!」
まるであの時の親子喧嘩の時の俺みたいだな。
「へいへい。さっきから気になってたけど口、血が付いてるぞ」
︎︎俺がそう言うとサターニャは犬の威嚇みたいに歯を見せて俺を睨みながら腕でサッと口を拭った。
︎︎こういう所が子供っぽいが本人には言わぬが花だろう。もし言ったら食虫植物にでもなるだろう。
︎︎何はともあれこうして俺とサターニャは同居することになった。
あれ、何か忘れている気がする。まぁいいか。
陽馬はこの後周りの住人に苦情を言われるかと思って震えていましたが、たまたま誰もいない日でした。