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心臓がバクバクと異常な音を立てて、耳鳴りのようだ。先ほど、死に物狂いで走ったせいか、目の前に跪く軍服姿の男性がこの世のものとは思えないほどのイケメンさんなせいか‥‥兎に角、私が混乱しているのは確かだ。
そう。私は今、とても混乱している‥‥。自覚しているんだ。大丈夫。まだ、気が触れてしまったわけではないはず。
緊張と恐怖と混乱で浅くなる息をなんとかコントロールしようと、深く息を吸った。
じりじりと再び逃げ出したくなる気持ちに何とか蓋をして、必死で頭を働かせる。何とか一呼吸落ち着いてから、やっと気づいた。
ちょっと待って。今、この男の人は"女王陛下"と言わなかった?
まさか、ここに‥女王陛下がいるの‥‥?
緊張で強張った身体を無理矢理動かし、再度目の前の男性に視線を向けた。
依然、目の前の男性は跪き、頭を垂れるような姿勢のため、その表情を窺い知ることはできない。
私は足がすくみそうになりながら、ゆっくりと後ろを振り返った。心臓がよりいっそう大きな音を立てているのがわかる。このままショックで気を失うのではないかと重いながら、振り返った先には‥‥長い廊下が続いているだけだった。
別に誰がいるというわけでもない。
しかし、相変わらず目の前の男性は頭を垂れて跪いている。
先ほどから挙動不審な私とは打って変わって、微動だにしない。
その静かな迫力をもった雰囲気が何よりも雄弁に物語っている。
彼は本物の軍人で恐らくかなり強いのだろうと。
こと日本に生活していて、こういう迫力を兼ね備えた男性に出会ったことがない私は、本能的な恐怖を感じてしまう。
少し落ち着いたことで、改めて恐怖を感じ、ガクガクと震えそうになる身体に力を込めて立っているのがやっとだった。
いっそ、このまま気絶でもしてしまいたい。
どうしよう、どうしようと焦っていれば、軍服姿の男性の背後から慌てたように新たに3人やってきた。
3人のうち1人は、淡いピンク色の髪を緩く三つ編みのように編み込んでいる優しそうな雰囲気の美しい女性だった。
私は女性がいることに無意識で安堵していたのだろうと思う。その女性の眼差しは私を心配そうに、申し訳なさそうに見つめていた。
「突然のことで驚かれたことでしょう。私どもの配慮が足りず、混乱させてしまい申し訳ありませんでした。詳細な説明をささて頂きたいのです。不審に思われておられるかもしれませんが、私共に説明の機会を頂けないでしょうか。」
そう女性に言われ、私は何だか泣きそうになった。
女性は、私に向かってそう優しく声をかけてくれた後、私の目の前に跪く軍服姿の男性に声をかけた。
「ヴァルド。貴方は、身体も大きく力も強いのですから、怖がらせるような行動は一層気を付けねば成りませんよ。」
彼はどうやら、ヴァルドさんというらしい。
「はい。申し訳ありません。」
そう謝罪をするヴァルドさんの声に私はかなり罪悪感を覚えた。
勝手に逃げ出し、何をされたわけでもないのに一方的に怖がったのも私だからだ。
「い、いえ。私こそ、ご迷惑をおかけしてしまって‥すみませんでした。」
情けないことにまだ身体が震えていたので、精一杯お腹に力を込めて何とか謝罪の言葉を絞り出せば、ヴァルドさんがゆっくりと顔をあげた。あまりのイケメン顔にうぐっとダメージを受けながら、勝手に彷徨いそうになる視線を必死で固定する。
ああ、私人見知りだったんだよなぁ。海外の人ってじっと目を見てくるけどめちゃくちゃ気まずいし恥ずかしいよなぁ、と現実逃避しながらヴァルドさんの赤い瞳を3秒みて、限界を迎えた私は、そっと視線を逸らした。




