【第九話】 魔物の大規模出現 犠牲者
「なんだかさっきの戦いが噓みたいに静かだね」
「まだ序盤ということなのだろう」
「噓でしょ……? あれで序盤? あたしも避難したい~……」
そんな話をのんびり出来る位にマジクランタA館1階の捜索はスムーズに終わった。そして2階に進むと玄兎達はパピヨンと馬木に出会った。
「げっ! 氷女!」
「その呼び方を――」
クレールは馬木に注意しようとしたが、一緒にいた男の子に詰め寄るパピヨンの剣幕に気付き黙った。
「なぜここにいる? 避難しろと言ったはずだ」
「ぼくがおかあさんとレアを捜すんだ!」
パピヨンの顔がこわばった。そして馬木は顎に手を当てて何かを考えていた。
「待て。お母さんとレアと言ったか? つまりお前のお父さんはその二人を捜しに行ったのか? なぜそれをさっき言わなかった!」
男の子は黙ってしまった。そして馬木が口を開いた。
「少年。俺様達が必ずお前の家族を見つけてみせる。だから後は任せてくれねーか?」
「でもぼくが――」
「でもじゃねーんだ。お前がいると助けられるもんも助けられなくなる。だからこの俺様、馬木鹿之丞にお前の意志を預けてくれねーか?」
男の子はしばらく黙ったのちに「わかった」と呟いた。
「よーし、よく言った。んじゃ……誰が連れていくんだ?」
「あたしが連れていくわよ。空を飛べば危険も少ないでしょ」
ミアが最初に名乗り出た。そしてそれに追随するようにパピヨンも名乗り出た。
「私もついていこう。よろしく頼む、えっと……私の名前はパピヨンだ」
「あたしはミアよ。よろしく」
「ミア、パピヨン、よろしく頼むぜ」
馬木のその言葉を聞くと、パピヨンは青い蝶の羽のようなものを生やし、ミアと共に吹き抜けから一階に飛び降り、玄兎達が先程開けた穴から外に出ていった。そして残った四人は捜索を再開した。
「馬木、先ほどはよくやった」
「風紀委員に褒められるなんて、俺様も成長したもんだなぁ、だっはっは!」
しばらく黙っていたいのりが心配そうな顔で馬木に聞いた。
「あの、本当に三人はここにいるんだよね?」
「あの少年が言っていた二人に関しては俺様も分からねぇ。だがあいつの父親がここに入っていったのはパピヨンも俺様も見たぜ」
これに対してクレールは何か思うところがあったのか、腕を組みながら話し始めた。
「しかし妙だとは思わないか。何故父親もあの子どもも自分で捜しに行った?」
「さあな。だが今はそんなことを考えるよりも助けることを優先するべきだ」
馬木の言葉にクレールは驚いた表情を一瞬見せ、微笑んだ。
「……あぁ、その通りだな。小さな音にも気付けるよう、集中しよう」
前を歩くクレールと馬木の後ろで、いのりは玄兎に話しかけた。
「玄兎くん、頑張って皆を助けようね!」
「うん、必ず」
四人は二階の捜索を開始した。馬木は既に屋上と三階を捜索していたらしく、玄兎達が一階を捜索したためA館の残りは二階のみとなっていた。しかしここでも三人は見つからず、四人に焦りが募り始めた。
連絡通路を通り、B館に行こうとしたその時、床が強く光りだした。
「来るぞ!」
四人は咄嗟に戦闘態勢に入り、背後が壁になる場所に移動した。その時、いのりが何かを目撃したのか天井を指差した。
「ねぇ! あそこの天井! なんか扉が開いたよ!」
玄兎達が目をやると天井の点検口が開き、人が三人出てきたのである。そして出てきた三人は下の店棚を利用し、床に降りた。女の子が一人、親と思われる男性と女性が一人ずつであり、探している三人でほぼ間違いなかった。
「なぜあんなところに……? そこのお三方こっちです!」
クレールがそう叫ぶも聞こえなかったのか、三人は逆方向へ走っていった。
「孤立させてはまずい! あの三人を追いかけるぞ!」
「俺様が先頭を行く!!」
そう言って馬木が先頭に躍り出て走り出した瞬間、三人へのルート上に魔物が湧いた。
「俺様が倒す! お前らは先に――」
「そのまま突っ切るぞ!」
「うん!」
「おっけー!」
「……おう!」
馬木は手に紫色の雷を纏い、走る勢いそのままに魔物の足を殴り飛ばし体勢を崩させた。クレールと玄兎もそれに続き氷の剣でもう片足を搔っ切ってみせた。そしていのりは爆煙で相手の視界を遮った。先程の追いかけていた三人の前には既に魔物が出現していた。親と思われる二人は子どもを魔物から後ろに隠し、徐々に後退りしていた。
「このままじゃ……!」
「僕に任せて!」
そう言い玄兎は、氷の剣に風を纏わせ、氷の礫を魔物に向かって飛ばした。見事に魔物の目に命中し、魔物がたじろいだ。
「よくやった! 今のめちゃくちゃかっけーな!」
魔物が体勢を立て直す前にすぐに四人は三人のもとへと向かったが、それに対する反応は予想だにしない反応であった。
「来るなっ!」
あまりのことで何を言っているのか玄兎には一瞬理解が出来なかった。それは他の人も同じようで、全員すぐには言葉が出てこなかった。一瞬の沈黙をクレールが破った。
「……何を言っているのですか! 私達が避難誘導します!」
「その上から目線をやめろっ! お前たち非人の世話になるつもりはない」
「そうよ。私たちはあなたたちなんかに頼らず人間らしく生きる」
「ひ、非人って……」
玄兎は困惑した。いのりも困惑したような表情を見せており、クレールも返す言葉が咄嗟に思いつかないのか黙ってしまった。するととんでもない気迫がこもった馬木の声が鳴り響いた。
「はぁぁぁあああ!」
気付くといつの間にか体勢を立て直していた魔物に対して馬木が攻撃を仕掛けた。魔物は全くひるまず馬木に襲い掛かってきたが、馬木は躱そうともせず、殴ってきた魔物の拳に殴り返し、更に相手の懐に潜り込んで連打を浴びせた。その形相は怒りのような、悲しみのような判断のつかないものであった。
「はあ……はあ……」
魔物が消え、辺りを見渡すと家族の三人が階段を降り始めたのが見えた。馬木は先程の戦いでかなり消耗したようでその場に座り込んでしまった。
「いのり、回復魔法を馬木にかけてやってくれ」
「うん、分かった」
いのりの爆弾のような何かが弾け、緑の光が馬木を包み込んでいく。気付けば徐々に魔物の数は増えており、家族の三人が魔物に見つかるのも時間の問題であった。
「私がここに残って馬木が回復するまで守り抜く。二人はあの三人を追いかけてくれ」
「分かった。行こう、玄兎くん」
「うん」
玄兎といのりはすぐに動き出した。二人は三人の元へと着くことを最優先にし、道中の魔物は煙幕で視界を遮って進んだ。
――しかし、追いついたときには遅かった。
「パ……パ……」
「大丈夫よ、大丈夫……まだ光になってないから……」
既に父親が魔物の攻撃によりお腹を裂かれていたのだ。玄兎といのりはその場にいた魔物を攻撃しようとしたが、その矢先に玄兎をとてつもない頭痛が襲った。
「うぁ、ぐっ……」
「玄兎くん!?」
いのりは玄兎につられて一瞬攻撃を止めてしまった。その一瞬の隙に、魔物は娘を落ち着かせようとしていた母親の背中を裂いた。
「しまっ――」
二人の目の前で血が飛び散った。それはもう助からないと、死ぬのはお前らのせいだと、二人に告げるかのようであった。
「う……あぁ……」
玄兎の頭痛は更に勢いを増した。
「ママ……?」
しかしそんな攻撃を受けてもなお、母親は女の子を抱きしめていた。そして何かを悟ったように涙を流していた。
「レア……リュカと……お兄ちゃんと生きるのよ……。それから、愛してる……。お兄ちゃんにも伝えてあげてね……」
そう言うとより強く抱きしめた。その腕の中で女の子は泣いていた。魔物は母親ごと女の子を貫かんと腕を振り上げた。
「止め……なきゃ……」
しかし玄兎は酷い頭痛で跪いてしまい、いのりは自分の失態、そして目の前で始めて人が殺されたという恐怖と絶望からか、共に動けなかった。
ドスッ――。鈍い音が鳴った。
その音の後、魔物は地面に溶けた。女の子の父親と母親も飛び散っていた血と共に光となって一緒に溶けていった。
地下迷宮で出会った忍者の格好をした学園生がそこに立っていた。
次回の更新は5/16(木)の予定です。
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