【第一話】 魔力のない魔法使い
魔暦???年??月??日、魔物が闊歩する荒廃した学園に玄兎達は乗り込んだ。
「ねぇ玄くん、本当に行くの?」
「うん、いのりさんに渡したいものがあるんだ。剛太くん、お願い」
「分かった」
そう言って剛太は大きな空間を作り出し、玄兎たちは順番にその中に入り込んだ。
「剛太、こんな移動距離長かったか?」
「俺だって成長するんだよ。これを玄兎にコピーされるの腹立つけど」
「ははは~……」
剛太の魔法によって移動できる距離は前回に比べ明らかに伸びており、一度その魔法を使うだけで学園の入口から部室棟まで移動することが出来た。
そうして玄兎たちが目指した場所は皆を笑顔に助っ人部の部室であった。
「何もあの時と変わってないな……。変わったのは隣にいる人達だけ。いのりさん……皆……待ってて」
玄兎は倒れていた机を起こし、その中に片手で持てるほどの小さな箱を入れた。
「おにいちゃん、その中にはなにが入ってるの?」
「……あれを見て」
玄兎が指差したスクリーンの上には『皆を笑顔にする!』の文字が書かれていた。
「あれが僕の今の目標なんだ。箱の中のものは、いのりさんを笑顔にするためのものだよ」
皆何かを思ったのか、しばしそれを見つめたまま立ち尽くしていた。その静寂を真希が破った。
「……私も生徒会の部屋に寄りたいな。一緒に行きましょ、悠一さん?」
真希は微笑みながら虎尾に聞いた。
「俺は……行っていいんだろうか……?」
「悠さんが行きたかったら行けばいいんだよ。ということでうちのところにもついてきてもらうよ!」
悩む虎尾に対し、杜若はあっけらかんと言った。
「俺も久々に顔を出したいな」
「ゆうなも顔を出す~~!」
剛太、花車も真希と杜若に続いた。
「ふふっ。それじゃ皆、行こっか」
玄兎達は一歩一歩噛み締めるように、静かに、だが確かに力強く歩き出した。
――希望を背負って。
魔暦523年6月11日、玄兎が所属する日和国浜風高校にて、体力測定と共に魔法覚醒検査が行なわれていた。日和国はマルキエラ大陸の北東に位置しており、南東にはフォーブロン、西にはストナリアが存在する。
玄兎が検査の待機列に並んでいると、検査するボックスから出てきた友達の雅人が残念そうな顔でとぼとぼ歩いてきた。
「見てくれよ玄兎ぉ~。今回も覚醒してなかったぁ~……」
そう言うと雅人は、結果の乗った携帯端末を玄兎に掲げて見せた。
『長岡雅人(ながおかまさと) R:n,G:n,B:n』
掲げられた検査結果を見て玄兎は呆れた顔で言う。
「いや、絶対覚醒してない方がいいって。魔物と戦うことになるんだよ?」
「魔法で戦うのってかっこいいじゃん! 風でビューン! と飛んで空から炎をファイアー! はぁ、あこがれるよなぁ」
玄兎は魔法を使いたい気持ちはあるが、命がけの戦闘は嫌だったため目の前の雅人がなぜそんなに魔法に覚醒したいのかが理解できなかった。
「僕も覚醒してませんように! 特に今は! 頼む!」
「今こそ覚醒したいだろ! ヒーローになれるチャンスだぞ!」
現在は世界的に魔物の数が減少しており、過去の流れから言うとどこかに魔物の大規模な出現が起こると予測されていた。そのため、余計に玄兎は覚醒したくないのだ。そして玄兎の周りの人もそう思っているはずなのだ。目の前の男を除いては。
「くっそぉ……。でもまぁ、魔法が弱いよりかはマシか。そう思うことにするよ。うぅ……」
「そんなに悔しい? 僕からしたら寧ろ羨ましいよ。覚醒は嫌だ、覚醒は嫌だ……」
多くの場合、検査する前に魔法に覚醒したことは分かるのだ。検査で引っかかるのは覚醒したことを隠していた人か、自覚できないほど魔法が弱かった人である。それも相まってますます玄兎はこの検査に引っ掛かりたくないのだ。
「じゃ、俺は先に戻ってるよ。また後で教室でな。結果を楽しみにしてるわ!」
そう言って雅人は不敵な笑みを浮かべながら去っていった。気付くと玄兎の番はもうすぐそこまで迫っていた。
やがて玄兎の番がやってきた。玄兎は少し緊張しながらも、どうせ大丈夫だろうと不貞腐れた態度でボックスへ入っていった。
「はい、じゃあそこに端末をかざして手をここに乗せてください」
医者の言う通りに淡々とこなしていく。ピッ――ピッピピー――
『松雪玄兎(まつゆきげんと) R:0,G:0,B:0』
「「えっ?」」
さっきまで無表情だった医者の顔が一瞬こおばった。そして玄兎も何かの間違いじゃないかと、硬直した。魔法に覚醒していない場合は0ではなくNと出るはずなのだ。
「ちょっとすみませんね。確認します」
そう言って医者が手慣れた手つきで機材をいじり自らの手をかざした。ピッ――ピッピピー――
『テスト R:54,G:189,B:110』
「壊れてませんね……」
「えっ、えっと、そういうことですか? そういうことなんですか!?」
「……はい、多分……」
玄兎は最悪の気分であった。覚醒していないという望みが打ち砕かれただけでなく、魔法が弱いどころか最弱、というか魔法が使えるのか不明なレベルであったからだ。どうせ覚醒したなら強くありたかった玄兎は認めたくなかった。
「もう一度だけ測定していいですか!?」
「あ、あぁそうですね。もう一度やってみましょう」
玄兎は故障だったという一縷の望みにかけてもう一度測定させてもらうことにした。
ピッ――ピッピピー――
『松雪玄兎 R:0,G:0,B:0』
「最悪だぁ……」
あまりにもおかしかったため、すぐに精密検査にまわされた。結果は変わらず、RGBの値が全て0と並ぶ美しいものであった。
魔力のない魔法使い爆誕である。
次回の更新は5/8(水)の予定です。
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