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第7話・出戻り

 結果として、ラックはロウファーの野営地に戻ることになった。

 こうすれば“最前線送り”という処分にも使え、“武芸達者に活躍の場を与える”という口実になるからだ。ラックはあれこれ考えていたが、ロウファー領主にとっては陪臣と下級貴族の揉め事に過ぎなかったというわけで、なんとも微妙な気分になった。


 もとよりただ生きていくための命。戦場に戻るのも仕方が無い。

 だが、老騎士サー・ハルが付いてきたことが最大の予想外だった。甲冑は堪えるらしく、騎士というより槍騎兵のような出で立ちだ。

 自分と似たような姿だな、とラックも思う。背負ったサー・ハルの盾のバンドを位置調整しながら、二人揃って流れ行く。これは馬を引くいい練習にもなった。

 黒髪の美男が老人にかしづくような生活は傍から見るものがいれば奇妙だっただろうが。



「別にお前さんのせいでも、ためでもないわな。関わらぬようしていたゆえに直接嫌われたりはせんが、お館様にとって儂は先代の遺物。目障りじゃ。儂も最期に一戦、あの奇妙な場所へと戻ることにしたのよ」

「奇妙な場所?」



 最期という言葉を慰めるはずが、そちらへと話が流れてしまった。また失敗かとラックが思っていると、感慨深い顔で老騎士は頷いていた。



「戦場というのは汚い場所。疲れもすれば死にもする。だが、味方との会話。敵との短いやり取り。それらの味わいは癖になる。この歳になっても未だに覚えている」

「僕は死にかけただけですから、まだまだですか」

「そうとも言えん。初陣を無事に終えたお前さんは、もう以前とは違う生き物になっておる。それも戦の不思議なところよ。事実、ただ1戦で身分も生活も変わっておろう?」



 そんなものかとラックは訝しむ。確かに粗雑な槍で待ち構える必要はなくなったが、あの朦朧とした世界は常に襲ってくるような気がしてならなかった。

 ただ、サー・ハルに付いていてそんな機会があるかは確かに疑問だった。ラックはサー・ハルを尊敬している。身分を笠に着ることもなければ、仕事も根気強く教えてくれる。年長者としての美徳を持った人物だ。

 それでも歳には逆らえないだろう。周囲が彼を戦列に加えてくれるかどうか……実際に荷物はほぼ全てラックが持っている。たくさんの革袋をぶら下げて歩く姿はラックと言うかサックであった。メイスとだんびら(・・・・)もラックが持ち運んでいた。どうやらサー・ハルは馬上槍で戦うタイプでは無いようだが、余計に心配だ。



「まぁお前さんの剣腕を活かす機会は巡ってくるだろうさ」

「剣腕……というほどでも無いですが。田舎で習っていたぐらいで」

「では余程良い師に恵まれたんじゃろう」



 どうもハル老騎士の中ではラックは年若いながら剣豪ということになっているようだ。確かに初陣で兜首をあげる徴募兵も珍しかったであろうが、年の割に控えめなラックにとって己の腕などは頼りなく思える。

 確かにロウファーで騒ぎの原因となった騎士は弱かったが、従騎士になるきっかけとなったサー・マドリッチなどは結果が逆でもおかしくなかった。そのあたりがラックの自己肯定感を阻害していた。


 そんな話をしながら、野営地に二人が到着すると雰囲気は以前より剣呑としていた。おそらく、前の襲撃以降も攻撃は続いたのだろう。

 ロウファーの騎士であるラックとハルに露骨に不満そうな顔を見せる兵士もいた。もっと兵と物資を寄越せと言いたいのだろう。



「サー・ハル。お館様は、あまりこの野営地を重視していないのでしょうか?」

「ふーむ。確たることは何も言えんよ。ただ、攻め込まれる場所を限定するための野営地だということは考えられるな」



 後半の声は小さくなった。あまり周囲を刺激しないように配慮しているのだろう。指定の厩へと行き、馬のつなぎ方を教わりながら、話を続ける。



「マイカードゥリアンもここを本気で攻める気がないように思える。こちらとしては国境線を押されないようにするだけで良いということもある。ひょっとするとマイカードゥリアンは別の国を攻め落とす気なのかも知れん」

「噂では随分と強大な国だとか」



 ラックは農場にいたときは知らなかったが、「他の国を抑えて侵攻できるだけの余裕があるのだろう」とか「案外、余裕がなかったからこそ攻めて来たのだ」といった噂をロウファーの街で聞いていた。



「まぁの。土地の広大さもだが、神聖国家と名乗るだけあって団結力が高い。お主も気づいてはおろうが、周辺諸国の圧力で何とか今の大勢を保たせてはいても変化があれば蝋の鎖になってしまうわい」

「それぐらいは分かりますが……地図なども勉強しないといけませんね」

「生き延びてからの話だがの。そういえばお前さん、読み書きはどこで習ったんじゃ?」

「生まれた農場では老人たちの仕事になっていました」

「ふーん。そりゃ珍しい。大抵の農場なんかでは給料を引いてもバレないように、知恵を付けないようにするもんじゃが」



 スケールの大きな話と小さい話が交互に入れ替わる。そこから有用な知識を吸い出すかどうかはラックにかかっていた。

 好意的に考えると、ハル老人は若い騎士見習いに騎士としての視点を教えてくれているのだ。騎士の貴族的立場は微妙なものだ。それだけに専門の軍事ぐらいは修めて欲しいのだろう。


 それにしてもラックは客観的に見た場合、運が非常に良い。人間がもっとも難儀するであろう対人関係において、真面目にしていれば問題が無い人物とばかり出会っていた。これこそがラックという名の真の運勢だ。


 とはいえ、本人がそんな俯瞰的な見方ができるわけでもなし。要は頑張ることしかできないのだが。そのあたりの才能は十分に備えていた。


 そうした話はともかく、野営地での生活に向けての準備はしなければならなかった。これは従騎士としての仕事だ。ハルが老人であることから他の騎士から因縁などを付けられない離れた場所を見つける。テントなどを借りにいく最中、ラックはカンリグの姿を探したが見つけることができなかった。

 日が昇っている間は鍛錬と武具の手入れ。夜半はハルから騎士の駒遊びを習うなど、案外に忙しい日々が続いたが、それも終わりの日がやってきた。


 マイカードゥリアンの陣営から礼儀正しくドラの音が響き渡り、兵と騎士達は慌てて持ち場についた。とうとう正面戦が始まるのだ。

 サー・ハルとラックはほとんど最後尾にいた。前回を考えると、危険の少ない位置だ。だからこそラックは落ち着かない気分になった。あの槍衾の内何人が生き残れるだろうか? それが後ろめたさだと気づくのには多少の時間を要した。



「従騎士の視点というのは奇妙じゃろう? 騎馬ではないから、何も見えん。乱戦が始まる前を信じるしか無い」

「はい。サー・ハル。歯がゆさと罪悪感が混じっているようです」

「そして不安もな。主人が走り出せば、自分も走らなければならない。ある意味、もっとも自由の利かない身分じゃ」



 確かにそのとおりで、ラックは結局焦燥感から抜け出すことはできなかった。

 一度目の敵の突撃は槍衾に阻まれて中途半端に終わった。だが、この日のマイカードゥリアンは一味違っていた。さらに突撃する部隊が小高い場所から襲ってきたのだ。


 槍衾の者たちは2度は耐えられない。まるで騎士たちの望みを具現化したかのように、地獄が始まった。ラックはサー・ハルに盾を差し出し、自身は錆剣を出した。なぜ錆剣だったのか自分でも良くわかっていなかったが、マドリッチの剣よりこの場にふさわしい気がしたのだった。



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