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異人たちの夜

作者: 佐和ネクロ
掲載日:2023/12/30

 夜のとばりが世界を覆うころ、鬼の宴が始まる。

 今夜もぼくは徘徊を続けていた。

 そもそも何が目的だったのだろう――もう何のために、夜の散歩を始めたのかは思い出せない。

 ただ歩いて、歩き続けるだけの煉獄に両足を灼かれている。夜気を吸ってたましいを吐き出す。冷えた空気に奪われる体温は何らかの代価。この歳まで生きてきても人生の地獄篇からは抜けられず、只々いにしえの戯曲のように莫迦を繰り返していた。

 履き古した伊太利亜製の革靴はちょうどぼくの足に馴染んでいる。一張羅の外套は少しだけど寒気からぼくを守ってくれている。夜の街を歩くときのいつもの格好。いつもの影。

 ――いつもの道。

 寂れたシャッター街の入り口まで足が進む。それは薄暗い人工の洞窟のようでもあり、夜目に視えるシャッターのサビや剥がれかけたポスターが寂滅を感じさせた。

 今日はこのシャッター街をくぐってみよう。いたずら心にも似た発想は夜魔のささやきなのだろうか。

 真上から、真横から、真下から、怖気にも似た冷気が身体を刺して、ぼくは外套のポケットに突っ込んだ掌をぐっと握り締めた。

 歩を進める。

 サビに侵食されたアーチには『■■町商店街へようこそ』とペイントされた面白みの無い看板が掲げられている。そこから奥、空いたテナントが続々と連なっている様子は、この街のつまらなさを暗示しているかのようだ。

 往年はそれなりに賑わってもいたのだろう。やたら長々しい商店街だ。

 ――だが。

 ここに人通りがある様子は、想像できない。

 夜半、鬼の集う時間。人間は、こういう魔所に足を踏み込んではいけないのだ。

 魔所たる由縁。

 それは、そこの剥がれかけた選挙ポスターに写っている立候補者の笑顔が狂気染みているからでも、いかがわしい店が入っていたのであろう空き店舗の外壁にスプレーで描かれた小悪魔が誘っているからでもない。

 ――ここには。

 陽光が。

 ――刺すことがない。

 故に、魔所なのだ。

 採光窓が見当たらない設計。人工的な電灯の多さ。

 暗灰色をベースとした色気の無いコンクリート。通気の悪さからずっと漂っているカビ臭さ。

 すべての負の印象が、暗闇から腕のかたちをした実体を伴って伸びて来そうだ。

 夜の散歩を始めて以降、数々の魔所を歩んできた。

 鬼の時間に、魔の場所に、依存しているのかもしれない。

 目的?

 ――そんなものは。

 無い。

 歩き続けるだけの煉獄。

 こころの中の大事な何かが欠けてしまっているのだろうか。人間として生きる意味が失われてしまっているのだろうか。

 自身も、半ば鬼と化してしまっている自覚はある。しかし――。

 ――然し。

 ぼくを人間に留めている最後のものは何なのだろうか。

 この歩みか。

 それとも夜が過ぎれば照りゆく日光なのだろうか。

 そんな事を考えながらこの死んだ商店街の中頃まで進んだ時、異物が視野に入った。

 あれは、何だ。

 少し眉間に皺を寄せながらぼくは異物を凝視する。

 何かが。

 積み重なって。

 それは小さな山だった。なだらかではなく、凹凸が禍々しく目立っている。

 本能的なものが咄嗟に頭をよぎる。

 ――あれは。

 そして本能で感じた。

 ――よくないモノだ。

 ガラクタや粗大ゴミの山ではない。もっと有機的な稜線をその小山は描いていた。

 気付けば“それ”から10メートルほど離れた所で立ち止まっていた。

 息を詰めていた。

 夜気。

 頬を掠めた冷風。

 背筋に怖気と寒気が走ったのだが、逆にそれがぼくを正気付かせるきっかけになった。

 正気は勇気への導火線となり、自分の中に少しだけ残っている人間らしさに火を点けた。

 小山の方へと進んだ。

 そして足を止めて、その全容を見た。

 人間の死体が折り重なっていた。

 労働者らしい初老、母親と娘、全裸の老人、詰襟服の若い学生。死体。死体。死体。

 死体の山だった。だが、外傷や流血は見当たらず、綺麗なものばかりだった。

 薄暗いシャッター街の中、死体たちは青褪めた表情で安らかに積み重なっている。

 ――異人たち。

 この世のものでは無くなった異人たち。

 夜空と寒気に憑かれ、鬼となった人間の――。

 ――成れの果て。

 ぼんやりとそんな事を思う。だが、不思議と非現実感に酔いはしなかった。

 踵を返す。

 今夜の散歩は、ここまでにしよう。

 明日も、夜、歩く。

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