六話 初戦
通り魔事件から三日後の夜、再び龍助は敵に襲われていた。
自分の病室に、不審者がやって来ており、その正体は昼に専門家としてやってきたひろしだったのだ。
ひろしは正体がバレたことに動揺を隠せなかったようだが、それ以上に驚いていたことがあった。
「どうやって攻撃した!?」
「え? 普通に君の攻撃を君自身に食らわしただけだよ?」
おそらく龍助を助けに来てくれたであろう京の答えにひろしは意味が全くわかっていない様子だ。
それは龍助も同じである。
京は僅かに避けただけなのにひろしの被っていたフードの布が破れたのだ。
簡単には説明できない状況だ。
(何かの術か魔法か?)
龍助が心の中で推測すると、それを読み取ったかのように京が呟く。
「ま、詳しいことは内緒だけどね」
京が人差し指を口の前に持ってくる仕草を見せた。
その仕草と呟きから、なんとなく京という人物は意地の悪い人なんだと予想出来る。
「クソ……」
ひろしが悔しそうな表情をしていた。それを愉快そうに京が見つめている。
この時、京という男は間違いなく意地が悪いことだけは確かだと確信した瞬間だった。
「さあ、龍助、やっつけちゃえよ」
京の唐突な言葉に龍助は一瞬何を言われたのか分からなかった。
ただ、自分が最後に戦わないといけないということは理解した。
「なんで俺が?! 何の力も……」
「忘れちゃった? 君はもう力を持った力者なんだ」
龍助が最後まで言い切る前に京が教えてくれた。
彼に言われた通り、龍助は魔眼と能力を持った力者だ。
だが、それを使いこなせているどころか使い方自体が分からない。そのことについて抗議しようと口を開きかけたが、
「少しでも強くなるためにも実戦しとかないといけないよ」
軽い口調だったが、一理あることを言われた。
その言葉に背中を押されたのか、龍助は一歩前に出て、いつでも得意の武術を使えるように戦闘態勢に入る。
「ガキが……。俺に勝てると思ってんのか?」
「勝てるかはやってみないと分からない」
昼間の時とは全くの別人のように口が悪くなっていたひろしとそれを冷たい視線で見つめる龍助。
その視線が気に入らなかったのか、ひろしが標的を京から龍助に変えたように睨みつけてくる。
相手は、標的がまだ子供で力者としても未熟であると油断しているのか、気持ちの悪い笑顔を浮かべている。
「あれ〜、そんなに油断してると痛い目に遭うよ?」
京がひろしの心を読んだかのように発言した。
それを聞いたひろしは煩わしいと言っているように京を一目睨んだ。
しかしどうやら油断しているのは本当のようで、龍助より、京の方を何度も見ていた。
油断しているというよりは京を警戒していると言ったほうが正しいかもしれないが、龍助にとっては好都合だった。
敵がまた京の方を見た隙を狙って、素早く標的に近づき、あっさり間合いに入りながら鳩尾に拳一発を繰り出す。
「ぐっ!!」
不意に人間共通の弱点であるところをつかれたひろしは胸を抑え、苦痛の声を上げて苦しみながら床に倒れ込んだ。
(やったか?)
手応えは感じた龍助だが、すぐにひろしから距離を取るために後退しながら、倒れた男の様子を伺った。
敵は苦しみながらも、やっとの思いで立ち上がり、呼吸を整えている。
「バカめ、この程度で倒せたと思うなよ?」
口では強気だが、まだ辛いのか立っているのもやっとで、フラフラと揺れている。
弱点を、それも不意につかれたのだから無理もない。
今度はひろしの方から接近してきたが、やはり苦しいのか、動きが鈍かった。
ナイフを突き付けてきたが、それを払い退け、今度はひろしの顎を掌底打ちという掌で攻撃する技を繰り出す龍助。
「がッ!!」
攻撃をまともに食らってしまい、後ろの方へ飛ばされてしまったひろしは苦痛の表情を浮かべ、その場にのたうち回る。
しかし痛みで辛いはずなのに本人はまだ不気味な笑みを浮かべていた。
それを見た龍助は心底気持ち悪く、吐き気を催す。
「ふ、これでは勝ち目がないな……」
痛みはあるものの、まだ余裕があるひろしはゆらゆらとゾンビのように立ち上がってくる。
それを確認した龍助がもう一度攻撃を仕掛けようと踏み込みかけた。
しかし、その時、相手が胸の前で順番に三つ違う形に変えた後、何かを呟く。
すると、龍助の足元に光る円形のものが現れ、その瞬間電流のようなものが龍助の体に流れ込んで襲ってきた。
「ぐっ!?」
「これなら動けない上に痛い目に遭わせられる」
電流の痛みに苦痛の表情を浮かべる龍助。
体も痛みか痺れかは分からないが、自由に動かせず、ビクともしない。
それを見たひろしが、勝ち誇ったかのように笑っている。
「おーい、龍助〜。大丈夫?」
「大丈……ッ!」
先ほどからずっと呑気に戦いを見ていた京の質問に、龍助は答える余裕もないくらい切羽詰まっていた。
助けを求めようとしたが、その必要が無くなる。
なぜなら少しずつだが痛みも痺れも和らいでいっているからだ。
突然の出来事で何が起こっているのか全く分からないが、どちらにせよ龍助には有難いことだった。
余裕がある内に出来ることをしようと龍助は周りを見回す。
まずはやはり今自身の動きを封じてる光の円を何とかしようと足下を見てみると、所々に赤い丸印が見える。
それがすぐに円の弱点だということに気がついた。
そして、迷うことなく丸印に向かって、自分の拳を思いっきり打ち付ける龍助。
ガシャンっ!!
拳をぶつけた瞬間、円全体が硝子の割れる時と同じ音を上げながら割れて消えていった。
「ば、馬鹿な!! 貴様、俺の術をどうやって破った?!」
声は大きかったものの、ひろしは絶望の表情を浮かべながら龍助に問いかける。
だが、聞かれた本人はその質問に答える訳でもなく、一歩一歩ひろしに近づいていく。
「く、来るな!!」
まるで化け物を見ているように怯えながらナイフをなりふり構わず振り回してくる。
龍助はそれをあっさり受け止め、丸印がある胸を今度は本気の力で拳を入れた。
痛みに耐えきれなくなり、とうとうひろしは口から血を吐き、力尽きてそのまま倒れて気絶してしまった。
龍助も先ほどの電流の痛み、痺れと緊張による疲れで息を切らしながらその場にしゃがみ込んでしまった。
「お疲れー。初の力者相手によく頑張った」
いつの間にか龍助の背後に移動していた京が龍助を労った。
労われたことは素直に有難く思うが、少しくらい助けてくれても良かったのではないかと龍助は恨めしく思う。
しかし何はともあれ、最後まで諦めずに戦って勝つことが出来た。
この事実は今の龍助にとって、この上なく嬉しいことだった。