三十二話 龍助の警戒
一度施設に帰ってきた龍助達は今現在高原先生の婚約者である北原翔平と対面していた。
ただの対面をしているだけのはずなのに、かなりの緊張感があった。
それもそのはず、龍助が翔平のことを警戒しているからだ。
「二人とも、この人が私の婚約者の北原翔平さんよ」
「初めまして。突然のことで驚いたと思うけど……」
「それ以上は良いです」
翔平の挨拶を遮るように龍助が口を開いた。
その様子に高原先生はもちろん、穂春も驚いている。
何せ龍助がこんな態度をとることが驚くほどないからだ。
彼が翔平を警戒しているのは、福島病院での一件で体良く穂春がTBBが実験している病院に運ばれ、更にはそこで働いていた力者だからだ。
もしかすると、高原先生を利用して自分たちに近づこうとしているのではないかと考えている。
「ちょ、龍助くん! そんな態度は……」
「いや、大丈夫だよ千世さん。少しずつ話していくよ」
高原先生が龍助を諌めようとしたが、翔平に止められてしまう。
龍助にもその言葉は聞こえてきたが、それを振り払うように首を振って部屋から出ていく。
穂春もその後に続くが、彼女は翔平に謝罪をしていた。
「兄さん、さすがに今の態度は……」
「ちゃんとした奴じゃないと信用出来ないからな」
「でも……」
「お前はお前のしたいようにすればいい」
龍助はそれだけ言いながら穂春を置いていってしまった。
この兄妹にしてはあまり見られない場面だった。
◇◆◇
龍助は今、施設の裏庭にいた。
一人ベンチに座って頭を抱えていた。
(何やってんだか……。でも、何があるか分からないからな)
自分の行動が果たして正解なのか、それとも間違いなのかと頭の中でグルグルと考えていた。
今まで高原先生は自分たちにたくさんの時間を費やしてくれた。だからこそ、幸せになってほしい。
結婚して幸せならそれでいいが、裏切られて傷つけられるところは見たくない。
様々な感情が交錯していき、段々頭が痛くなって来る。
「もし。もし? 大丈夫ですか?」
「わっ!!」
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
龍助に話しかけてきたのは千聖だった。
いつの間にか気配を消して龍助の隣に座っていたのだ。
「あ、いや、大丈夫です。ちょっと考え事をしていて……」
「もしかして、婚約者さんのことですか?」
千聖に言い当てられてしまった龍助は頷くという回答しか出来なかった。
そして、先程の出来事と自分の考えていることは果たして正解なのか分からないということを千聖に伝えた。
「なるほど。翔平さんが結婚相手でしたか」
「それで俺のしていることは間違ってるんじゃないかと思って」
頭の中でがんじがらめになっていたことを千聖に話したおかげか、少しだけ楽になっていた。
「間違いではないと思いますよ?」
少し間を置いてから千聖が話し出す。
「というよりは、何事も正解なんてないと思いますよ」
「そうなんですかね……」
「龍助くんがそれが正しいと思ったのならそれを信じれば良いと思います」
つらつらと並べられる言葉を龍助はしっかりと聞いていた。
絶対の正しさはないから、自分の正しさを持っていれば良いと千聖は言う。
「ただ、それを決めつけたり、他者にそれを押し付けたりするのはやめとくべきだと思います」
「それはそうですね」
千聖の言葉に龍助も同じ気持ちだった。
たとえ自分が正しいと思っていても、他者は違うかもしれない。
それを自分はそう思うから駄目と決めつけるのは良くないということ。
つまり、龍助が自分の正しさで翔平を警戒するのは良いが、はなから悪者だと決めつけたりするのは良くないと千聖は言いたかったのだ。
「かなり気になるようなら僕が調べましょうか?」
「え、でも……」
「大丈夫です。きちんと調べますので」
千聖の提案に龍助は少し戸惑ってしまう。
なぜならただでさえ忙しいのにさらに自分のために調べ物は大変ではないかと思ったからだ。
しかし、ここまで言ってもらって断るのは逆に失礼でもあるため、龍助は渋々お願いすることにした。
「じゃあ、お願いします」
「承知しました。また連絡させていただきますね」
龍助のお願いに千聖は快く引き受けてくれた。
どんな結果になるが分からないが、翔平を警戒しながらも少しずつ距離を縮めようと思った龍助だった。




