二十五話 恋の予感
西暦二千五十年四月二十二日。
龍助達の高校の春休みは夏休み並みに長く、五月から入学式が始まる。
それももう後半にまでやって来ていたが、彼らの休みは力者としての修行へと費やされていた。
穂春ももうすっかり傷も体調も回復したので、今日で退院となる。
「二人とも、リハビリ頑張ってきてね」
「はい、ありがとうございます。先生」
「先生も体調にはお気をつけて」
TPBから迎えの車がやってきており、それに二人は乗り込むが、その前に高原先生との挨拶を交わしていた。
自分の施設の子を見送るのはこれで二度目である高原先生は少し寂しそうな表情をしていたが、龍助達に心配をかけないようにか、必死で笑顔を取り繕っていた。
「大丈夫ですよ。すぐに帰ってきます」
「いつでも待ってるから、急がなくていいからね」
お互いに挨拶を済ませたので、龍助と穂春は車へと乗り込んだ。
先生に手を振られながら見送られている龍助達も振り返していた。
先生の姿が見えなくなるまで、ずっと。
◇◆◇
高原先生と別れたあと、車の中でこれからの予定を聞かされる龍助達。
ちなみに、運転しているのは千聖で、その助手席に京が乗っていた。
「昨日話した通りだけど、まずは穂春ちゃんには力者の勉強をしてもらうからね」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
今日一日の流れとしては、穂春は千聖と叶夜に力者について授業をした後に龍助達と合流して力の使い方を実践するという感じになっている。
「穂春なら、結構早く理解できるだろうな」
「そんなことはありませんよ」
車の中で談笑していると、すぐにTPBへと到着した。
この前は非常事態だったので、京の魔法で瞬間移動したが、実際車で三十分くらいしかかからない距離だったのだ。
「では、僕は車を置いてから行きますね」
「おう。また後でな」
車を停めに向かった千聖を見送った後、龍助達はTPBへと繋がる裏道を通って行った。
穂春も後ろから着いてくるが、少し心配そうに辺りを見ていた。
(そりゃ最初は変に思うよな)
龍助も初めて来た時は変な道を通るのだなと密かに思っていたので、なんとなく穂春の気持ちが分かった。
何回か道を曲がった後に、とても建物があるようには思えない所で不自然に建っている一つのビル。
今は結界による隠蔽は京が着く前に解除していた。
目の当たりにした穂春は開いた口が塞がらないでいて、その様子に龍助は少し笑いそうになった。
「それじゃ入ろうか」
「行こう。穂春」
「あ、はい」
京を最初に龍助と穂春も後に続いた。
入った瞬間に穂春は驚いたような表情をしながら持っていた荷物から手を離してしまう。
入口付近では叶夜と颯斗が出迎えてくれた。
「ようこそ、穂春ちゃん。私は叶夜。よろしくね!」
「あ、こんにちは。これからお世話になります」
叶夜は相変わらずの明るさで話しかけ、穂春も挨拶をし返す。
この光景を見た龍助は二人なら仲良くなれそうだと安心していた。
「あ、こんにちは。これからよろしくお願いしますね」
「あ、ああ。ご丁寧にありがとう。俺は颯斗」
穂春と颯斗が挨拶し合っている何気ない場面だったが、龍助達にとってはかなり衝撃的なものだった。
あの颯斗が愛想良くしているのだ。
いつもなら龍助の時のように無愛想にしているはずのに。
(……まさか、穂春に惚れてるのか?)
(絶対惚れてるわね)
(颯斗にも本当の春が来たか)
その場にいた三人の気持ちはバラバラだったが、颯斗の気持ちを全員同じ予想をしていた。
それだけ颯斗は穂春に対して接し方が優しいのだ。
「ところで、兄さんが教えてくださった異空間の訓練所はどちらに?」
「こっちだよ」
穂春が聞いてきたのに対して、京が道案内をしてくれた。
全員が彼について行く。
訓練所に着き、京がドアを開けると、そこは異空間の世界が広がっていた。
「まあ! ビルからは想像も出来ない広さですね!」
初めての光景に興奮気味の穂春の姿に皆微笑ましく見ていると、聞きなれない笑い声が聞こえてきた。
全員が声のする方へ向くと、その主は颯斗だった。
いつもの彼からは想像も出来ないくらい穏やかな笑顔をしていることに全員驚きのあまり声が出なかった。
「皆さん、どうされたのですか?」
「い、いや、なんでもないよ!」
一通り見て満足した穂春に聞かれ、慌てて取り繕った龍助達。
この時の龍助は穂春のことを思ってくれる人物の登場に嬉しい気持ちと、妹を取られそうという兄バカな気持ちの二つが複雑に混ざりあっていた。




