四話 兄の隠し事と妹の疑問
深い眠りについた龍助が次に目を覚ますと、窓から朝日が差しかかっていた。
時計を見るともう八時になっていたので、ベッドから体を起こし、窓の外を見てみる。
相変わらず、彼の視界に映るもの全てのところに赤い丸印が見えるが、昨日よりかは気にはならなかった。
朝食時間である九時になると、持ってこられた朝食を食べた。
持ってきた看護師は警戒していたが、今の龍助には昨日ほどの不快感はない。
朝食後、ベッドで横になりながら携帯で動画を見ていると、ドアからノックが聞こえてきた。
「はい」
龍助の返事を合図にゆっくりとドアが横にスライドした。そこに立っていたのは穂春と高原先生だった。
「調子はどうですか? 兄さん」
「何とか大丈夫だよ。心配かけてごめん」
「なにはともあれ、回復しているのなら良かったわ」
二人とも龍助の元気な姿を見て嬉しそうにしていた。その後、何気ない会話をしていく。
「そうだわ! 龍助くんが見えてるものについてだけど、詳しいところを少し調べたりしてみたの」
高原先生は龍助の視界に見えているものに関して心配していたようで個人で調べたり、そういう話の相談ができる相手に話していたそうだ。
それは穂春も同じで、それを聞いた龍助は昨日の京の言葉を思い出し、笑みが溢れた。
高原先生が調べた結果、それに詳しい専門家がいるらしく、そこに問い合わせたらしい。
もし今日龍助がよければ来てもらうことができるとのこと。龍助は昨日の京のことを思い出し、彼が来るのだろうかと予想した。
少し考えた結果、せっかく先生が調べてくれたこともあるので、話だけでも聞いてみようと思った。
「それじゃあ、今日お願いしてもいいですか?」
龍助がお願いすると、高原先生が了承してスマホを取り出し、病室を出ながらその専門家に連絡し始めた。
龍助が穂春の方をみると、彼女は暗い顔をして俯いていた。
「穂春? どうした?」
龍助が尋ねるが、穂春沈黙しか返してくれない。
「ど、どうしたんだ?」
少し気まずい空気が流れてしまったので、どうにか話題を探していた龍助だが、結局聞くことしか出来なかった。
二度目に聞かれた穂春が何か思い詰めたような顔で龍助に語りかける。
「兄さんは、私のこと、信じてますよね?」
「もちろんだよ。何で?」
意味の分からない問いかけに龍助は戸惑いながらも答えた。
「では、兄さん。隠してることを教えてください!」
突然の発言に龍助は驚きを隠せなかった。今隠していることといえば昨日の京との話と自分の力くらいだ。
恐らく穂春は龍助の様子を見て何か隠していると思ったようだ。
「兄さん。なぜ、目のことであまり興味を示さなかったのですか? あれだけ訴えていたのに」
思わず目を逸らしてしまう龍助。
昔から兄妹二人で生きてきたようなものだから、お互いになんとなく分かってしまうのだ。今何を考えているのかも。
龍助も穂春が隠し事をしているとだいたいだが分かる。
「隠し事はしてないよ。大丈夫」
「本当に?」
「兄さんを信じてくれ」
穂春はまだ納得いっていない様子だが、これ以上兄のことを疑いたくないようなので、追求はしなかった。
その時ちょうど高原先生が戻ってきた。
「穂春ちゃん、どうしたの?」
「いえ、大丈夫です。それで専門家の先生は?」
高原先生が暗くなった穂春の顔を見て心配したが、本人がいつものお淑やかな仕草を見せて大丈夫アピールをし、専門家の話に変えた。
先生はまだ心配しているようだったが、穂春の心配させたくないという気持ちを察したのだろう。話題を変えてそれ以上は何も聞かないようにした。
「そうね。今日のお昼に来てくれるそうよ」
先生の話によると、今日のお昼の二時に来てくれるそうだ。
一応高原先生と穂春も同席出来るとのこと。
約束の時間までまだ五時間もあるので、その間穂春達は一度施設に帰って時間前にもう一度来ることになった。
穂春はまだ少し暗い顔をさせていたが、あれはただ、心配しているというだけだと龍助は確信した。
妹達が帰ったあと、龍助は主治医の診察を受けるが、相変わらず化け物を見るかのような視線を向けられていた。
しかし向けられた本人は特に気にせず、平然とした様子で診察に臨んだ。
医師は度々訝しげな表情をしていたが、素早く診察を進めていく。
龍助も医師の質問以外は無視することにした。
目のことも主治医に言っても無駄なので何も話さないが、それが逆に恐怖に感じたのか診察を終えた主治医は逃げるように去っていった。
診察後すぐに昼食を食べ、暇つぶしにテレビでニュースなどを見ると、龍助と同じように通り魔に遭った人たちが多数で、犯人は依然逃走中とのこと。
被害者は生きている人もいれば亡くなっている人もいた。むしろ後者の方が多い。
(もしかしたら、同一人物かもな)
そんなことを考えた龍助はテレビを消して、気分転換に外へ散歩に出かけることにした。
病院の外は意外と静かで、他の患者と看護師達の話し声ぐらいしか聞こえなかった。
不気味なほど静かだが、逆に心地よく感じる。
その中でもずっと視界には鮮血の魔眼の力で赤い丸印が見えており、まだ気持ち悪さは残っていたが、なんとなく付き合い方が分かってきた。
そして、近くにあったベンチに腰掛け、何も考えずに目を閉じる。
春風がちょうどよく吹き、龍助の肌に触れ、とても気持ちよく感じる。
「こんにちは」
「え? あ、こ、こんにちは」
龍助がただ風に当たっていると、突然隣から声をかけられた。
思わぬ出来事に一瞬戸惑ったが、龍助はすぐに挨拶を返し、声がする方に向いた。
しかしなぜか誰もいなかった。
そこにいたのは綺麗なクリーム色の毛並みをして、琥珀の瞳を持ったトラ猫一匹だけだった。
「耳まで変わったか?」
そんなことを呟きながら猫に近づき、ゆっくりと手を伸ばした。
すぐに逃げると思ったが、全く逃げる気配がなく、あっさりと顎を撫でさせてくれた。
気持ちよさそうにゴロゴロと喉の音を鳴らしている猫に癒されていたがもう良かったのか、猫がその場から離れていった。
(どこかの飼い猫か?)
付けられている首輪を見ながら龍助は猫が姿を隠すまで見送った。
◇◆◇
気づけば、そろそろ専門家との対面の時間に近づいてきたため、急いで病室に戻る。
散歩から戻ってくると、もう病室には穂春と高原先生が到着していた。
「もうそろそろ来るわね」
高原先生が腕時計を見て少し緊張しているようだが、それは龍助と穂春も同じだった。
そして時間より少し早くにコンコンとドアからノックの音がした。
「どうぞ」
龍助が返事をすると、「失礼します」と言いながら入ってきたのは、首元まで伸びた赤髪の男性だった。
身長は龍助よりは低く、ざっと見た感じ百七十一センチくらいだ。
龍助自体百八十一センチという高身長のため、彼から見たら大抵の人は小さく見える。
愛想笑いを浮かべながら、龍助達にお辞儀をしたところを見た感じ、丁寧ではあるなと感じるが、それと同時に怪しいとも感じる。
「初めまして、私、『TBB』の小嶋ひろしと申します」
自己紹介をしながら名刺を龍助に差し出す。
龍助はそれを受け取る。
「TBBって何ですか?」
「具体的に言うと、オカルト専門の研究所です」
「オカルト……」
「科学などでは説明がつかないことなどです」
それはわかっていると思った龍助とひろしと名乗った男の視線が交わる。
まるでお互いを観察するかのように。
それを困惑した様子で穂春達が見ている。
「では、今から検査をします。とりあえず、ライトで目をしっかり見させていただきます。もし不安なことがあれば言ってくださいね」
龍助を見つめていたひろしは、一通り話した後に本題の目を見るためにカバンから一つのライトを取り出し、光をつけて龍助の目を隅々まで見ていく。
不安と言えば、今目の前の専門家が怪しくて不安だということくらいだ。
そんなことを感じながら龍助は検査に臨む。
検査と言っても、ライトで見てもらっているだけなので、普通の検査と変わらないと思った龍助だが、ふと見えてしまった。
ライトの光の向こうで不気味な笑みを浮かべているひろしの顔を。
それを見た龍助は背筋が凍っていく感覚に陥った。
そんな彼をよそに、目を一通りじっくり見たひろしが表情を引き締め直しながら言い出したのは驚くべきものだった。
「彼は悪霊に憑かれていますね……。急いで除霊しないと大変です」
その言葉で龍助の頭の中が混乱に陥る。
昨日訪れた京の言葉と今目の前にいるひろしのどちらが嘘を言っているのか分からなくなってしまったからだ。