二十二話 任務開始
「ようやく着いた……」
二時間弱かけて乗っていたバスから降りながら、気だるそうな声で龍助が呟いた。
ここに着くまで、二回くらいバスの乗り換えを行ったため、かなり疲れていた。
主に精神的に。
疲れている龍助を心配そうにしていた叶夜とは反対に京と颯斗は足はやに歩いていってしまう。
(冷たすぎんか?)
そんなことを考えた龍助が前を見てみると、とある村に通じる橋のようなものが目に飛び込んできた。
村へ続く橋を渡っていき、その先の村の中へ入っていく。中はかなり草木などが荒れ果てていたので、すぐに廃村なのだろうと考えられた。
草木で足元が見えづらく、時々滑ったり、躓きそうになる。入るだけでも一苦労だった。
ようやく村の中心部だと思われる場所に辿り着き、そこを中心に見回ってみると、家などの建物は崩れており、当たり前だが人は誰も住んでいない。
外から見ただけでも、草木が生い茂っていた。
「じゃ、中を見回って見ようか」
京の指示を受けて、龍助達が家の中へと向かったが、龍助の身長に近いくらい伸びた雑草のせいで家の敷地に入るのは先ほどとは比べられないくらい一苦労だ。
中に入ってみれば、家具などが倒れたり、壊れていたりと荒れていた。
埃もすごく、咳き込んでしまうぐらい散々な姿をしていた。
◇◆◇
村の様子を見ていると、なんだかここだけ静止しており、世界との時間がずれているように感じ取れた。
それくらい周りは静かなのだ。
「さて、一通り見てみたが、奴らの痕跡は無しか。あとは隠している可能性もあるが」
京はTBBが出入りしているから、彼らに関連するものがあるのだろうと考えていたようだが、どうやらそう簡単には見つからないようだ。
京が腕を組んで唸っている。
「魔法で汚れを最小限にしても、かなりつくね」
叶夜と颯斗も廃墟となっている民家などの中を見回っているが、特に何も見つからないようだ。
出てきた彼らは少し埃をかぶっていたため、軽く服や頭を叩いて埃を落とす。
彼らの心配をしつつ、龍助も辺りを見回していたその時、一つの場所に目が止まった。
「京さん、あの高いところに赤い丸印がいくつか見えるんだけど」
京たちの背後の向こうにある一際高いところにいくつか赤い丸印が見えていた。
京達も視線を向けて見たが、叶夜と颯斗には何も見えていないが、京は納得したようにそこを睨んでいる。
「結界が張ってあるね。用心深いことだが、目視と感受できないようにするだけの簡単なものだ」
京が話を聞いた後、そこに意識を向けたからか、叶夜と颯斗も力を感じ取ることが出来たようだ。
「結界の広さ的にかなり大きい施設があるね」
京は迷うことなく結界が張られているとされる方向へと歩いて行く。
三人もそれに続いた。
下に到着すると、そこには登るための道が一本あり、比較的綺麗に整備されてて登りやすくなっていた。
「ここからは慎重に行くぞ。俺が先頭に行くから。その後に続いて」
「分かりました」
京の提案に了承した三人は、絶対に京より前に出ないように心がける。
順番は先頭の京から叶夜、龍助、そして最後尾の颯斗。一列になったことを確認した京が無の瞳を使って、自分含む龍助達全員の気配と姿だけを消した。
姿を見せなくしても、用心深く丘への道を登って行く。
丘の上までやってくると、徐々に何かしらの力を感じ取れた。
近づいていくと、結界中に入ったのか、視界が歪んでいった。気づいた時には外見真っ白でまるで新築かと思うくらい綺麗な施設が現れていた。
「ここからはさらに緊張感を持っていくよ」
これより先は敵の陣地に入ることになる。そのため、より一層の注意深さが求められてしまうが、それは三人とも承知の上だった。
「まずは、周りを見ていこう」
そう言いながら京が入り口ではなく施設の外周へと向かった。
周りを見てみても、本当に綺麗な白で塗られている。中の様子も見てみたいところだが、窓が締められており、しっかり確認することが出来ない。
外周は特に警備がいるわけではなく、京達が話さなければ、鳥の囀りさえも聞こえないくらいには静かだった。
「よし、離れようか」
そろそろ外周を一周しようとした時に京がすかさず指示を出し、その建物から一度離れた。
「警備ってこんな手薄なものなの?」
「おそらくだが、俺たちが入るのを待っているのかもね」
近くにあった木々の中に身を潜めた時に龍助が疑問を口にした。
予測した京によると、警備がいないのは罠で、入ってきたところを何らかの形で捕らえようとしているのかもしれないとのこと。
龍助が罠のことについて聞こうとしたが、すぐに京に手で制される。
「静かに!」
小さくも威力のある京の声でその場が静寂に支配された。
龍助が何事かと腰につけた警棒に手をかけようとした時、どこからか複数の声が聞こえてきた。その声はとても不気味で心底気持ち悪く感じる。
「何だ? この不気味な声は」
「祝詞、あるいは呪文だね。しかもあまり良くないものだな」
祝詞や呪文はいわゆる神などへ祈りを捧げる際に使われる言葉らしい。
良い者に捧げるものもあれば、邪神などといった良くないものへ捧げるものもあると京が教えてくれた。
「ちょっと見てくるよ」
声がする方へ様子を見に行くと京が言い出したので、龍助達は心配したが、京なら大丈夫とも思っていたので、任せることにした。
信頼してもらえたのが嬉しかったのか、京は親指をグッと上げて一瞬で姿を消した。
◇◆◇
数分ほどで戻ってきた京はとても深刻そうな表情をしていた。
「京さん? 何かあったの?」
叶夜が問いかけると、京は一度頷きながら指を鳴らすと、突然彼の隣に白く光る円形の鏡のようなものが現れた。
「うお! なんだこれ?!」
「これは京さんの魔法の『心鏡』よ。自分が見た光景を映し出せるの」
叶夜の説明を聞いて、これまた便利な魔法だなと龍助は思った。
「これを見てごらん」
京に言われるがまま、鏡の中を覗いた龍助達は背筋が凍った。
「大いなる者よ、我らに力を、その身に宿す素晴らしき力を……」
心鏡の映像に映し出されたのは、どこかの広場で、地面全体に魔法陣のような光る円が広がっており、それを埋めるように白装束を着た多数の人々が一定間隔の位置に正座して祈りを捧げていると言ったものだった。
心鏡は音声付きだったので、より一層リアルさが増しており、狂気に満ちているその声はずっと同じ言葉を繰り返していた。
「これは思った以上にまずいね」
少なくとも龍助は初めて見るくらい真剣な表情で心鏡を見ていた京。
おそらく、この任務ははじめより難しくなっていっているのではないかと龍助なりに察していた。




