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宿命の力者  作者: セイカ
第一部 一章 開花編
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十九話 龍助の不安と千聖の言葉

 模擬戦で暴走になりかけた龍助は今医務室で療養していた。

 この日の時間はもう九時となっていた。その時にはもう龍助の体はほぼ完治していた。能力が復活し、上がった自然治癒力しぜんちゆりょくで肉体の痛みが無くなったのだ。

 しかし、心の傷はそう簡単には治らない。

 胸の中で様々な気持ちで入り混じっていた。最初の不安も無くなったわけでは無い。


「もし? もし? 大丈夫ですか?」


 龍助が悩んでいると、優しい声が彼に話しかけてくる。

 ゆっくりと顔を上げると、いつの間にかそこには千聖が立っていた。

 手にはお盆を持っており、その上には何かの錠剤と水の入ったコップ、そして何故かチョコチップクッキーとミルクティーが置かれていた。


「どうですか? 具合の方は」

「なんとか大丈夫です」


 千聖の問いに龍助は自分の気持ちを精一杯隠してなんとか笑顔を作った。

 それを見た千聖はベッドの脇の椅子に腰掛け、お盆を近くにあった台の上に置いた後、薬と水を龍助に手渡した。

 出された薬を飲むことに少し躊躇ためらったが、覚悟を決めて口に入れた。


(にがっ!)


 薬を口に含むと、下に張り付くような苦い味がしたので、急いで水を口の中に含み、胃の中に送り込んだ。

 その様子をクスクスと笑いながら見ていた千聖が今度はクッキーの乗ったお皿とミルクティーの入ったコップをお盆ごと渡した。

 どうやら口直しに持ってきてくれたようだ。

 受け取った龍助がクッキーを一口かじると、サクッとした食感が心地良く、ほのかに香るバターとチョコの風味。

 一瞬で甘さが口の中に広がり、優しい気持ちになった。

 苦さも甘みの中に消えていった。


(美味い。それにこの味……)


 苦い薬を飲んだ後からだからか、どこにでもありそうなクッキーが極上に美味に感じていた。

 しかし、それ以上に懐かしい感覚の方が強かった龍助。

 それもそのはず、彼はこのクッキーの味を知っているからだ。


 龍助がこの味を知ったのは六歳の頃だった。当時も不安に支配されていた時に食べたのがこのクッキーだ。この懐かしい味のクッキーを作れるのは高原先生か、もう一人しかいないと龍助は記憶している。


「天地くん?」


 龍助が昔のことを思い出していると、心配そうにこちらを見ている千聖に声をかけられ、我に返る。


「美味しくなかったですか?」

「いえ、美味しいです! すみません、少し、昔のことを思い出していたんです」

「昔のことですか?」


 千聖が困惑したように言ってきたので、龍助は慌てて否定する。

 すると、龍助の口から出た昔の話に千聖が興味深そうに聞いてきたので、龍助が一通り話した。

 およそ三十分ほどで終わった。


「苦労されたのですね」

「その時も今みたいに不安に支配されていたんです……」


 龍助がそこまで言って、口をつぐんだ。

 うっかり今必死に隠している気持ちを一部話してしまったことを心の中で後悔している龍助に千聖は優しい口調で語りかけてくる。


「天地くん、僕でよければ、お話を聞かせてください。知り合って間もない他者に話すのも意外とスッキリしますよ」


 今の状態は一人で抱えるのは十分苦痛だ。

 せっかく聞いてくれると言うのなら、その言葉に甘えることにした。


「俺、能力や魔眼に目覚めて間もないから、力を制御できないのは仕方ないことって分かってはいるんですけどね……」


 一度吐いてしまったら止められなかった。

 いざ本当の戦いになった時に自分は戦えるのか、自分は力を制御出来ないかも、と龍助は洗いざらい内心のことを話した。

 千聖は無言で聞いている。

 龍助が全ての不安を吐き出すと、ほんの僅かだが、押し潰されるほど重かった気分が軽くなっていた。


(軽くなったけど、呆れられるかな?)


 そんなことを考えながら千聖を見ると彼は優しい瞳で見つめ、龍助をしっかりと映しこんでいる。


「なるほど。そう考えられるのは素晴らしいことですね。天地くん」


 予想外の言葉に龍助は目を見開いた。自分は何もしていないのに何が素晴らしいのか。

 その言葉の真意に辿り着けない。

 それを見た千聖が微笑みながら話を続ける。


「確かに、こういう時って焦ってしまいますよね。不安になってすぐ焦ってしまうのは良くないことかもしれない。だけど……」


 そこまで言って千聖が一呼吸置く。次に何を言われるのか龍助は緊張していた。


「それは成長するために絶対必要なことだと思います」


 次々と連ねられる言葉を龍助はポカンとして聞いてしまっていたが、その言葉は自分の中にある重りをほとんど消し去ってくれているように感じていた。

 千聖の話に龍助は必死に聞いていたが、結局何を言いたいのかまだいまいち分かっていない。


「つまり天地くんが不安に思っていることは何もしていない訳ではなく、自分と向き合って、成長しようと進んでいる証拠だということです」


 不安に思うのは自然のこと、だが、それは決してその人が未熟だとか弱いとかではなく、ただ成長しようと自分と向き合いながら試行錯誤しこうさくごしている証だという。


「俺は成長出来るのか……?」

「成長しますよ。ただ、進み方には気をつけてくださいね」


 龍助が自分が成長出来るのか疑問だが、少なくとも努力はしているのだろうと思うことにした。

 千聖の最後の言葉の意味はよく分からなかったが。


(良かった。俺の不安に意味があって)


 龍助は千聖にかけてもらった言葉をしっかりと頭と心に叩き込んだ。

 その時には龍助を支配していた暗い気持ちは綺麗さっぱり消えていた。

 憂鬱感ゆううつかんも一気に無くなったことを認識すると、残っていたクッキーを全て食べ、あっという間に完食した。


「ところでこのクッキーはどうしたんですか?」


 口に残っていたクッキーを少しぬるくなってしまったミルクティーで胃へ流し込みながら千聖に問う。

 ミルクティーも甘く気持ちが良い。


「作ったのですよ?」


 その言葉に龍助は、一つの可能性を考える。そしてあることも聞こうと口を開きかけた。


「施設の先生からレシピをもらったのですよ」


 話そうとした龍助の声を千聖の言葉が遮った。

 聞けば、京が龍助が少しでも安心するようにと何か好きなものがないか高原先生に聞いたところ、このクッキーを思い出して、レシピを渡していたらい。

 そしてそれを見て初めから作ったとのこと。

 龍助が考えた可能性はあっさりと砕け散った。


(やっぱり違うよな……)


 少し残念に思ったが、すぐに気持ちを切り替えることにした。

 時間があっという間に過ぎ、それに連動するように徐々に睡魔が龍助を襲ってきた。

 龍助はベッドに身をゆだね、ゆっくりとまぶたを閉じると、一瞬で眠りへと入っていった。

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