十八話 龍助の心境
模擬戦で気を失ってしまった龍助が目を覚ました。
目に入ってきたのはとても懐かしい感覚になる一室だった。それもそのはず、自分が暮らしている施設の部屋だからだ。
「あれ? 帰ってきたのか?」
「お兄ちゃん!」
龍助が部屋全体を見回していると、どこからか幼い女の子の声が聞こえてきた。
声のする方へ向くと、そこには声の主が立っていた。幼い頃の穂春だ。
「穂春? どうしたんだよその姿」
「? 何が?」
龍助がキョトンとしている穂春に手を伸ばしたが、それを見て驚愕する。
自身の手が縮んでしまっているのだ。
確認のためにすぐ近くにあった鏡の前に立つとそこに映っていたのは、幼い自分だった。
「え? 何だよこれ」
夢でも見ているのかと思った龍助だが、どうにも今いる世界がリアルに感じてしまう。
夢なのかそうでないのか、龍助には判断できなかった。
「龍助くん。穂春さん。おやつですよ」
「はーい!」
鏡にのめり込むようにガン見していた龍助の耳に今度は懐かしい声が止まった。
ゆっくり振り返ると、そこには今の自分たちより少しだけ身長が高い少年がいた。その少年に龍助は思わず涙を流してしまう。
「龍助くん? どうしたのですか? ほら、君の好きなクッキーを持ってきたのでみんなで食べましょう」
「兄ちゃん」
龍助の言葉に首を傾げている少年だが、差し出したクッキーを龍助に手渡した。
「これを食べたら心も落ち着きます」
クッキーを手渡した少年に、龍助は涙を流しながらも頷いた。
しかし突然、手渡された後に少年の手が離れていく。
否、龍助と少年の間の距離が徐々に長くなっていく。
「ま、待ってよ! 俺たちを置いていかないで!」
龍助はなぜだか分からないが、今少年を止めないとこれから先会えないと感じて、必死に呼び止めた。
「大丈夫です。いつかまた、必ず会えますよ」
手を伸ばす龍助を見つめながら、少年は笑顔でそう言い残して、その場から離れていく。
それと同時に周りの空間全体が突然崩れて消え、真っ暗闇へと変わった。
「穂春! 兄ちゃん! どこに行ったんだよ?!」
懐かしい空間から闇の世界へ放り出された龍助の心が恐怖で塗られていく。
泣きながらいつの間にかいなくなった妹と少年の二人を呼んだが、返答がない。
しばらく闇の中で彷徨っていると、落とし穴があったかのように地面が無くなり、龍助はそのまま暗闇のそこへと落っこちていってしまった。
「うわああ!」
叫びながら穴に飲まれた龍助はもうダメだと思いながら、奈落の底へと落ちていった。
◇◆◇
次に龍助が目を開いた先に見えたのはどこかの天井だった。
体を起き上がらせようとしたが、鉄でも乗っているのかと思うくらい重たく感じる。
やっとの思いで体を起こすと自分が寝ているベッドとそれを囲むように閉じられたカーテンが目に入ってきた。
そしてなぜ今ここで眠っていたのか龍助は思い出せなかった。
「また通り魔にでも遭ったのか? 俺は」
必死に記憶を探って思い出そうとした龍助は頭を抱えた。
「あ、天地くん、目が覚めましたか」
龍助が悩んでいるとカーテンが開かれる。
そこにいたのは千聖だった。彼は心配そうに龍助を見つめている。
「俺は、一体……」
「暴走になりかけていたんだよ」
龍助が寝ていた理由を尋ねようと口にすると、それに答えたのは千聖の後ろから現れた京だった。
「暴走……?」
千聖の前に出て、ベッドの脇にある椅子にゆっくりと腰掛けて足を組んだ京はいつもとは違う鋭い眼差しで龍助を見ている。その視線に龍助は怯んでしまう。
「君、あまりにも感情に左右され過ぎだよ。あと少しで力に支配されてた」
落ち着いた口調で次々と言葉を連ねる京。彼の言葉に龍助は反論出来なかった。
聞けば、龍助はまだ慣れてもいない力の操作を無理矢理行おうとしたことで、力が暴走していたらしい。
その結果、力に支配される一歩手前にまできていたと京は言う。
「力が使い手を支配することがあるの?」
「あるさ。そういう事例もある」
龍助の質問に京は頭をかきながら頷いた。
使い手が力を無理に操作しようとすると、心身が追いつかず力がひとりでに暴走してしまい、結果支配されることになってしまうらしい。
特に強い感情を抱えた力者になりやすいとのこと。
力に支配された力者は人形か化け物のようになってしまい、最悪死に至るらしい。
それを聞いた龍助は自身が大変危険な状態になりかけていたことを痛感する。
彼の力が暴走してしまう前に京が無名の魔眼で一時的に力を無しにして未然に防いでくれたそうだ。
「力に支配される者の共通点は、精神的に不安定なこと」
力をうまく使えないことで、焦り、不安、憤り、これらの感情に染まり、判断力を失ってしまい、無理矢理使おうとすることが暴走の原因となる。
これはもう変わり用のない事実らしい。
「龍助。君の場合は『不安』という気持ちが強かったんじゃないかな?」
京の指摘に龍助は何も言い返さなかった。図星だったからだ。
あの時、京と模擬戦をしている最中に龍助はこう考えていた。
(一人で戦えられるようにならないと……)
と、その気持ちが積もりに積もった結果がこれだ。
龍助は自分の気持ちを表すかのように布団を握りしめた。
「不安になるのは当然のことだけど、引きずられたら全部それに染まっちゃうんだよ」
京の言葉に龍助も同感した。現に自分が体験したのだから。顔を下に俯かせているだけで何も話さない。
「とりあえず、今日はゆっくり休んで。明日考えよう。任務には同行してもらうが、俺の許可なしで力を使うのは禁止だ」
それだけ言って京は椅子から立ち上がり、龍助に背を向けてそのまま治療室を出ていった。
残された龍助には憂鬱感が強くのしかかっていた。




