祭りの夜に
三題噺もどき―さんびゃくにじゅうろく。
祭りの喧騒とは、こんなにも酷かっただろうかと。
数年ぶりの騒がしさに、来たことを後悔した。
「……」
いやはや……。
確かにここは、それなりに盛況ではあったが、ここまでではなかったと思うのだが……。
もう少し、粛々とした雰囲気は、どこかにあったはずなんだが……。
「……」
おおかた、ここから少し離れたところに住んでいる若者とか、家族連れが、久しぶりの祭りだと言って、こちらにまでやって来たのだろう。
わざわざご足労を……。
こんな田舎の祭りにまで足を伸ばすほど、祭りに飢えてでもいたのか…?
「……」
しかし……。
これだけ人が居ると、もう帰りたくなってくる。
私からすると、すぐ近くにある小さな神社のお祭りなので、1人で来るのが当たり前というか……。一緒に来るような人が居ないのもあるが。
それでも別に、何とも思わないんだが。
これだけ、家族連れに友達同士に恋人どもがいると、少々浮いてしまう感がどうやったって出る。
それに耐えられるほど、私のメンタルは強くはない。
「……」
格好も、祭りにふさわしいかどうか……。
Tシャツに、七分丈のパンツに、適当にひっかけてきたサンダルだ。
鞄すら持っていない。スマホと財布は、ポケットに突っ込んでいる。
持ち物としては、個人的な趣味として持ってきたカメラだけだ。
「……」
あー。そうだなぁ……。でもなぁ……。
せっかく来たんだし、用事というか、待ち合わせというか。
何もないわけではないので……。
私の撮る写真も、おじさんおばさんには好評をいただいているので、撮れるなら撮りたいし。
「……」
幸い、というか、なんというか。
地元の人間なので、この神社の事は勝手知ったると言ってもいい。
言い方がよくはないなこれ…あれだ。
絶景スポットととか、穴場とか、そんなのを知っているということだ。
「……しょ」
ならばと、ようやく動く。
ちなみに、考えながらぼうっと立っていたのは、神社の入り口辺りである。
ここから、少し昇らないといけないので、軽く気合を入れる。
「……」
しっかしほんと……人の多いこと多い事。
客人だけでなく、出店の人々の活気もすごい。
彼らにとっては、この人の入りようはありがたい事なんだろうなぁ。
さっき話したおじさんも言っていたし。
「……」
地元の祭りなので、出店の人々は時々知り合いがいる。
忙しそうにしながらも、こちらに声を掛けてくれた人が多々。
「……」
買ってかんね、といわれ、いや並んどるがな、とか言って。
帰りに来れたら寄るとだけ告げて、さっさと昇ることにした。
この暑さだから、無理はするなと言われて言って。
砂利道をゆっくりと歩いていく。
「……ふぃ」
ようやくついたころには、少々汗だくになっていた。
人混みを避けつつ、話を交わしつつ、坂を上ってきたのだが…思っていた以上に疲れた。
また、帰りたいというのが、もたげるが。
ここまで来てしまったら、それはない。
「……んしょ」
祭りの喧騒がほんの少し遠くに聞こえる。
砂利の上に置かれた大き目の石の上に腰かける。
ここは涼しい上に、人がほとんど来ないので、お気に入りの場所だ。
写真を撮るときは、大抵ここに来る。
―というか、祭りがあるときは、必ず、ここに来る。
「……?」
ようやく一息つき、時間をつぶすついでにカメラの調整でもしておこうかと思い始めた矢先。
正面の方で、砂利のズレる音がした。
「――犬?」
音のした方に視線をやると、一匹の犬がいた。
正面。
二つの灯籠が並ぶ間に、ひょこりと。
“立っていた”というのは、文字通り。
人と同じように、足二本を地面につけ、上体を起こして“立って”いた。
だから語尾に疑問符が付いた。
ただの犬がそこにいたのであれば、驚きはすれど、犬か…ぐらいで終わる。
「いやいや、だとしてもそこは疑問符つけてくれぇや」
「……は?」
何だ今の。
思考というか地の分というか、そんなものを読んだような発言は。
犬から視線を外し、きょろきょろと見渡す。
「こっちやで、おじょーさん」
「!?」
まぁ、気のせいだろうと思って、わざわざ見渡したのに、その声は。
さっきと同じように正面から聞こえた。
立っていた犬がいた場所。
「めんどくさい性格しているねぇ、この娘」
「……ぇ?」
正面だといわれ、見直すと。
もう一匹増えていた。
二匹の犬がこちらを見ながら、話している。
―否。
「……??」
そこにはもう犬は居ない。
2人の男が立っていた。
顔には、それぞれ右半分と左半分ずつの、お面をつけている。
流れからして、犬を模しているんだろうか。
こういう時の定番って、狐じゃないのか?
「そんなん言うたってなぁ……」
「ここは犬神信仰だからしかたないよ」
いやだから、勝手に人の脳内やら胸中やらを読んで話をしないで欲しい。
―何年たっても変わらないようで何よりだけど。
「久しぶりすぎて忘れたんかと思たわ」
「全くだよ……ほんとに祭りのときにしか来ないんだから」
「そういう約束でしょ」
そんな、文句じみたことを言いながらこちらに向かってくる2人。
あの頃から何も変わっていない2人。
「……」
幼かったあの頃。
あちらに迷い込んでしまった私を、助けてくれた2人。
他の人には見えない、モノが見えてしまう体質だったせいで。
親にも友達にも見放された私を。
助けてくれた2人。
「別にええんやで、いつきても」
「そうそう、そっちの方が僕は嬉しいね」
「きませんー」
―他の日に来ても2人には会えないじゃん。
そう小さく呟いた声は、聞こえていたかもしれないが。
分かったうえで言っているはずだから、揶揄っているだけなのだ。
「……」
16歳になった日。
もうここには来てはいけないと言われた。
なぜかと問えば、これ以上はよくない、その一言だけだった。
もう、その頃の私はなんとなくわかっていたから、悲しみはしたものの、ごねることはなかった。
でも。
でも―と、彼らは続けてくれた。
『祭りの夜には会えるから』
そう言ってくれたことが、私にとってどれだけ大きな支えになっていたか。
「なんや、嬉しくて泣いとんか?」
「そういう泣き虫は変わらないね」
「うるさいっ」
数年ぶりに。
2人に会えて。
お題:犬・祭り・灯籠