戦闘
少しの間、沈黙が流れた。それを破ったのは店主の一言だった。
「それで尋問とあなたが手に拳銃を握りしめていることにどんな関係があるのかしら?」
ウィルはグリップにかけていた手をゆっくりと話すと首を横に振った。
「何にも」
そして再び沈黙が流れた。
生きの詰まるような空間の中、マーカスは恐る恐る下からはい出てウィルの声がした方へ、彼以外の視線が集まっている方へと視線を移す。
今度の沈黙はイルザが破った。
「フェリックスを尋問しているって言ったわよね?それは合法的なものかしら?今あなたは尋問のために生け捕りにしなければならないはずの相手を探しているのに銃を握ろうとした。殺しても良いって意思表示したようなものじゃない」
ウィルはため息を着くと拳銃をイルザの方へ放り投げた。
「そんなつもりはないがそう勘違いされ続けるのは嫌だからな。一段落着くまで持ってたらいいさ」
カイルが驚いた表情で自身の姉を見る。
「何を考えてるんだろう……」
彼はウィルの考えが読めず、困惑してしまった。
マーカスはそのやり取りを見てゴミ箱の中身を処分しなければならないと感じた。
ウィルがどこまで本気で捜索をするのか分からないが万が一ゴミ箱を覗かれたらその中にある決定的証拠が姿を見せたら。
マーカスはゆっくりと悟られないようにほぼ匍匐前進の体勢でカウンター内からその奥にある厨房へと通じるドアの前までたどり着いた。
店主、カイル、イルザはまだマーカスがここに居ることは話していないらしい。幸運だった。
ウィルは主にイルザから来る質問に適当に答えながらも店内を探すように目だけは絶えず動かしている。
マーカスはゆっくりと立ち上がり出した。ただしまだ頭を完全にカウンターの上に上げていない。ウィルを見ながら彼がこちらを振り向かないように祈りながらタイミングを図っている。
中腰の体勢で彼はドアノブを逆手で掴むとゆっくりと力を入れた。やや軋みながらドアは開く。
ウィルは気が付かなかった。
イルザはウィルに質問を浴びせ続けていた。
「フェリックスに会うことが難しいってのがよく分からないわ。取り調べを受けている間はまぁ分かるけれどそれ以外の時間も無理だってのはどういう事かしら?」
「さっきも言っただろ?あいつは盗みを働こうとしてた。……正直ただの盗みなら問題ないとは言わないがここまで大事にはなっていない。あいつが盗もうとしたものが不味かったわけだ」
「それが何なのかは教えて貰えないのかしら?その正体によっては故意か偶然かで話が大きく変わると思うんだけど」
ウィルが何かを言い返そうとした時だった。ウィルは知らないがマーカスが入って行った厨房から何かが落ちる音と金属の振動によるやや不快な音が響いた。
「誰だ!……っ返せ!!」
ウィルはイルザから拳銃を奪い返すとカウンターを乗り越えた。
店主の抗議の声が聞こえたが彼は耳を貸さなかった。
少し時間は戻る。
マーカスはゆっくりと入ることに成功した厨房内でやっと立ち上がると内部から出入口に鍵をかけて先程服を捨てたゴミ箱のところまで行くとその中身をひっくり返した。
「後でティアラに殺されるな」
心の中で店主に謝ると彼は捨てた服を近くに数枚まとめて置いてあったビニール袋の中に入れた。
「さて、こいつをどうしようか」
彼はその袋の口を縛りながら厨房内を見渡した。そして1つ閃いた。
厨房にいくつもある棚の1つに残り少ないガムテープがあるのを彼は発見した。
マーカスはそれとキッチンバサミを手に取ると調理台の下に潜り込みできる限り音を立てないようにガムテープを引き出した後に、服を入れた袋に貼るとそれを潜り込んだキッチン台の下に貼り付けた。
マーカスはその作業を何回も行い落ちてこないことを確認するとキッチンバサミとガムテープを元にあった所に戻そうと調理台から這い出ようとした。
その時彼は自身の頭を調理台の角に強くぶつけてしまった。
金属の鈍い音が響ききる前に、手にしていたキッチンバサミが落下して第二波を奏でた。
直ぐにウィルの声と彼がこちらへやって来ていることを示す足音が聞こえてきた。
ウィルはドアノブを回そうとしたが上手く回らないことに気がついた。マーカスが鍵をかけているのだ。
「おい!ここの鍵はないのか!?」
ウィルは店主に尋ねた。
「あるけど……」
店主がやや怯えながら差し出した鍵を彼は手に取ると施錠を解除した。
そしてドアを開けて入った。
厨房内、調理台の下でマーカスは息を殺しながらドアが開くのを見つめていた。
「なんだこれは……」
ウィルは床に広がっている生ゴミやネットの切れ端を見て困惑しているようだった。
「誰かいるだろ!出てこい!」
だが彼は直ぐに先程と同じように声を荒らげて厨房内を見渡し始めた。
マーカスは調理台の下でこれから取るべき行動の最適解を考えていた。
第1にこの厨房から再び出なくてはならない。出入口のドアは開きっぱなしだがそこまでウィルにバレないように辿り着くのは至難の業と言う他ないだろう。
マーカスがどうするべきか考えている間にウィルは手前、つまり出入口に近い側から棚や調理器具の下を覗いたり引戸を開けたりし始めた。
「クソっ!どこに隠れてやがるんだ!?ここに居るのは分かってるんだ!」
彼はマーカスが厨房に居ると信じているようだ。ここでじっとしていてはそのうちマーカスは見つかってしまう。
そこでマーカスは気はあまり進まなかったが賭けに出ることにした。
調理台の下からウィルが背中を向けていることを確認するとマーカスは彼の後ろから飛びかかった。
ウィルは直ぐに抵抗した。その抵抗を受けながらもマーカスは彼の首に右腕を巻き付け、左手で彼の装備を奪おうとした。
「…っ…この野郎!!…くっ!」
その最中ウィルの拳銃がマーカスの方を向いた。右腕だけでは彼の自由を完全に奪うことが出来なかったのだ。
しかし発砲される前にマーカスはウィルの体を棚に押し込んだ。棚が崩れる音と、乗せてあった調理道具が床に落ちる音で店内には再び轟音が響いた。ウィルの拳銃は彼の手を離れた。そして離れた所へと床を滑った。
「やってくれるじゃないか!!」
今度はマーカスの体が調理台へと叩きつけられた。金属の凹む音が響く。
「ここで……!しばらく眠ってろ!」
ウィルの手が今度はマーカスの服を掴み体を持ち上げようとする。
「あんたが眠るんだな!」
だがやや体が上がったところでマーカスはウィルに頭突きを食らわせた。ウィルの手がマーカスの服から離れる。
そして、ふらついた所をマーカスは見逃さずに足払いをかけた。
「うっ!」
ウィルは体勢を保てなかったが完全に倒れる前にマーカスの足を掴んだ。マーカスも体勢を崩す。
「目が覚めたら覚えてるんだな」
次に優勢になったのはいち早く立ち上がったウィルの方だった。
マーカスの顎目掛けて拳を振り下ろしに来た。
だがマーカスはそれを交わすと右足で乗りかかろうとしてきたウィルの腹部を強く蹴った。ウィルは再び体制を崩すと今度は調理台にぶつかり、その上にあったまな板を床に落とした。
マーカスはその後直ぐに立ち上がって加減をせずに拳でウィルの顔を強く殴った。
ウィルは立ち上がろうとしていたものの再び体勢を崩した。
そのまま追撃に入ろうとしたマーカスだったが今度は上手くいかなかった。大量の食器が彼目掛けて飛んできたのだ。防ぐので精一杯だ。何本かは彼の腕に傷をつけた。
「さっきの威勢はどうした!」
ウィルが追撃を食らう前に近くにあった棚から籠ごと食器を投げつけたのだ。
2人の戦闘により厨房はめちゃくちゃだった。割れたセラミックやガラス、曲がった調理具や割れた野菜が散乱していた。
ウィルもマーカスもそれらに足を取られながらも互いに決定的な一撃を与えようとしていた。
そしてその一撃はマーカスによって与えられることとなった。
戦闘の中でウィルの装備品だったテーザー銃が床に落ちていたのだ。彼はそれには気が付かなかった。
蹴りを腕で受け止めきれずに床に崩れたマーカスがそれを掴んだのだ。
彼は迷うことなく、決定打を与えようとしたウィルに向けた。
彼の目が驚きと恐怖の色を見せ始めたところで電極が飛び出した。