詮索
倉庫の片付けを初めてから2時間ほどたった頃だろうか。
マーカスは小さなダンボールにコートと革手袋。そして包帯や鎮痛剤、消毒液が奥まで詰め込んであるブーツを突っ込むとその上にレッグホルスターを乗せて転がっていたガムテープで密閉していた。
伝票には衣類と書いておいた。
作業がひと段落着いた時だった。
やや顔を赤らめたフェリックスが凄い速さで台車の上に5、6箱積んだダンボールと共に現れた。
「まずい!ジェフとウィルの2人がここにやってくる!」
「クルーソーとモニアックが来たところでどうだと言うんだよ?別に問題ないだろ?仕事してるんだし……」
フェリックスはそれを聞いても大慌てだった。
「違う!違う!あの二人は検査官になったんだ!今日ここの物品検査に来る!」
「でも今までは他の検査官には問題ないって判断されてたんだろ?……確かに酒を飲んでることは何か言われそうだけど」
ここでとんでもない爆弾をフェリックスは投下した。
「それが倉庫の片付けをする仕事を俺が担当することになってるのはあのジェフとウィルの二人が管理する記録上では今日じゃないんだ!」
マーカスはフェリックスの脛を反射的に蹴り飛ばした。
ジェフ・クルーソーとウィル・モニアックが大倉庫にやってきたのはそれからん10分も立たないうちだった。
「おい。どうするだよこっから」
光の入ってくる入口を少し先の棚の物陰に隠れながら覗いたマーカスは隠れながらもまだ台車の取っ手を掴んでいるフェリックスを呆れたように見ながら質問した。
「バレないようにあっちから逃げるしかないだろ」
「じゃあこの台車から手を話せよ。どう考えてもバレる要因の一つだろが」
「無理だ。こいつらには俺の夢が詰まってるんだ。ひとつも置いていくなんて出来ない。お前もさっきからそのダンボールを抱えているじゃないか。俺から言わせればそれこそがバレる要因の一つなんだ」
マーカスはフェリックスの反論を聞いて鼻で笑うと手にしていたダンボールを彼の台車の上に乗っけた。
「それじゃあ"俺たちの夢"の護送はお前に任せたよ」
そして彼はただ1人隠れているフェリックスを置いて倉庫の奥へとできるだけ音を立てないように走り出した。
「おい!お前だけどこへ行くんだよ!?」
小さいながらも抗議の声が聞こえたが気にしなかった。
マーカスが倉庫の奥へと走り入口からとりあえず距離を取った時。ジェフ・クルーソーとウィル・モニアックはいつものように倉庫の手前から山積みにされたダンボール、カゴの中身の検査を始めた。
「おいジェフ!こいつは問題だ!」
ウィルの声が倉庫全体に響いたのはそれから5分も経たない時だった。
「誰かが伝票を貼り直してる!この伝票は先月から廃棄されたはずの古い型だ!」
途端に大きな物音を立ててジェフがウィルのすぐ側までやってきた。上の方のダンボールが一部崩れ落ちているのを見るに上から慌てて飛び込んで来たのだろう。
「……こいつは大問題だな。まぁいいさ。だいたい犯人の見当はついている。こんなマヌケ野郎はそうそういないからな」
2人は顔を見合わせてニヤリと笑うと手にした携帯電話で1枚の写真を撮った。
そこには濃い赤とも紫とも取れるような色が着いた指紋が残ったラベルが写っていた。
マーカスは倉庫の窓から外に出られないかと試していた。
一定間隔で壁の足元の方に小さくはあるが窓が設置されているのだ。
「このガラスフレームが邪魔だな」
彼が取り掛かっているところは窓こそ汚れているもののサッシがしっかりしているようだ。軽く揺すれば外れるなんてことはなさそうでやや強引な手段を取らなければならないかもしれない。
だがどうするべきか迷っている時に入口付近から悲鳴と何かが崩れる音が聞こえてきた。
「おいフェリックス!逃げようとするんじゃない!こんな所で何をしてるんだ!」
すかさずウィルの怒号が聞こえてくる。どうやらフェリックスが捕まったようだ。
「コール!大人しくしろ!テーザー銃を喰らいたいのか!?」
ジェフの怒鳴り声をかき消すかのような大きな悲鳴が直ぐにマーカスの耳に届いた。そして金属が落ちたような音がした。
ジェフかウィルのどちらかがフェリックスにテーザー銃を撃ったようだ。彼らはフェリックスの返答を待たなかったらしい。
「さあ言うんだ!ここで何をしていたかを言うんだ!」
少ししてから再びウィルの怒号と何かがひっくり返る音がした。
そしてこの瞬間。何が起こっているのか確かめようとしたこの瞬間にマーカスはこちらに歩いてきていたジェフと目が合った。
一瞬戸惑ったような彼の表情が直ぐに獲物を追うハンターの目に変わると、手にテーザー銃を握りしめての全力疾走に移行するまで4秒もかからなかった。
「もう1人だ!もう1人いるぞ!」
先程の尋問よりも大きな声を出したジェフから逃げるためマーカスは大急ぎで倉庫の更に奥へと走り出した。
「止まるんだ!直ぐに止まれ!クソっ……!ウィル!直ぐに入口を閉めろ!共犯者が逃げれないようにするんだ!」
ジェフの声はまだ遠くだがモタモタしている訳には行かない。何かこの閉鎖空間から逃げ出す方法を考えなくてはならない。
ウィルはジェフの「もう1人いる」の声を聞いた瞬間にまだ電気を受けて上手く立ち上がることの出来ないフェリックスを放置して入口のドアを閉めた。
「こいつに協力するなんてとんでもない物好きがいたもんだな……」
呆れた表情を見せた彼は伸びているフェリックスを無理やり座らせると手を後ろで縛った。
「こうしてここで待って置けばもう1人も出られない。袋のネズミだ」
ジェフは恐らく何となく倉庫の奥へと進んだのだろう。何か怪しいものがあったとか共犯者がいるかもしれないとは一切考えなかったはずだ。
だが結果的に彼は共犯者を発見することに成功した。
追われている共犯者のマーカスはもう時期倉庫の端に到着すると分かっていた。
このままではどこかで折り返しだ。
だが間もなくその折り返しが見えるという時に彼はあることを思いつき、それを実行に移そうとした。
まず彼は走りながら5kg程のダンベルを発見するとそれを拾い上げ埃の隙間から微かな光を放っている窓に向かって全力で放り投げた。
直ぐに何かを叫んでいる声が背後から聞こえてきたがそれを途中でかき消すやや乾いた音が響いた。そして鈍い金属の音も。
そのまま音の方へとマーカスは体を突っ込ませる。足からスライディングの体勢のまま、光の入ってくる窓ガラスがあった所へ滑り込んだ。
「やられた!」
放電音がすぐ後ろから聞こえたと思ったらジェフの声が被さった。
割れた窓から外に飛び出したマーカスは排水パイプらしきものにしがみついていた。
「嘘だろ。やや高いじゃないか……。それに周りは地下駐車場かよ……」
マーカスはパイプを伝って倉庫の屋根へと登った。下までは距離がありイマイチ全貌が把握出来ないで降りるのは危険だ。
その途中で職員が停めている無数の車が目に入った。
どうやら先程までいた倉庫は地下駐車場に面していたらしい。と言うよりも地下駐車場が倉庫の周辺を埋めるような作りになっていた。入口はやや例外的にどこか仕切りが設けられているようだったが。
彼は幸運だった。割れた窓ガラスで体を切る事はなかったしジェフがマーカスの後を追って窓から這い出て来ることもなかった。それに地下だと言うのに倉庫の屋根とその空間の間はコンクリートなどで埋められていることはなく空間があった。
そしてこの地下駐車場はライトが点灯しており明るかった。
「こんな所初めて登ったよ……」
マーカスの口からそんな言葉が漏れた。
彼は倉庫の屋根を歩いて入口らしき場所を探した。
捜索はすぐ終わった。
倉庫の一部から駐車場とは壁で仕切られた通路らしきものが伸びていたことをマーカスは発見できたのだ。その大半は駐車場の先、どこか別空間まで繋がっているらしく、そこから先はさすがに屋根の上まで埋め立てがされていた。
だがそれは間違いなく少し前までフェリックスと立っていた倉庫の入口があった所だった。
マーカスはゆっくりと時間をかけながら屋根を降りた後、少し離れた所にあった地下駐車場と他のフロアを結ぶエレベーターに乗っていた。追っては来なかった。
彼の他には30代後半らしき女性と、まだ新人なのか緊張が溶けずソワソワした様子の2人の武装した男性がいた。
『1階です』
そのアナウンスと共にドアが開くとマーカスの他に男性二人降りた。
彼らはマーカスとは反対の方向へ、どこか遠くに歩いていった。
「……で、ここはどこなんだ?」
彼の目の前には高級ホテルの大広間のような空間が広がっていた。
何度もこの建物を訪れていたマーカスだったがそれでも初めて見る空間だった。