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How to survive  作者: 石切楠葉
小さな交信
12/13

狂人

日は暮れた。


相変わらずマーカスは窮地に立っていた。

「もう少しだけもってくれよ」

段々と落ちているスピードを感じながらも彼は数km先にあるサービスエリアの存在を脳裏に描いていた。

2年ほど前に傭兵の仕事の一貫で訪れたことのある場所だ。

ただしここ最近どうなっているのかは知らない。ネックではある。


頼むから外装だけでも残っててくれと願うマーカスは追いかけてくる車に共通点を見つけた。


1.少なくともフロントガラスは防弾ガラスかそれに近しい役割を果たせる何かである。


2.全面にスモークフィルムが貼られている。車内が良く見えない。


3.盗難車の可能性が高い。民間軍事会社の所属であることを示すナンバープレートの色だ。


4.運転手の操縦技術は高い。


5.全体的に車が汚れている。


特にナンバープレートの状態はマーカスの興味を強く引いた。

黄色に赤。注意を引く色合いのその板は泥や土の汚れが付着している。おかげで1部の文字が見えにくくなっているほどだ。

そこまで清掃を行わないなんてあるだろうか?それだけではなく車全体の汚れを落とすこともない。民間軍事会社が管轄するこれらの車で果たしてそんなことが起こり得るだろうか?


時速がついに100kmを切った。しかし彼が目的としているゴールは目と鼻の先だった。


距離にして100mも無い所、ハゲかけている白の矢印が示すカーブの先に存在感を放つ建物が見える。

今現在も使われている建物なのかは流石に分からないが少なくとも外装は残されている。


マーカスは時速90kmのままカーブへと車を進める。危険かそう出ないかと聞かれれば100%危険だ。だがスピードを落としてただでさえ開いていない車間を更に縮めるようなことをしてしまえば待っているのは問答無用の死だろう。


予想通り車は遠心力と慣性により軽く持ち上がる。

だが横転することはなかった。

ガードレールや標識はいくつか吹き飛ばしたがマーカスを載せた車は無事にカーブを渡りきった。

後ろをマーカスが振り返ると流石にスピードを落としながらカーブを通過する2台が目に入った。

「クソっ。事故ってくれはしないのかよ」

舌打ちをしながら彼は車をどこかに停めようとしていた。そこが駐車場かどうかは関係ない。


その時だった。今までは聞こえなかった相手からの発砲音が響いた。

それも連続的に。そして止まり掛けた車に衝撃と乾いたような金属音がやってきた。

バックミラーに嫌な音を残して大きなヒビが生まれた。それだけでは無い。既に割れていたガラスが更に音を立てて砕け散ったのだ。

「何てものを持ってるんだ!」

間違いなく自動小銃を相手は握っている。テーザー銃と拳銃。たったこれだけの武器。サブウェポンでどうやってメインウェポンに勝てと言うのだろう。それもメインウェポンが圧倒的に有利な状況下で。


マーカスはシートベルトを外すと直ぐにしゃがんでまだ完全に停車していない車の行く末を運に任せることにした。

そして手には拳銃を握りしめ、テーザー銃を服の隙間に挟み込むとそのままドアを開けて受身を取りながら今にも火が出そうな車から飛び降りた。


地面には何か判別はつかなかったが先程までマーカスが搭乗していた車から滴っている液体の後が付いていた。

そしてハイビームで彼の方向へ向かってくる2台の車。先頭の車、スモークフィルムのサイドウィンドウからは腕らしきもの、そしてそれが握りしめる自動小銃が目に入った。

マーカスは迷うことなく距離にして20mほど先のサービスエリアの建物へ可能な限りの全力疾走を試みた。


そのまま彼はガラス戸へと突っ込む。その途中で3発発砲してヒビが出来た下部へと。

正面、あるいは裏口まで回り込む余裕は今の彼にはなかったのだ。これが身を守るために最善に近しい行動であった。

身構えて姿勢を低くしたマーカスの体はひび割れたガラスへと突っ込んだ。

直ぐにガラスは大きな音を立てて割れ、暗闇の店内はマーカスの体を向かい入れた。



真っ暗闇の建物で微かに差し込む月明かりからマーカスは距離を取ろうと匍匐前進の形で進んでいた。

彼の背後には割れたガラス戸があり、その破片は建物内へと散らばっている。

そしてマーカスの足と手など数箇所からは大きな切り傷とガラス片を発見することが出来る。


ヒンヤリと夏の夜にしては冷たい床の上をマーカスは進んでいく。

テーブルや椅子、ソファーなどが多く並んでいるここはフードコートの一角だろう。

「撃たれなかったのはラッキーだった」

全力疾走の最中、相手は車のスピードこそ上げたものの、手にした武器で銃弾の嵐を起こすことはなかったという事実に感謝して彼はすぐ近くにあったハンバーガー屋の看板が出てるカウンターの中へと入った。

そして大きなため息をついた。

「なんだよ全く……」

傷だらけの体と服を見て彼は苦笑いを浮かべた。


それから少ししてマーカスは再び神経を張り詰めなければならなくなったことを悟った。

ガラスを叩き割るような音と共に2人分の足音が聞こえてくる。先程マーカスが割って入ってきたガラス戸とはやや離れた所から。

「ここで逃がす訳には行かないぞ」

「分かってるそんなことは!何度も言うんじゃない!ストレスだ!」

やや年配の男性の声が。そしてまだ若い、悪く言えば社会経験の少なそうな男の怒鳴り声が聞こえてきた。

「パクストン。お前の問題なんだぞこれは」

「そんなことは100も承知だ。フリードさんよ」

恐らくパクストント呼ばれた男だろう。彼が何かを強く蹴り飛ばしたようだ。物が倒れ、崩れる音が聞こえる。

「落ち着くんだパクストン。さっきの連絡を受けただろ?方針が変わった。殺してはダメだ」

フリードと呼ばれた男の声が聞こえ終わるよりも早く再び何かが強い衝撃を受けた音が聞こえた。

「それでどうなるんだ!?意味ないだろ!?もうアイツらに付き合うのは沢山だ!」

かなりフラストレーションが溜まっているらしい。だがこれはマーカスにとっては好都合だ。勝手な仲間割れが期待できる。


恐る恐るマーカスはレジ台の上に頭を上げた。

少し先、建物のより内部の方に2人分の姿が見えた。自動小銃も同じく見える。

横顔しか見えはしないもののマーカスは2人に以下のような印象を抱いた。


1.年配の男は50歳前後だろうか。苦労していそうな顔立ちだが妙な笑みを浮かべているのは絶え間ない自身の現れだろうか。


2.暴れている若い男はどこにそんな力があるのだろうと思える程の細さだ。顔色もいいとは言えない。病人と言われた方がしっくりくる。


3.2人とも服装は役員を思わせるような黒のスーツだ。ただしそのスーツには土埃や泥の汚れが見える。


4.年配の男は教育係だろうか。ほとんど目線をもう1人から切らない。


何を目的としているのかは分からない。対話を試みるのは不可能だろう。

正気でいるように見せている狂人と理性のブレーキが壊れている者が、得体の知れない"奇妙"な奴らがこちらを何故か追いかけている。マーカスはその事実を認識するととても小さく息を吐いた。

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