道路
夕暮れの中をマーカスを乗せた車は進む。
『次の曲はこの夏大注目!!10年振りの新曲となった……』
ラジオからは季節外れの歌詞の音楽が聞こえてくる。夏だというのに真冬に恋人に振られたことを嘆いている。
「しまった。充電が中途半端だった」
この自動車の充電が完了していなかったことは失敗だったかもしれない。充電設備は他の安全地帯に行かなければないだろう。この荒廃した外の世界にそんなものが残っているとは思えない。
マーカスはこれからどこへ向かうのか本格的に考え始めなければならないことを悟った。
彼は大きなため息を着くと車を路肩に寄せた。そこで彼は唇を噛んだ。
「別に道路の真ん中でも構わなかったな」
首を振りながら彼は車から降りた。安全地帯を出てから20分ほどたった頃だった。
トランクをマーカスは開けるとほとんど何も無いその中で存在感を放っている黒のボストンバッグを引き寄せた。
舞ったホコリに顔を顰めながら彼はボストンバッグのファスナーを開け、タブレット端末とその充電器を取り出した。
「まだ動くかな?」
かなり旧式の端末の電源ボタンを長押しながら彼は呟いた。
端末は10秒ほど立って起動した。
車に戻ったマーカスはタブレット端末を充電しながら他の安全地帯へのルートを調べていた。
直線距離でも100kmは離れている所ばかりだ。しかし気にはしなかった。
「よし、ここにしよう」
148km先。山の麓付近に位置するかなり小さな安全地帯を目指して彼は車のアクセルを踏んだ。
段々と夕暮れが夜になっていく中で静けさの中をマーカスが運転する車は進んでいく。
その度になんの動物か判別のつかない者共のうめき声と言うのだろうか。はたまた興奮の現れだろうか。恐ろしくそれでいて美しさすら感じさせる叫びが嫌でもマーカスの耳に入る。
その声をかき消すために彼はラジオの音量を上げた。
『…最近テレビの繋がりもね、悪い時が多くなって。まあ、当たり前になってしまったんですがインターネットなんて更に繋がりにくくて。…また何か起きてるんだな世界中でって思いますね。……それはさておきそろそろ時間ですね。先週募集しておりましたこの暑い夏を乗り切る生活の知恵を紹介していきましょう……』
ラジオの音量こそ大きいがマーカスはまともに聞こうとはしていなかった。
正体の分からない者共の声さえ耳に入らなければいいのだ。
「今時誰がこの信号を守るってんだよ……」
目の前で青を点滅しながらも示している信号機を前にして彼はそう呟いた。
そして通過した後に彼は赤信号に変わらず消えたLEDの光を鼻で笑うとその先の倒壊した信号機のガラス片をタイヤが踏みしめるギリギリとした音を聞いてちょっとした安心を得ていた。
少し進んだところで、車は使われていない高速道路跡だった所へと進んだ。
瓦礫が散乱している所も目立つものの下道よりはマシだ。それに野生動物が飛び出してくる心配はまだ少ないだろう。
一直線の道路と古ぼけた標識だけのこの空間では野生動物の住処となりそうな隙間が極端に少ない。
もしタブレット端末が示しているルートが下道を通らなければならなかったとしてもマーカスはそうすることはなかっただろう。
「ああクソ。擦ったな」
車の下に軽い衝撃を受けてマーカスは舌打ちをした。バックミラーには石らしき物が写っている。
よく確認していなかったことを悔やみながら彼はアクセルを強く踏み込んだ。間もなく時速90kmに到達しそうだ。
高速道路に乗ってから30分ほどした頃。
マーカスはちょっとした異変に気がついた。
「後続車がいるのか?」
距離はかなり開いているが2台分のヘッドライトが見えた。
直線と言える物がなかなかないので定期敵にその光は見えなくなっては現れるを繰り返している。
マーカスはやや不安を覚えた。
こんな時間帯に安全地帯の外。それもかなり離れているこの高速道路を使用している者はどんな人物なのだろうかと。
後続車は段々とスピードを上げてきている。それに釣られるようにマーカスも更にスピードを上げる。
あっという間に時速110kmを3台は超えた。
しかしマーカスの後続の2台はそれだけでは終わらなかった。
1台は車線を変更するとそのままスピードを上げてマーカスの乗る車の斜め前につけた。
もう1台は車線こそ変更しなかったが車間距離をほとんど開けることなくピッタリと後ろにつけてきたのだ。
もしこの3台を見ている人がいるならば、異様な光景だと思うだろう。
ほぼ並走する形で進む3台の間隔は極めて狭く、中央のつまりはマーカスが操縦する車の挙動に合わせるように左右にずれて、スピードも落としたり上げたり。
マーカスは警戒体制に入っていた。
右手に拳銃を握って何時でもドア越しに発砲出来る準備を完了させている。
少しして斜め前を走行していた車がややスピードを落とした。
そしてマーカスの車に横付けするかのようにピッタリと平行に保つと段々とマーカスの方に寄り始めた。
幅寄せだ。
「なんなんだよこいつら」
マーカスは一気にアクセルを踏み込んだ。エンジンの音が大きくなる。
だがそれはマーカスの車だけではなかった。
間髪入れずに横と後ろ、2台がスピードを上げる。小石やらコンクリートの破片やら木材やら色々なものを巻き上げて。
そしてカーブに差し掛かった時だった。
後ろの車が突っ込んできた。
「おいマジかよ!」
擦れる音と共に車のタイヤが浮き上がる。
慌ててマーカスはアクセルを更に踏み込む。まもなく140にさしかかろうとしていた。
反動と共にマーカスの乗る車は地面に軽く叩きつけられた。
だがそれにより煽り運転を超越した後続車との距離が僅かではあるものの生まれたのだ。
「…っ…ひっ!?」
しかし今度は横に強い衝撃を受けた。強い金属同士が擦れる音が聞こえる。右側のバックミラーがどこかへ飛んで行った。
直ぐにマーカスは発砲した。
ガラスが割れ、2台の車がややスピードを落とした。
運転席には割れたガラス片が降り注いでいた。
「強盗か何か知らないが……」
マーカスは割れた窓から腕を伸ばして後ろに発砲した。当たったかどうかは気にしない。牽制になればいいと考えているのだ。
左側のバックミラーには1台。後ろから追突してきた1台が確認できる。ボンネットは凹み、フロントライトは割れている。この様子ではトランク部分は使い物にならないかもなとマーカスは思った。振り向く気にはなれなかったが。
「修理なんて出来やしないのに」
スピードは段々と落ちてきている。やはりダメージがあったのだ。
そして2台目のフロントライトがバックミラーに一瞬だけ映りこんだ。