6 青春と謀略の交錯
青かった空が赤く色付いていた。波の影も濃くなっている。
その光景を堤防越しに眺めながら、春平たちがホテルの玄関に到着し、そこからロビーへ入った。
「おぉ! 春平!」
志紀が小走りで寄ってきた。
「お前、どこ行ってたん?」
「ちょっと用事で、神社へ行ってたけど……」
「スマホ、忘れていったんか?」
「え?」
春平がポケットから携帯端末を取りだすと、履歴のアイコンが付いていた。
「あ~…… すまん。気付かんかったわ……」
「まぁええわ、ちょっとお願いあんねん。悪いけど明の部屋まで来て」
「お、おい──」
「頼むで~!」
志紀が階段の方へ消えていったのを、春平は溜息まじりに見送っていた。
「なんや、せわしないなぁ~……」
「行っちゃりなぁ、春平君」と、後ろにいる冬樹が言った。
「なんか急ぎの用なんやろう」
「どうせまた、けったいなこと考えてんのとちゃいますか?」
「そういうのも楽しみの一つやろう? 早う行っちゃり」
「せやけど、どうしましょうかコレ……」
春平が紙袋をひょいと掲げた。
「明の部屋って、三階なんですよねぇ……」
「預かっとこか?」
皐月が手を差しのべつつ言った。
ほんの少し考えた春平が、
「せやな…… お願いしよかな」
と言って、皐月に紙袋を渡した。自分も彼女も部屋が同じ二階だから、色々な手間が無くなる、と考えてのことだった。
「用事おわったら、すぐ取りに行くわ」
「は~い、待ってらよ~」
皐月が手を振った。秋恵は手を振っていないけれど、頬笑んでいた。
「良かったなぁ」と冬樹。「皐月ちゃんと秋恵ちゃんの部屋へ行く口実が出来たやん」
「どうしてもそっち路線へ持っていきたいんですね、部長」
「あ、ほらほら、志紀君が待ってんで? 早う行っちゃりなさい」
全くこの人は…… と思いながら、志紀が待つ、明の部屋へと向かった。
一方、春平が階段をあがっている頃、一台の黒い車が海岸沿いの道を走っていた。
車の助手席でタバコを呑んでいたサチコが、流れる景色を横目で見つつ、
「本当にうまくいくんでしょうね……?」と言った。うっすら窓ガラスに映る彼女の顔は、やはり不機嫌そうであった。
「取引不成立だったら、売却も間に合わない。そうなったら……」
「分かってる。あいつらは大人しく待っているような、お行儀のいい連中では無いからな」
運転しながら、ルームミラーへ視線をやった男性――タカシが言った。
ルームミラーには、ガラスケースに入った日本人形が映っている。ただし、その人形は一風変わった姿と格好をしていた。
まず巫女の衣装をまとっていて、雛人形のごとく正座した姿勢になっている。さらに、大きな鏡を支えるように手を差し出していた。
その鏡は見るからに古く、鏡面はくすんでいて、正座姿の巫女人形とほぼ同じ大きさがあった。それに厚みもあって、背面に奇妙な紋様が入っている。
「そもそも、あの骨董品だって本当に、支払った額よりも高額になるとは限らないのに」
「いや、それは大丈夫だ。いくつかは間違いなく売れるし、他のも本物だったら相当な金額になるはずだ。アレをすぐさま買えた俺たちは運がいいぞ」
「本当にそうだったらいいんだけど……」
「とにかくホテルへ戻ろう。必要なソフトをダウンロードしないと、話が始まらない」
「バレない?」
「出品も代理してもらった人間だし、連絡もまさかのメール経由だった。碌にパソコンも触れないような人間だろう。
画像ファイルも代理人が確認するんじゃなくて、そういう機械音痴の人間が、スマホで確認するに決まってる…… 多少、荒い画像だったとしても問題ないだろう」
「神社に確認されたらどうするの?」
「一々、個別にそんなこと確認するようなことはしないだろう。個人情報がどうたらと言って断るはずだ」
「それもそうね。融通のきかない連中の集まりだし……」
「今必要なのは、青色の大きな布か紙だ。それで撮影して、合成すればいい」
「で、余った人形はどうするの?」
「帰りにその辺へ捨てればいいさ。せっかくだから、他のいらない物も、お膝元に奉納しといてやろう。それならお前も納得だろ?」
サチコの口角があがっていた。




