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人形の夢 ~幼馴染みから託された人形と、部活の後輩が入れ替わってるんだけど?~  作者: 暁明音


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50 ヒトカタならぬ

 春平が最後のたこ焼きを平らげ、水の入ったコップを口にした。

 一方、夏美はすでに食べ終わっていて、コップの中もカラっぽであった。


「ごちそうさま」春平がコップを置いて両手をあわせる。「腹ごなしにちょっと歩こか」

「うん」



 外には、たくさんの人々が往来していて、マユとその母親らしき姿はどこにも見当たらなかったし、いても気付きそうに無かった。


 夏美が静かな場所で話をしたいと言ったから、春平は日本橋にある公園まで歩くことにした。


 彼からすれば、別に話すことなんて何も無かったけれど、夏美の目的は達成されているし、そうすると、じきに彼女と別れることになる。


 予定とはだいぶ違った展開になってしまったけれど、秋恵の体を返してもらう条件は整っているから、あとは冬樹と合流して自分の下宿先へ戻れば、全てが終わる。


 そんな考えもあって、要するに冬樹と合流するまでの暇つぶしとして、春平は彼女の要求に応えたのだった。



 公園までの道中、二人のあいだに会話が無かった。

 やっと喋ったのは春平からで、公園に到着して早々、


「あそこに座るか」


 と言うものであった。


 夏美がうなずくから、二人は長ベンチに腰掛けた。

 滑り台のある場所に子供とその両親がいて、フェンスのすぐ向こう側にある学校の運動場では、運動部員の走る姿があった。


 公園の左側に目をやると、大きな(くすのき)が一本あり、それを囲むように()(だん)もあった。

 一本も、花は咲いていない。草ばかりである。


「ここなら、ゆっくり話せるやろ?」


 春平が夏美の横顔を見た。


「話をするには打って付けの場所ね」と夏美。

「まぁ、あれや……」


 春平がそう言いつつ、遊ぶ子供たちに視線を向けた。


「マユちゃんは結構、正直というか…… ハッキリ言うタイプやさけ」

「そうだね」


 夏美が素っ気なく、()(にん)(ごと)のように言った。

 やれやれと春平は思いつつ、「何はともあれ……」と言った。


「これでええやろ? 予定とは違ったけど、マユちゃんと(はな)したんやし…… 約束、守ってや?」

「本当にビックリしてたよね、シュンちゃん」

「そらそうやろ。いきなり、あんな場所で……」

「やっぱり(だま)してたんだ」


 夏美が目付きを鋭くし、不意打ちを食らわせた。

 春平は言い返せず、そっぽを向く。


誤魔化(ごまか)さないでよ」

「せやけど、何がなんでも会わせやんって言うわけでも無かったんやで?」

「本当に?」

「お前がほら…… 意固地(いこじ)にどんな目的もってるんか話してくれやんかったからさ」

「まっ、いいけどね。過ぎたことだし」


 夏美が花壇の楠を見上げて言った。

 何を見ているのか気になった春平は、彼女の視線をたどる。

 楠は特に変わったところも無く、大きな(みき)から伸びている枝と、そこから()えている瑞々(みずみず)しい葉があるだけだった。


 その葉に(せみ)の抜け(がら)がくっ付いているのを見つけると、待っていたと言わんばかりに、蝉がけたたましく鳴き始めた。


()れ夏と

  い()その日より ()(ごと)

    空蝉(うつせみ)(ひと)の 情つくらむ……」


「えっ?」


 夏美と春平が、ほぼ同時に目を合わせた。

 夏美はどこか近付き(がた)い、超然とした雰囲気(ふんいき)(かも)しだしている。

 春平は、彼女と神社で会ったときのように気圧(けお)されていた。


京都(きょうと)へ行ったときに見た絵巻、覚えてる? あれに載ってた短歌をもじってみたの。どうかな?」

「どうって……」


 おそらく、秋恵の記憶を使ったに違いない。部員たちと京都の大学へ行ったことがあるからだ。

 春平がそのことを言おうかどうか迷っているうちに、夏美が正面を向いた。

 相変わらず(せみ)がミンミン、ジージー、鳴きあかしている。


「私は私自身の体でマユちゃんと話したかったな……」


 急にどうしたんだと言いた()に、春平は不可解そうな顔をしていた。


「そうすれば、()()()支配されることも無かったのに……」


 夏美がポケットをまさぐる。

 出てきたのはカッターナイフだった。

 春平が急いで立ちあがる。


「お前、やっぱり……!」

「私、不完全なのよね…… むしろ、不完全な物の中にいるって言うか」


 夏美がカッターナイフの刃を出したり戻したりしていた。

 春平はそれを見つめつつ、警戒して身構えている。


「シュンちゃん、早く座ったら? 怪しまれるよ?」

「ど……! どっちが怪しいと思ってんねんッ!」

「あ、そっか。ごめんごめん」


 そう言って苦笑った夏美が、カッターナイフを、春平が座っていたところに置いた。


「これでいいでしょ?」と、カッターナイフから手を離す。

「良くないわッ! なんでそんなこと考えたッ!」

「とりあえず、それ取っておいたら? その方がシュンちゃんも安心するでしょ?」

「悪いけど、あとにすら……」と、春平が目を鋭くする。反対に、夏美は柔らかく頬笑(ほほえ)んでいた。


「ほんと、シュンちゃんって怖がりなんだから」

「用心深いって言うてくれ。──どこで用意した?」

()()だっけ? そこにいるとき、部長さんの(かばん)の中からくすねたの」

「あの(かばん)か……」


 春平の言うあの(かばん)とは、友ヶ島に行ったとき、冬樹が背負っていたリュックサックのことだった。

 フェンス向こうの歩道を行きかう人々が通りすぎるのを待ってから、


「なんで殺そうと思った?」と続けた。「やっぱり恨みか?」

「捨てられるってどんな気持ちだと思う?」


 春平は答えなかった。


「まっ、人間だったら『取捨選択』とか『断捨離』って言う便利な言葉を使うから、余計に分からないよね。もしくは、ハッキリしてて当たり前って感じるのかな?」


「人間かて──……」とまで言って、言葉を切った。

「じゃあ、自分の子供がいたとして、その子供を捨てるときってどんな気分だと思う?」

「そんなことせぇへんわ」

「なんで?」


「自分の子供を捨てるなんて、あり得へん」

「どうしてあり得ないの?」

「自分の子供やぞ?」

「自分の持ち物という点では変わらないよね?」

「持ち物と子供は別やろ」


「何がどう違うの?」

「人形のお前には分からん」

「なんで分からないって思うの?」

「質問ばっかりして逃げてんな。お前はなんで、自分で考えやんの?」

「じゃあ、どうして女の子は人形あそびをすると思う?」


 また話が急転したから、春平が(いら)立ちながら警戒した。


「いい加減、座った方がいいんじゃない? みんな見てるよ?」


 夏美の視線の先には、遠方にいる子供たちとその親がいた。

 その人たちが、時折こちらを見ているのを確認した春平は、カッターナイフを拾いあげ、夏美と距離を取って座った。


「人形はね、シュンちゃん」


 いきなり、夏美が言った。


「赤ちゃんの一種なの」

「は?」


 突然の言葉に、春平は理解不能だということを隠そうともしなかった。


「赤ちゃんと同じなのよ、女の子にとって。

 人形あそびはそのまま、赤ん坊の子育てと似通(にかよ)ってるの。だから人形あそびは、女の子にとって、子育てのそれと変わらないんじゃないかな?」


「どこがやねん。人形と人間は全くちゃうもんやろ」

「そう、決定的に違うところがある。形式的だろうが法的だろうが、思いどおりになるか、ならないかって違いが」


 夏美が春平を見て、そう言った。

 春平は自然とカッターナイフを握りしめている。

 彼女の視線が、態度が、あまりにも人形みたいだったからだ。


「人形は愛護動物と同じで、人間に対して何も抵抗できないし、そうしない。だから、持ち主の感情一つでどうにでもなる。

 ()()がってみたり、語りかけてみたり、傷付けてみたり……」


 春平は(くちびる)を真一文字にしていた。眉根も寄って、シワが出来ている。


「人形も動物も、必要ないときに来られたら困るでしょ? 飽きたら捨てに行くでしょ? それは赤ん坊も同じなの。

 ただ、動物と赤ん坊は生き物だから、死ぬまで面倒を見るって言う義務感とか法的な拘束が生じるけど、人形は違う。永久に残るから。

 その違いで余計、浮き彫りになる……

 人形で遊んだり飾ったりするときって、他人が邪魔なの。独りで遊ばなきゃならないの。

 独りで遊びながら、その人形と女の子に人間関係みたいなのが作られる必要があるの。──たとえるなら、人間以外の動物に接するときの子供と同じね」


 春平はあからさまに納得しかねると言った態度でいたが、それでも黙っていた。夏美がどんどん言葉を吐きだしていたからだ。


「でも」と夏美。「一方的なのよね、人形との関係って。そりゃあ一方的よね、独りなのに関係が生まれるなんて矛盾(むじゅん)してるもの。


 露骨に一方的だから、向こうから一方的に破棄も出来ちゃうの。ちょうど、いらなくなったからって理由で飼ってた動物を捨てたり、保健所で処分したりするのと同じで。──赤ん坊は違うけど」


「さすがに赤ん坊は処分できるところなんか無いわな」

「育てられないって考えて、ポストに入れることはあるんでしょ? さっき行った本屋さんの本に、そういう福祉システムのこと書いてあった。


 場合によっては犬や猫、人形や芸術品よりも価値が低いもんね、赤ん坊って。だから便所に捨てられることもあるじゃない。週刊誌ってヤツに載ってた」


「最後のはただの殺人で、ポストに話には色々と事情ってモンがあるやろ……!」

「事情という点を切り出すんだったら、その条件は全ての存在と同じじゃない。大なり小なり、()()()()()()()()()()()()()()()


 春平は不快そうな顔で口を開いた。しかし、感情の高まりが強かったせいか、全てを言葉に変換できず、結果的に押しだまってしまった。


「嫌そうな目で私を見てるけどね、シュンちゃん。私は一種の鏡なの。

 あなたは私の言葉に嫌悪(けんお)感を持ってるけど、それって結局は私を通して見ている、自分自身の姿なんだよ?」

「僕は女の子ちゃうけどな」


 少し語気を強めて、春平が言った。そうして、話し続けた。


「そういう本性があるって理屈はよく分かった。

 けどな、そんな理由でマユちゃんをコイツで殺そうとしたって言うんやったら、最初に僕が言うてたことと変わらん。

 よくある、恨み(つら)みが原因で殺意に目覚めたってヤツやわ。


 せやから、お前は人形やのうて僕らと同じ人間や。

 お前を通して見る、自分自身の姿っちゅうんは同意するけどな、それってつまり、お前を見てるわけやから…… 結局はお前自身が、さっきから並べてるご託そのものってことなんちゃうんか?」


「これは(ふく)(しゅう)じゃなくて『救い』」

「ハァ?」と、声が裏返る春平。


「これはね、人形の本能…… なのかな? とにかく、これだけは言える。

 本当の本当に大切だと思ってるなら、絶対に──そう、神に誓って、(うそ)偽りなく絶対に、()()()()()()()()

 そうでしょ?

 執着する生き物が、なんで手放すの?


 それこそ『子供を手放す母親』と同じよ。

 人間には強力な執着心と所有欲があるから、しぶとく生き残ったり繁栄したり出来たんじゃないの?

 人形を捨てるって言うと、『(のろ)い』とか『世間体(せけんてい)』があるって、色々な理由を付けて正当化してるだけじゃない。


 純金で出来た一億円の人形を、数千円で供養する人っているの? 処分するなら骨董屋とかに持っていってお金に換金するんじゃないの?

 文化価値があるって言うなら、博物館で箱入り娘になるんじゃないの? その辺の人間よりも貨幣価値が高くならない?


 そうやって換金したり所有欲を満たすために所有するって、結局は大切だと思ってるわけじゃない、ってことでしょ? 


 ――一緒にいられない悲しさって二つある。


 その一つが捨てる悲しさだけど、それって裏返してみれば、『邪魔』って言う言葉がくっ付いてるんじゃないの?

 だから、そうじゃない方の、もう一方の悲しさを持っている人は、たった一つの行動しかしないんじゃない?」


「なんや、それ」と、真顔で尋ねた。

心中(しんじゅう)

「は?」


「本当の本当に大切で、独りでいるのが怖くて、離れられないからこそ、一緒に居続ける…… 一方が生きて、一方が死んだままなんてあり得ない。離れるなんてあり得ない。手放すなんて(もつ)ての(ほか)よ。

 執着があるから、人はこの世で生きていられるんだし、こういうのが所謂(いわゆる)、理屈抜きの情って性質じゃないの?


 シュンちゃんからすれば、人形はそういう対象でも、そういう存在でも無いんでしょ? だから簡単に関係を切ったり、捨てたり出来るんじゃないの?」


「理屈ぬきのクセに、えらい理屈ならべとるな」

「男の人って、理屈ならべないと分かってくれないんでしょ?」


「要は、人形ってもんは鬱陶(うっとう)しい虫みたいなもんで、『構ってちゃん』ってことやろ? 他人のことも考えやん、独善的な自己中で、自立も何も出来てへんってことやろ?

 せやけどな、興味も無いのに、なんでそこまで付きあってやらんとアカンねん。


 人形はな、赤子や犬猫と(ちご)うて『オモチャ』なんや。

 オモチャの役目を終えたら(てん)寿(じゅ)を全うしたに等しいんやさけ、成仏させんのが普通なんや。捨てるって言うより、成仏に近いやろ」


「つまり、私を無縁仏に葬るようマユちゃんから指示された存在がシュンちゃんってこと? それとも(うば)捨て山の方があってる?」


「なんでそうなんねんッ! いい加減にしろやッ!!」と、春平が椅子(いす)を叩いた。


 しかし、夏美は全く動じていない。

 討論好きがする薄汚い笑みを浮かべるわけでもなく、神社にいたときと同じ、超然とした態度でいた。


天寿(てんじゅ)を全うしたって言うなら」と、彼女が静かに言った。「その持ち主──近親者がいるのに、その人に埋葬されず、他人に埋葬を依頼したってことじゃない。


 それも、適当な神社へ適当に預けるんだもん。

 シュンちゃんの言うことが正しいなら、私の言ってることも間違ってないと思うんだけど?」


(らち)あかんわ、ホンマ……」と、そっぽ向く春平。

「でしょうね。私、多分だけど人間になりつつあるから」


 春平は答えなかった。しかし夏美は構わずに、「そのせいかな……」と続けた。


「なぜか、自分が持っていた使命が使命じゃないって気がしてきて、マユちゃんに会ったときも単純に話を聞いて、どれだけ成長したのか見てみたいって気持ちだけだった……


 もしかすると、そっちが元々持っていた私の本当の気持ちだったのかもしれない…… ううん、それが本当の気持ちだったのよ」


 そう言って、夏美が膝元に置いてあった両手を返し、その手の平をジッと眺めた。それを春平が、横目で警戒しつつ見ている。


「人形としての記憶、感覚が残ってるのに…… それとは別のモノとして、何かが変わり続けてる…… 私が、変わり続けてる」

「人間になりつつあるんやったら、そら、変わり続けるわな」

「そうなの?」と、春平を見やる夏美。


「生き物は良くも悪くも変化する宿命、背負ってんねん。無機物の人形とはそこが決定的に違うわ」

「シュンちゃんは常に変化し続けてるって実感、あるの?」

「そらあるわ。月日がたてば、イヤでも実感すら」


「それって『月日』とか言う数字で変化を読み取ってるだけでしょ? 私は()()()()()()いてるの。

 変化を変化として実感したり体感できてる?

 肉体が衰えたとか、年齢とか、そう言う定量的な客観視じゃなくって」


「くどいなぁ……

 大学いってんのに、変化を実感しやんワケないやろ。現に、実家には住んでへん。ちょくちょく帰ることはあるけど、それくらいや」

「シュンちゃんは、マユちゃんともう会えなくなってもいいと思ってる?」


「またマユちゃんか……」と、(ため)息をつく。

「変化を実感してるなら、どうしてマユちゃんを(いま)だに好きなの? 他の人を好きになったりしないの?」

「お前には関係ないやん」

「マユちゃんが遠くへ行くのに、それでもずっと好きだって思い続けるの? そのことを伝えないのはどうして?」


「は……?」

「どうして今の今まで、好きって言わなかったの?」

「いきなりなんやねん」


「マユちゃん、もう戻ってこないよ」

「引っ越しの話しか? それやったらお前の想像とちゃうぞ? 実家は引っ越ししたりするワケちゃうんやし」

「もう、実家に戻る必要性が無くなったって発想は無いの?」


 春平が眉をひそめた。

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