4 海岸沿い
四人がホテルを出て、堤防沿いの道を歩きはじめた。車の姿は無い。
堤防の向こう側には海と島の影と、小さな貨物船の姿がある。しばらく歩くと、磯辺から、消波ブロックが転がっている浜辺へと景観が変わった。
ブロックが浜辺にたくさん転がっているのは、港の手前だからという理由か、山手に民家が多いからなのか、とにかく春平は景観が悪いなと思った。
だから自然と反対側の、山肌が続く田倉崎方面を見やる。海は水平線と船影だけで、少し空が赤らんできているように見える。
「あっちの方やで~」
そう言った皐月が、先導するように歩きはじめた。
「先輩」と、秋恵が春平に言った。「その紙袋、何が入ってるんです?」
春平が前を向く。
「ああ、これ?」
「エッチぃヤツか?」
「ちゃいますよ!」
春平が息を荒くして、冬樹をにらんでいた。冬樹はと言うと、ひょうひょうとした態度で笑っている。
「そんな過剰に反応せんでもええやろう? もう二十歳なんやから」
「二十歳とそれと、なんの関係あるんですか……!」
「まぁあれや、秋恵ちゃん」
冬樹の唐突な振りに、秋恵が肩をビクつかせて「はい」と返事した。
「神社に着いたらすぐ分から、それまで楽しみにしとき。──なぁ? 春平君」
「なんか、そんな言い方されると誤解を与えたままになりそうなんで、やめてください。大体、秘密にしておくようなもんでも無いですよ。これは──」
「ええやん」と、先頭を行く皐月が振りかえった。「ウチも楽しみにしておきたいさけ、黙っててよ」
「変なもんちゃうからな?」
「分かってる分かってる」
春平が秋恵を見た。彼女は明らかに誤魔化し笑いをしていた。そのせいか、春平の気持ちは晴れなかった。
しばらく歩くと、右手側に青銅色の瓦が乗った、赤枠で囲われた白い壁が見えてくる。
「この中が神社なんか?」
春平が皐月に向かって言うと、彼女はうなずいて「ここ、駐車場ちゃうかな」と言った。
「ほな、ここから中へ行けるんちゃうか?」
「春平君」
覗き込むように駐車場へ歩きだす春平を、冬樹が引き止めた。
「せっかくやし、鳥居から入ろう」
「え? でも、こっからの方が早いんとちゃいます?」
「逆に遠回りかもしれへんやろ? それに、神社は鳥居くぐって入るもんやで。家でも裏口から入ったりせぇへんやろ?」
それもそうかと春平は思って、冬樹たちのいる左車線の端へと戻った。
紅白の壁を通りすぎていくと、今度は古すぎて廃墟と間違えそうな観光センターのビルと、自動販売機の列が見えてくる。さらに歩くと、朱色の柱が見えてきた。
「部長、あれ鳥居ちゃいます?」
「まごうことなく鳥居やな」
くぐると、左手に売店と食堂があった。サザエやら海苔やら工芸品やらが置いてあって、中で何か食べられるような施設らしい。
春平はどんな食べ物が置いてあるのか興味があったけれど、まぁいいかと前を向く。
しばらくして、二本目の鳥居が見えてきた。
「へぇ」と関心する春平。「田舎の神社やから狭いと思ってたけど、案外、広いんやなぁ」
「それは偏見っちゅうもんやで。──なぁ、秋恵ちゃん」
「えっ! あの、そう、ですね…… 多分」
「部長」と皐月。「秋恵ちゃんを困らせやんといてください」
「すまん、すまん」
やっぱり悪そびれた様子を見せない冬樹。
春平はやれやれと言わんばかりの顔で、前を向いて歩きはじめた。
間も無く二つ目の鳥居の近くに来る。一つ目よりも朱色がくすんでいて古そうだった。
鳥居をくぐってすぐに椿か何かによって作られた草木の壁があり、草木の壁の中に石碑が埋まっていた。
「これ、なんて詠むか分かります?」
皐月が石碑の前に駆けよって、振りむき様に尋ねた。
「え~っと、何々……」
冬樹が前屈みになって黙読を始める。
「『明るさに、耐えている顔、流し雛』」
独り言のように春平が読みあげると、隣の皐月が、
「ウチは顔耐えているって詠んでもたんやけど…… ちゃうんかな?」と言った。
「秋恵ちゃんはどう詠んだ?」
「えっと…… あたしも顔耐えているって詠みました」
「う~ん……」と、両腕を組む春平。「それやとなんか、しっくりこうへんなぁ……」
「そもそも」と皐月。「この顔って文字の位置が変にズレてるから、ややこしいんよね」
冬樹が背筋を伸ばして、
「まぁ、どっちゃでもええんとちゃうか?」と言った。「ひょっとしたら、この冬一郎さんって方が、両方でってことで作ったんかもしれへんし」
そう言って冬樹が歩きだす。
春平たちも彼に合わせて歩を進めた。
進行方向の左手には宝物殿があり、少し先へ進むと『浄火』と書かれた石碑があった。すぐ隣に焼却炉のようなものがあるから、そこで古いお守りなんかを燃やしているのだろう。
焼却炉を右手に進むと階段が見えてくる。そこをあがっていくと、大きな社殿が現れた。
社殿の両脇には市松人形やら日本人形やらがズラリと並び、社殿の中にはたくさんの雛人形がまつられていた。
「こらぁ壮観やな」と冬樹。
「そこら中にみっちり、人形があるんかと思うてたんやけど、案外すくないんですね」と春平。
「あっちの方にもようさん人形あったで。招き猫とかカエルとか、カワイイやつ」と指差す皐月。
「ん?」
春平が、後ろの方で引っ込んでいる秋恵を見た。
「どないしたん?」
「あの…… まさかこの神社、こういう感じのところなんですか……?」
「大丈夫、大丈夫」と冬樹が笑った。「ここは神様のお膝元やで? 妙なことする人形なんかおらへんよ」
「で、でも……」
「そっか~」と皐月。顔がニヤけていた。「実はね秋恵ちゃん。この神社って昔、テレビとか雑誌が何回も取りあげるほどの心霊スポットとして──」
「やめてください先輩!」と、ますます困り顔になる秋恵。
「あ、ちょっと待っててください」春平が遮った。「これ渡してくるんで」
紙袋を掲げると、冬樹が手の平へ小指球を打っていた。
「そうやった、そうやった。それがなんなのか見せてもらわんとな」
「ほな、あそこで見せますわ」
春平が右手奥の方にある授与所を見やった。
「多分、あそこが僕の目的地やと思うんで」