表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形の夢 ~幼馴染みから託された人形と、部活の後輩が入れ替わってるんだけど?~  作者: 暁明音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/69

33 復讐するは我にあり

 ホテルから外へ出た夏美が、堤防沿いの道路に出て、目の前にある堤防に手をついた。


 月明かりが無いから真っ黒である。

 対岸の島の方にいくつか光の点があるものの、その程度の光では到底、海の水面(みなも)を明るくすることは出来そうに無かった。


 港の方角から、一定の周期で光の棒が横向きに、くるくると回っている。

 夏美はその光の回転を見ていた。そしておもむろに、そちらへ向かって歩き始めた。


「待って待って、夏美ちゃん」


 冬樹がそう言って、彼女の前へ回りこむようにして進路を遮る。


「どいてよ!」

「どかん」

「部長さんには関係ないでしょッ!」


「関係あるかないか、君の話を聞いてから決めら」

「私、何もやってないもん!」

「まぁ…… とにかく話してよ。何あったんか」


「嫌だ。どうせ私が悪いって言うに決まってるもん」

「ほな、自分が悪いって自覚があるんやね?」

「私は全ッ然、悪くないッ!」


「ほな、話してよ。秋恵ちゃんが悪いんやろ? 叱っとくさけ事情おしえて」

「──あの人も悪くない」と、威勢が衰えた。

「なんや、えらいややこしい感じやなぁ」とほほむ冬樹。


 夏美が伏せ目になったから、冬樹は彼女との距離を少し縮め、


「とりあえず話、聞かせてよ」


 と言いながら、堤防に背中を預けた。

 夏美は膨れっ(つら)のまま冬樹を見ている。彼は、夜空を見上げたまま目を合わせようともしなかった。それで夏美が、膨れっ(つら)のまま彼の(となり)へ行き、堤防の壁へ背中をもたせかけた。


「さてと……」


 冬樹が言った。


「何があったんよ、夏美ちゃん」


 今度は夏美が、夜空を見上げていた。

 星の姿はどこにもない。夜の海と同じ色だった。


「──ドキドキしたの」

「何にドキドキしたん?」

「どうしよっかな~。話すと、秋恵さんと取りひき出来なくなっちゃうし……」

「――なるほど、そういうことか」


 冬樹の答えが意外だったのか、夏美が怪訝(けげん)そうに彼を見て、


「何が、なるほどなの?」と問うた。

()いた()れたの話なんやろ?」

「何それ?」

「誰かを好きとか愛してる、とかやね」


 夏美が黙った。

 冬樹は穏和に笑って、


「それをエサに、取引(とりひき)でも持ちかけたんか?」と、彼女を見やった。

「そりゃ、私も少し言いすぎたかもしれないけど……」


 夏美が不服そうに言った。


「あそこまで怒らなくてもいいと思うの。それに、私の|体を『こんなもの』って言ったのよ?」

「今回は夏美ちゃんが悪いんちゃうかな? やっぱり」


 やはり納得いかないような表情をしている。


「夏美ちゃんは、マユちゃんに会いたいんよな?」

「ずっとそう言ってるじゃない」


「ほな、なんで人形の姿で会おうとせぇへんの? 秋恵ちゃんは人形の姿やけど、(しゃべ)れてるやん? しかも動いてるし…… なんで、君は人形に戻って動いたり(しゃべ)ろうとせぇへんの?」


「人形が動いて(しゃべ)ったら、驚いて話を聞くどころじゃないでしょ?」

「ほんまにそれだけか?」


 夏美は答えなかった。視線も合わせなかった。


「僕はな、夏美ちゃん」と、構わず彼は言った。「君が幽霊やのうて、人形から芽ばえた魂やと本気で思ってんるやで? なんでか分かるか?」


「さぁ?」

「君は、秋恵ちゃんの体が無いと維持できやん存在やから…… そうちゃうか?」


「そんなことない」

「ほな、人形に戻ると(しゃべ)ることが出来んようになってまうから、こないアホな取引(とりひき)を持ちかけてまで、その体から抜けずにマユちゃんと会いたがってる…… そうとちゃうか?」


 黙ったままである。


「当たりか?」

「だいぶハズレてる」

「ほな、ちょっとは当たり?」


 また黙った。だから、冬樹は「夏美ちゃん」と続けた。


「一日に何回も嫌かもしれへんけど、秋恵ちゃんに謝り。それが人間の持つ言葉の、ホンマの使い方やで」

「マユちゃんは言葉の使い方、分かってないってことになるの?」


 冬樹が珍しく驚いた。そしてすぐに、


「ちょっと、()いてもええかな?」と言うと、

「答えたくない」と言われた。

「ほな、僕の話を聞いてて」

「嫌だ」

「君はマユちゃんの人形やったわけやんな?」


 夏美が堤防から背中を離した。


「マユちゃんをず~っと見てきた」


 冬樹はお構いなしに話を続ける。


「それやのに、彼女は春平君に供養を頼んだ。ホンマはマユちゃんに供養してもらいたかったのに」


 夏美が冬樹の目の前に立ち、


「全ッ然、違う!」と両手を腰に当てて、堂々と言った。

「全然?」

「全ッ然よ、全ッ然」

「ほな、なんでマユちゃんにこだわるん?」

(ふく)(しゅう)するの」


 冬樹が目を細め、夏美をジッと注視する。

 彼女の瞳が、外灯の光を弾いてうるんでいるように見えた。


(ふく)(しゅう)って、具体的にどんなことするつもりなん?」

「具体的って?」

「夏美ちゃんは持ち主であったマユちゃんに恨みがある。それで、ふくしゅうしちゃりたいってことなんやろ?」


「恨みって言うか……」

「ちゃうんか?」

「部長さんはどうして、私が恨んでるって思ったの?」

「そら、情で考えたんや。捨てられた恨みとか」

「どうして捨てたと思う?」


「それは……」言葉を切ってから続けた。「僕には分からんけど、なんか理由あったんとちゃうか?」

「言い方、悪かったかも。どうして捨て()と思う?」

「…………」

「人間には優先順位みたいなものがあるみたいね」


 唐突に、夏美が言った。不敵に笑みを浮かべている。

 さすがの冬樹も返しを思いつかないようで、夏美が続きを話しだした。


「部長さんはさっき私のこと、幽霊じゃなくて人形から芽生えた魂だって言ったよね?」


「言うたね」

「人形にはそんなもの、存在しない。むしろ、人間にも魂や精神なんて存在しない。あなた(たち)が勝手にあると思ってるだけ」

「そうなんか?」


「魂なんて聞こえはいいけど、(しょ)(せん)は説明できないことに対する隠れ(みの)…… ベールみたいなものよ。

 感情や体感を(おお)()()に表現してるだけ。そこに気付けば、魂の価格も純金から金メッキに大暴落するはず」

「まぁ、魂は実際のところ金メッキかもしれへんわな」


 そう言って冬樹の口角が上がった。


「僕は金メッキでも(しん)(ちゅう)でも、それが魂…… あるいは精神やったら、それでええわ。

 むしろ純金やと、ホンマに高価で、高値(たかね)で、まやかしと(うそ)っぽく見える。あんまりにも神々しすぎるさけな。せやから昔から、土地と同じレベルで争いの種になるんかもな」


「大地に敵意の種をまく……

 害悪の(かたまり)なのよ、精神とか魂なんて。錬金術で作られた(うそ)っぱちの金なんだから」


「そうなると、錬金の()()となってる賢者の石が、偽物(メッキ)を産むのか本物(純金)を産むのか、それが大きな問題になるかもしれへんね。それで賢者の石を()(がた)がるか、石コロと見なすかが決まってくるかもしれへん」


「もういい」


 夏美がそっぽ向いた。


「部長さんと話してると、頭がおかしくなってくる」

「よう言われら」

「そうでしょうね」

「──戻らんか?」


 案の定、彼女は口をつぐんでいる。


「僕も一緒に謝るさけ、戻ろら」

「一緒に? なんで?」

「僕も春平君も一回、謝っておきたいことあるんよ」


 こう言って、冬樹は両手で堤防を押し、その反動で体を堤防から離した。


「行こら、夏美ちゃん」


 振りかえり様に冬樹が言った。笑顔だった。

 夏美は顔を横へ向け、


「近いんだけど……」


 と、ぶっきらぼうに文句を言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ