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3 淡島神社へ

 昼下がりの夕暮れ前。


 海から帰ってきた春平は、宿泊しているホテルの自室で荷物整理をしていた。そこへノックの音が入ったから、春平が「は~い」と返事し、扉の前へ向かう。


「あれ? 秋恵(あきえ)ちゃん?」


 春平の目の前に立っている小柄な女性が、頬笑(ほほえ)みながら目礼していた。


 髪は黒く、セミショートほどの長さで、服装は夏場の合宿に見合った、非常に簡素で地味なものだった。


「どないしたん?」

「これ、前に言うてたヤツです」


 そう言って、彼女が持っていた物を差しだしてきた。──ゲームソフトだ。


「あ、そうか。合宿のときに借りるって言うてたね、そう言えば……」

「面白いんで、ぜひやってみてください」

「ありがとうね。少しのあいだ借りら」


 春平が秋恵からゲームソフトを受けとると、


「秋恵ちゃん、今日の演奏どうやった?」と、尋ねた。

「あ、あたしですか?」

「うまくいった?」


「あたしは……」と、うつむく秋恵。「うまくいかなかったです…… やっぱり今回の曲、難しかったですよね」


「まぁ、僕は大ポカかましたからなぁ…… ちょっと集中力、欠けてたわ」


 春平が自虐気味にこう言うけれど、秋恵はなんと答えてよいのか分からない様子であった。


「ま、なんにせよ終わって良かった」

「そうですね……」

「これ、クリアするのに、どれくらい掛かった?」


 春平が手に持っていたゲームソフトをかざしつつ言った。それで秋恵が安心したのか、表情がうんと緩み、ほとんどゲームをしない自分でも楽しく遊べたと答えた。


 その後、少しのあいだ彼女とお(しゃべ)りをした春平は、また夕食で会おうと告げて扉を閉めた。そして、外箱(パッケージ)に描かれた絵や宣伝文句などを読みつつ荷物のところへ戻って、(かばん)を開き、傷が付かないようビニール袋に包んでから収めた。


 それから楽器の入った専用ケースをベッドのきわへ置き、衣類などを|鞄へ入れていると、側に置いてある紙袋に目がまった。


「あ……」


 口をあけた春平の顔が、段々と渋くなっていく。


「やってもうた……」


 そう言って(ため)息をつき、窓を眺めた。

 空は薄ら青く、その彩りを邪魔しないような薄雲が流れている。

 時計へ目をやった。

 ちょうど、一五時四五分であった。


「まだ神社、閉まってないわな」


 こう(つぶや)くと、春平は紙袋を持って立ちあがり、財布と携帯端末をポケットに突っ込んで部屋を出てた。



 階段を下りて一階のロビーに来ると、


二葉(ふたば)く~ん!」


 と、同年代くらいの女性が呼び掛けた。それで春平が立ち止まった。


 間も無く、女性二人が春平の前までやってくる。うち一人は秋恵だった。


「どこ行くん?」と、呼び賭けた女性が言った。

「ちょっと神社の方に」

「神社?」

皐月(さつき)は昨日、行ってきたんやろ?」

「ああ」と、手を打つ皐月(さつき)。「行ってきた行ってきた」


「秋恵ちゃんも一緒に行ったんやっけ?」

「え?」と、驚く秋恵。「えっと、あたしは……」

「あれ? 行ってへんの?」

「昨日はホテルの貸しホールで練習してました」

「そうやったか?」


 突然、皐月(さつき)が吹き笑いしだす。


「なんや? なんや?」と春平。

「部長みたいなやり取りやったから、つい」


「あ~、確かに。なんか副部長になってから、部長の忘却癖がうつってきた気ぃすんのよなぁ」


「失礼やなぁ」

「ゲッ!?」


 飛びのいた春平の(となり)には、両腕を組んだ冬樹が立っていた。


「そないにビックリせんでもええやろ?」と冬樹。

「い、いきなり話さんといて下さいよ…… ってか、なんでいっつも気配けして近寄るんですか、ホンマ……」


「別に消してるつもりは無いんやけどね。まぁ、考えられる理由はアレやな…… 子供の頃、忍者を目指しとったからや」


「どんだけ本格的に目指してたんですか……」

「誰が存在空気やねん!」

「言ってないでしょ、そんなこと……!」


 女性陣の笑い声がした。愛想笑いなのか本気なのかは分からない。


「──ところで、なんの(はなし)してたん?」と冬樹。

淡島(あわしま)神社の話です」皐月(さつき)が代わりに答えてくれた。「ウチ、昨日いってきたんですよ」


「ほうほう、なるほどなぁ。それで春平君も女の子、誘って行こうとしてたんやね?」


「せやから、なんでそっちに行くんですか」

「実は僕も、ちょっと興味あったんよね、淡島神社」

「聞いてないし……」


「あ、それじゃあ」と皐月(さつき)。「みんなで行きますか?」

「おお、ええやん。その提案、採用や。みんなで行けば怖くないって言うさけ、みんなで行こか」


 春平がハッキリと(ため)息をつく。そしてフッと、秋恵の方を見やった。

 明らかな苦笑いだったから、乗り気では無いのだろう。


「行きたくなかったら、別にええんやで?」と春平。

「あっ、いえ…… ウチ、神社とかお寺とかが苦手やから、つい……」

「──幽霊とかが苦手なん?」


 彼女の苦笑いに、恥じらいが加わっていた。どうやら大正解だったらしい。


「まぁ、昼間やしそう言うのは大丈夫やと思うけど…… 嫌なら無理せんでもええんやで?」


「で、でも、せっかくやし行ってみます。皐月(さつき)先輩も普通の神社と違うからって言うてましたし、昼間やから大丈夫かなぁって……」


「そうか?」

「お二人さ~ん」


 皐月(さつき)の声がした。すでに冬樹と共に先を歩いている。


「どうすんの~?」


 春平が手を挙げて(こた)え、秋恵に「行こか」と言った。

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