24 鬼ごっこ、再び
「あ、そうそう」
先頭を歩く冬樹が、後ろにいる夏美や春平を見ずに言った。
「夏美ちゃんは鏡を持った巫女姿の人形のこと、何か知ってるかな?」
「鏡……?」
「知らんか?」
「知らない」
「そうか…… ほな、どうしてその体に入れたんか分かるか?」
「あなたは分かってるの?」
「僕の名前は冬樹やで。部長でもええけど」
「知ってるけど言わない」
「えらいきっついなぁ……」
「部長」
最後尾の春平が言った。
「そいつ、なんも知らんと思いますよ。確か神社で、『体に入れたことにビックリした』とか言うてましたから」
「あれは嘘」
「な……! なんやと!?」
「落ちつきぃ、春平君。──夏美ちゃん。その体、持ち主に返しちゃる気ぃ無いんか?」
「無い」
「死ぬまで?」
「それも無い」
「ほな、期間限定ってこと?」
「絶対、嘘や……」と春平。
「取引しようって言ったじゃない!」と夏美。
「何が取引や。とにかく、さっさと人形へ戻れ」
「こらこら二人とも」冬樹が遮った。「子供みたいなやり取り、せんといてくれ」
「シュンちゃんが子供なんだもん」
「お前もな……」
子供二人を見ていた冬樹が苦笑いつつ、「どうしたら体を返してくれるん?」と尋ねた。
「どうしても、やっておきたいことがあるの。それが終わったらちゃんと返す」
「やっておきたいことって?」
遠くから子供の泣く声が聞こえた。
どうやら遠間にある、階段の側で、子供が転んでしまったらしい。
膝を押さえている子供と、それを見下ろしながら、あやしている父親らしき男性がいた。
「あらら、大丈夫かいな」と冬樹。
「転んで擦りむいただけちゃいますか?」
春平がそう言った瞬間、夏美が前にいた冬樹の背中を突き飛ばし、走りだした。
転んでいた冬樹が、上体を持ちあげつつ「春平君ッ!」と叫ぶ。
「もう~ッ!!」
子供がいた階段のすぐ横にある、右へ折れる坂道を駆けあがっていく夏美を追って、春平が再び、鬼ごっこの鬼となった。
崖に沿った道を通って、浜辺と芝生が混在する盆地のような場所──南垂水広場を横切る。
そこから少し行ったところにある坂道を上っていくと、別れ道があった。しかし、夏美は真っすぐ進んで坂道を上っていく。
春平は彼女の背中を追って、つづら折りの坂道を上っていく。と、急にガサガサと草をかき分けるような音がするから、春平はビックリして音の方へ目をやった。
──鹿だ。
正面へ視線を戻すと、夏美の後ろ姿が見えなくなっていた。
焦った春平が周囲を見渡していると、何かにつまずいて、よろめいてしまう。
「大丈夫か春平君!」
後ろから荒い息づかいをしながら、冬樹が声を掛けていた。
「え、ええ、大丈夫です。それより夏美、どこ行ったんでしょうか?」
「上におるんやろう。つづら折りの坂やから、消えたように見えただけや」
冬樹が指差す方向を見やると、走る音が微かにしていた。
「ここら辺は荒れ道多いさけ危ない…… 早う止めやんと」
うなずいた春平が、また走りだした。
しばらくすると石垣が見えてきた。その石垣から右と左に道が分かれているように見える。見えるというのは、人の道か獣道か分からないからである。
右手は山の方に続いていそうだが、左手には石柱があり、その奥に廃虚が残っている。
迷っていた春平は意を決して左へ進もうとした。しかし、いくら木々で視界が悪いとはいえ、人が隠れられるような場所は無さそうだった。それに、短時間でこの中をくだるのは困難だ。
「春平君」
そう言って、冬樹がようやく春平の隣に並んだ。彼は少し息を整えて、
「君は左へ行くんか?」
「いえ、右の方へ行きます」
「ほな、僕は左見てくら。
れぐれも建物の中に入ったらアカンぞ? 夏美ちゃんおってもな。ええか?」
「分かってます。部長も気を付けてくださいね、崖が多いんで」




