2 加太海水浴場にて
八月の始め頃。
気温はゆうに三〇度を越え、近くの山から熊蝉のけたたましい鳴き声がしていた。
その鳴き声をかき消すように細波が押し引きし、波立つ水面で、人々が浮かんだり泳いだりしている。他にも、波残りのところで家族連れの人々が遊んでいた。
浜辺にはパラソル傘の他にテントのような避暑具もチラホラあった。そんな避暑具の群れの中に、春平はいた。
彼はバーベキューコンロの隣にあるパラソル傘の下で、尻をついて遠くを眺めている。
海上にはくっきりと見える島が二つあって、そのさらに先に、縦長の大きな島影が、水面に浮かんでいた。
地元の大学生──春平の知り合いでは無く、部長の知り合いだが、その人たちが言うに、はっきり見える二つの島は友ヶ島と言う名前らしい。そうして、青味掛かって見える大きな島が淡路島だそうだ。
こうして見ると、日本はやっぱり小さな島国なんだなと、春平は改めて実感した。
「春平」
遠方を眺めていた春平が、傍に立つ同じ年頃の青年へ視線を合わせた。
「志紀か……」
「どないしたん?」と志紀。
「いや、な~んも無いよ」と前を向く春平。
「ほな泳ごらよ。せっかく海に来たんやし」
「ちょっと休憩してんのや」
「調子、悪いんか?」
「お腹でも壊したんちゃうか?」
春平と志紀が驚いて振りかえると、笑顔の部長──冬樹が立っていた。
「せやから、あれだけかき氷を喰うたらアカンって言うたのにぃ~」
「俺、かき氷とか食うてませんよ?」
「あれ? かき氷、安い言うて買いに行ったんちゃうんか?」
「それ、明ちゃいます?」と、志紀が海の方を見やる。当人は楽しそうに他の人たちとビーチボールを投げあっている。
「ああ、そうやったか。すまん、すまん」
悪びれた様子も無く、笑顔で謝る冬樹。それとは対照的に、春平も志紀もお茶を濁そうと口角を無理に引きあげていた。
「と言うわけで志紀くん」と冬樹。「春平君の左腕、つかんで」
「え?」
春平だけでなく、志紀も声をあげた。
「右腕は任せといて」
そう言った冬樹が、中腰になって春平の右腕をつかんだ。
「ちょ、ちょっと部長、何するんですか」
「ほら、志紀くん。早う持って」
「あ、はい」
「いくで? 一、二の…… 三!」
春平は引っ張られる形で、無理やり立たされた。
「ほな海に入ろか」
「いや、でも……」
「なんや? 好みの女の子がおらんから乗り気にならんっちゅうんか?」
「そんなんちゃいますよ」
「贅沢なやっちゃなぁ」
「勘弁してください、部長……」
「お~い!」
三人が呼び声のする方を見た。
足下にビーチボールが転がってきた。
「それ取ってくれ志紀~!」
「おう!」
志紀がボールを拾いあげ、足下へ落として蹴りあげた。
風に流されたビーチボールが、横へすっ飛んでいく。
「やっべ!」
志紀が走ってビーチボールを追いかける。そのせいで、春平は部長と二人きりになっていた。無論、嬉しくは無い。
居心地の悪さを感じていた彼は、余所へ移ろうかどうか悩んでいた。すると、
「春平君」
と、呼ばれてしまう。
仕方なく「なんです?」と返す。
「なんでもミスは付きモンや。そういう反省は演奏おわって片付けてるあいだに済ませとかなアカンで?」
そっぽを向きながら、やっぱりなと春平は思った。
「歩くのに補助つけんでもええよな? ──考え事なら、海に浮かんですんのも乙やで?」
突然、春平が走りだした。
波を脛でけちらして、腰まで深くなったところで海へ飛びこむ。
「やれやれやなぁ」
冬樹が苦笑いながら、彼の遊泳を眺めていた。