11 巫女姿の女形人形と、大きな青銅鏡
駆け足でホテルの外へ出た春平が、秋恵の部屋の位置と、道路沿いに連なっている堤防とを交互に眺めてから、人形の置いてある場所へ向かった。
向かったはいいが、間が悪いことに、初老の男性が人形を観察しながら立っていた。
──このまま彼の姿を見ていても仕方ない。
春平は思いきって、「あ、あの~」と声を掛けた。
初老の男性が振りかえる。
「おはようございます。えっと、その……」
男性が眉をひそめていた。
このままではいけないと、春平が咳払いをして調子を整え、「すみません」と続ける。
「なんや?」
「そこの人形なんですけど……」
「もしかして君の?」
「あぁ、いや、ちゃいます。なんかジッと見てはるから、なんかあったんかなって気になってもうて……」
「誰かがここへ放置して行きよったんや。間違いない」
そう言って、彼が視線を人形へ戻した。
「散歩してたら見つけてん、全く…… バチ当たりなことするヤツらもおるもんや」
「どうせやったら、僕が神社へ持って行きましょうか?」
初老の男性が首をかしげつつ、「君が?」と言った。
「僕、人形供養のために加太に来たんです。ついでに観光してて、今日、先勝やさけ持っていこうかなぁって」
「せやけど、お金掛かるで?」
「いくらくらいです?」
「大体、一五〇〇円くらいやったかな。お志で少し変わるけど」
「まぁ、それくらいなら出しますよ。このまま、ここに放置しておくんも可哀想やと思うんで」
「若いのに、えらいもんや」
初老の男性が感心した顔でうなずいて言った。
「じゃあ、悪いけど君に任せとくで?」
「ええ、一緒に供養しておきます。任せておいてください」
春平が男性と入れちがいになる形で、人形の前にやって来た。
すると、初老の男性がまた話を振ってきたから、長くなる予感を得た彼は少々強引に話を打ち切って、別れの挨拶を告げてからホテルの方へ戻って行った。無論、人形の回収は忘れていない。
道中、歩きながら溜息をつきつつ、
「ほんま勘弁して欲しいわ……」
と愚痴をこぼす。
そうして、ホテルの玄関前に来たところで足を止めた。
手の中にある人形が妙に重く感じたからだ。
――そう言えば、今までに見たことが無い人形だな。
彼は堤防で見た映像を思い出しつつ心中でそう呟き、人形の全体像をもう一度、確認しようと、台座をゆっくり回していった。
巫女の服装で正座した人形に、不釣り合いなくらい大きな鏡…… それほど日本人形を見たことが無い春平でも、珍しいと思えるくらいに奇妙な形だった。
普通は太鼓や扇、藤などの定番小道具を持たせるものだが、大昔の青銅鏡みたいな、太くて大きな鏡を、人形が大切そうに抱えている……
鏡も綺麗なら、昔の化粧台に設置してあった人形か何かだろうと推測できるが、鏡面は傷だらけで曇っていて、何よりも汚れがひどく、それが原因で明らかにくすんでいた。日の光を受けているのに何も写し出せていないから、鏡としての役割を果たせていない。
しかも、汚さの追い打ちを掛けるように継ぎ接ぎの痕がある。一度、割れたことがあるのだろう。
「なんか、えらい古臭くて汚いなぁ……」
こんな物が、秋恵の異常事態と関係あるのだろうか…… ひょっとして無関係なのでは…… そもそも、人形に秋恵が入っているということが信じられない。
――突然、着信音が鳴った。
春平は急いで隅っこへ移動し、人形を地面へ置いてから、
「はい?」と、耳に当てた携帯端末へ声を掛けた。
『首尾はどうや?』
冬樹の声だ。
「とりあえず、堤防の人形はなんとか手に入れましたよ」
『ほな、すぐ僕の部屋に来てくれ。もうじき朝食の時間やから、それまでに対策を考えやんと』
「秋恵たちの部屋から移動したんですか?」
『皐月ちゃんがな、ついさっき目ぇさましてん。それでちょっと話たんやけど、秋恵ちゃんが人形になってることは綺麗さっぱり忘れてるみたいやから、そのまんまにしとるさけ。会ってもボロ出したらアカンで?』
「え? 記憶ないんですか?」
『よっぽどショックやったんやろうなぁ…… 秋恵ちゃんがおらんってこともギリギリ覚えてる感じやったわ』
「まぁ、卒倒するくらいでしたし…… 考えてみれば当然ですかね……」
『あの子には秋恵ちゃんと連絡ついてるって言うてある。
親戚の人とバッタリ会って、なりゆきでなんかの手伝いすることになってもたけど、チェックアウトまでには戻るようにする…… って流れにしといたわ』
「えらいことになってますね……」
『他人事みたいに言わんといてや、春平君』
「も、もちろん他人事やとは思うてませんよ? ただ、ちょっとしたことでボロ出てまわんかなって心配で……」
『そこはなんとか口裏あわせていくしかないわ』
「はぁ、なるほど……」
『ひとまずな、他の部員にも言うといてって、皐月ちゃんへ頼んどいたから』
「大丈夫ですかね……?」
『伝聞にしといた方が、こっちはそんなこと言うて無いって言いやすいし、その場しのぎし易いやろ?』
「まぁ、そうかもしれませんけど……」
『とにかく時間かせがんとな。じゃあ、気を付けて戻ってきてよ』
春平は色々と言いたい気持ちに駆られていたが、「分かりました」と我慢して、通話を切った。
そして、大きく長い溜息をついた。




