91 淑女教育初級編
お楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
はあ、淑女教育かぁ。何するんだろ。ありのままの姿見せちゃダメなの?ダメかぁ。これでよくないの?そんなの分かってるよ!
「アーテル、しゅくじょきょういくのはなしきいた?」
「聞いたわ。一週間しかないのに何をするのかしら。」
「ほんとにねぇ。」
「姫さん、レディって感じじゃないもんなぁ。ちゃんと教わってきた方がいいですよ?」
「ピーターひどい!じゃあ、いつもはなんだっていうのよ!」
「訓練の話とか仕事の話してるときはお役人っぽいです。でも、やってることが俺の弟とあんまり変わんないですよ。派手なことやりたがるところとか、それでやりすぎちゃうところとか特に。」
「おとうとさんおいくつ?」
「十歳です。今年十一になります。」
小五かぁ!小五男子と同じなのか!それじゃお父様じゃん!
「しょ、しょっく……。」
「ヴィオラ、だいじょうぶ?」
「たいへんだろうけどがんばってね。」
スカーレットとオリヴィアに優しくされて涙が出そうだよ!
「レディはショック受けてもよつんばいにはならないですよ。」
ピーターうるさい!!
***
みかんの木に祝福をかけた後は淑女教育でございますわよ、みなさま。おほほほほ!ごきげんよう、新生ヴァイオレットでございます。この調子で淑女教育など光の速さで合格してみせますわ!
ダンス室にやって来た。王宮見学で見た、ダンスレッスンをするための部屋だ。
「改めまして、お二人の淑女教育を担当いたしますコーデリア・ルーフスでございます。旅立ちの日まで時間がないので差し当たっての礼儀作法だけではございますが、セレンの宮廷で付け入る隙を与えぬよう、大切な三つの要素に絞ってレッスンをしてまいります。」
「はじをかかぬよう、ではないの?」
思い切って聞いてみたらコーデリア先生は苦笑した。
「あちらとてお二人がまだお小さいことをわかっております。多少の目こぼしはございますよ。むしろ、今回はそれを利用してあちらを油断させ、こちらに有利な交渉に持ち込まねばなりません。」
「そんな大役、わたくしたちに出来るでしょうか。」
「交渉自体は大人の仕事でございます。お二人はただ、知らぬ存ぜぬを突き通してくださればよろしいのです。特にヴァイオレット殿下はお考えになっていることをすぐに口に出される傾向にあると伺っております。気をつけねばなりませんよ。」
「は、はい。」
「では、早速始めてまいりましょう。淑女の美しさは礼と微笑みです。この二つだけは侮られ過ぎぬよう、完璧に仕上げてまいります。まずは笑みの練習から。顔を歪ませず、ほんの少し口角を上げて、微笑みます。大人になれば公式の場では扇子があるのでそちらで口元を隠すこともありますが、扇子は未成年は持てません。」
なんか平安貴族みたいだなぁ。アレは厚化粧が崩れるから笑えなかったらしいけど。
「立ち姿も重要です。つむじから糸で真っ直ぐに引っ張られているような姿勢を心がけてください。左右の足はぴったりとつけ、手は臍の辺りでこのように、手先を軽くにぎるように。」
姿見が用意され、その前で先生を真似して立ってみる。二歳児がぐらつかずに立ってるのって案外難しい。
「アーテル様の立ち姿は美しいですわ!微笑みも完璧です!とても立派な淑女です。」
アーテルは最初からそうだったもん。別にうらやましくなんかないもーん。
「ヴァイオレット殿下はもう少し顎を引いてください。不恰好ですよ。腕も肘が外に出過ぎています。そう、そのように。フラフラしない!身体の芯を意識するのです。」
ええー!無茶だよ!バランス取れないよ!
「右肩が上がってますわ。そう。そのまま五分。」
写真撮影かな?五分なんて持たないよ。
「殿下。また右肩が上がっておりますよ。顎は引きすぎですわ。力を入れ過ぎると不恰好です。」
うわーん!カスミ様の訓練よりつらーい!あっちは頭で考えればなんとかなったけど、こっちは身体に染み込ませなきゃいけないから苦手分野なんだって!
「殿下、顔が右に傾いておりますよ。口角も左が上がり過ぎております。」
難しい!鏡で見ても自分じゃよく分かんないし!微妙な差をついてくる!
「五分経ちました。楽にしてくださって結構ですよ。」
「ふう。」
「最初は疲れるでしょうが、慣れればどうということはございません。すぐには難しいですが、とにかくこの一週間は五分、今の状態をキープ出来るように致しましょう。セレンの国王陛下は病で臥せっておられますので、ご挨拶は王妃殿下と王太子殿下とすることになります。それでも、あちらの王宮の広間で行われる正式な行事でございますから、しっかりとご挨拶出来るようにレッスンをお励みくださいませ。」
「はい、せんせい。」
「次は歩く練習を致します。ゆっくりと、右足から一歩ずつ、必ず一度足を揃えて、右、左とお進みになってください。淑女がスタスタと歩いてはなりません。謁見の間では特にお気をつけて。ほとんど侍女に抱かれての移動にはなりますが、あちらの王族が同席している場では必ずこちらの歩き方をなさってくださいね。」
「はい、せんせい。」
「アーテル様はお出来になられるようなので、殿下にお手本を見せていただきましょう。身長が近い方が参考になると思いますので。よろしいでしょうか?」
「構いません。」
「では、あちらの端からそちらの端まで、真っ直ぐ歩いていただけますか?線は床の板の線を参考になさってください。」
「はい、先生。」
アーテルと初めて会った日を思い出す。一人だけ、圧倒的に違う存在感。扉の前での立ち姿、香澄様を案内する姿、私たちの方へ向かって来る姿。ひとつひとつが鮮烈だった。
最初の立ち姿をしてフウと一息つくとアーテルは歩き出した。ス、ス、とほとんど足音もなく、衣擦れの音しか聞こえない。少し伏せ目がちに、真っ直ぐに進む。
「大変よろしいですわ。そのまま最後までお続けになって。」
コーデリア先生の目から見てもアーテルは申し分ないようだ。
「殿下、よく観察なさってください。あのように、頭と腰の位置がぶれのない姿勢で歩くのですよ。背筋をピンと張って、足はつま先を少し内側に、一本の線の上を歩きます。ああ、アーテル様。こちらにお戻りになって、わたくしたちの前で止まってください。止まる時も静かに止まります。きっとアーテル様はお出来になりますから、特に足捌きをよくご覧になってください。大人になれば踵の高い靴をお召しになりますから、今以上に姿勢を保ちながら歩くのは難しくなります。令嬢たるもの優雅に、傾くことなく、歩くのは至難の業です。ですが殿下はアーテル様のようなお方は完璧にこなさねばなりません。」
「みちはけわしいわ。わたくし、からだをつかうことがにがてなのよ。」
「それでもです。わたくしもお支え申し上げますから、お励みくださいませ。」
「はい、せんせい。」
アーテルは私たちの前で立ち止まり、向かい合わせに身体を戻すところまで完璧だった。出来る気がしない!
「素晴らしい!カスミ様から伺っておりましたが、本当に美しい所作でございました。」
「ありがとう存じます。」
「では、そのまま礼をなさってくださいませ。そして、礼の状態をキープ、一分です。」
「はい、先生。」
一分もそんな体勢!?空気椅子みたいなモンじゃん!膝に悪そう!
「はい、結構です。殿下、お分かりになりましたか?」
「わかるけれど、できるきがしません。」
「出来ると思えなくても、出来るようになるまでするのですよ。」
「はい、せんせい……。」
「この三つが出来れば、セレンは乗り切れます。忘れてならないのは微笑みです。何を聞かれても、微笑みで一拍置いて時間を稼いでくださいませ。すぐにお答えしてはなりません。なるべく誰か付き添いの者に返事をさせましょう。」
令嬢必殺、微笑み躱しでございますね。かしこまりました。
「何か質問をされても、このように頬に手を添えて、困った様子を示すのです。わたくしは存じません、わたくしにはお答えできかねます、この二つで会話を済ませるように。」
「はい、せんせい。」
「かしこまりました。」
「では、ヴァイオレット殿下。アーテル様のお手本のように歩けるよう、がんばりましょう。あちらからここまで歩いてきてくださいませ。」
「はい、、せんせい……。」
結局、その後は当然のごとくダメ出しの嵐で今日の訓練は終了。私たちもセレンで昼餐会に出席しなければならず、テーブルマナーのチェックもするとのことで、先生とお昼をご一緒した。
「わたくしたちのようなこどもがちゅうさんかいにしゅっせきしてもよろしいのかしら。」
「本来ならば、国賓として成人の聖女が招かれますからね。一度は陛下からお断りしたそうですが、あちらから面目が立たぬと食い下がられたようですわ。それ以外は公式の場に出席させないという約束で、到着した日の昼餐だけということで話が収まりました。」
「そこでわたくしたちにつけいろうというわけなのね。」
「有り体に言えばそうなりますわ。他の時間はアウルムの者と過ごすことになります。」
「そうだとよいのだけど。あちらのおうたいしはもくてきのためにしゅだんをえらばないときいたわ。かならずせっしょくしてくるとおもうの。」
「可能性は大きいかと存じます。」
「国王陛下の治癒自体は受け入れる方向なのですか?」
「わたくし、やまいはなおしたことがないわ。アーテルは?」
「わたくしも屋敷の者の風邪くらいしかないわ。」
「治癒は難しいですからね。あちらには浄化と豊穣の聖女だと伝えたそうですから、諦めて下されば良いのですが。」
「そうねえ。」
難しいだろうね。藁にも縋りたいだろうし。特に王太子はね。
「それにしても、お二人とも少食でいらっしゃいますわね。」
だって、脂っこいんだもん。全部食べたらおえってなっちゃうよ。
「お食事の量も少なくしてもらうようによくお願いしていただきましょう。残すのは不作法ですからね。」
「そうしていただきたいわ。」
「お願い致します。」
テーブルマナーは合格もらったよ!日頃から所作を常に意識するように言われちゃった!無理!
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