72 伝説の鳥
育児する猫って可愛いですよね。
終了の合図が鳴り響く。うーん、今日も大変だった。
「やあ、参ったよ。手を火傷してしまった。リヴィ、治してくれる?」
「わたくしではうまくなおせません。スカーレットにおねがいしてくださいまし。」
ツンと横を向いて伯父様を拒否する。オリヴィアはまだぷんぷんだ。
「え〜、そんなこと言わずに、出来るところまででいいからさ!」
「おことわりします。」
「昨日は僕が悪かったよ、失言だった。反省してる!だから機嫌直してよ〜。」
「ほんとうにはんせいしているのなら、そのようなたいどになるはずがありません。おとうさまのしゃざいはうけいれられません。」
「そんな!」
「おじさま、もういいからこちらでちりょうをうけてくださいな。またいっしゅうかんもくちをきいてもらえなくなってもよろしいの?」
「それは困る!」
アーテルが嘆息するので、私はコソコソと近寄って尋ねてみた。
「なにがあったの?」
「ああ、昨日ね。夜、二人に個人指導してたんだけど、戦闘訓練の話になったのよ。ほら、学院の話をしたでしょう?どんなカリキュラムなのか、聞いてたの。それで、お祖母様が戦闘訓練も早めに受けられたらいいわねって言ったのだけど……。」
「だけど?」
「叔父様が、オリヴィアに戦闘訓練はさせないって言ったのよ。怪我をしたらどうするんだって。」
「ええー。でも、さんこうはたたかえて、みわざもつかえるのがひっすでしょ?」
「そうよ。……あの子、武道の心得があるでしょう?」
アーテルがより一層声を潜めて言った。
「そうだっけ?」
「そうなのよ。それで、二人が揉めてね。体術で戦うことにしたの。」
「えっ、なにそれ?さすがにあのたいかくさだとあぶなくない?」
「叔父様からしたら、娘とじゃれあうようなものだと思ったのね。」
「で、どうしたの?」
「投げ飛ばしたのよ。ううん、転ばせた?って言うのかしらね。叔父様は動かず、身体強化もしない約束で、オリヴィアは身体強化ありだったの。」
「へ〜、すごいじゃない。」
「そうしたら、叔父様が、……オリヴィアは既にこんなに強いんだから、もう訓練なんて必要ないだろうって。」
「あちゃー。それって、どっちにころんでもダメっていうつもりでうけたやつだね、それ。」
「そうだと思う。そうしたら、オリヴィアが怒ってしまって、もう叔父様とは一緒に寝ない、話さないって言ったのよ。叔父様も子どもの駄々だと思って、真剣に話を聞かずに軽く流すから、余計拗れちゃって。最後に言った言葉が致命的ね。」
「おじさま、なんて?」
「騎士団で問題を起こしたのに、戦闘訓練したいなんて我儘だって言ったのよ。」
「ああ、いちばんふれてはならんところを……。」
「でしょう?もうその後は今日からスカーレットと寝ると言って、スカーレットを引っ張って部屋へ帰ってったわ。」
「そしていまにいたる、と。」
「そ。一矢報いたかったのはオリヴィアね。」
「あの方は昔からデリカシーというものが欠けておりますので。」
おおう、ドロシー参戦だよ。問題児と優等生軍団って感じだったんだろうな。目に浮かぶようよ。
「まあ、おやこのもんだいだから。あんまりつづくようならあれだけど、とうぶんせいかんしてましょ。」
「そうね。」
私たちは伯父様がシャワーで泥を落としている間に香澄様の部屋へ戻った。置いて来ちゃったけど、いいのかな。歩けない距離でもないし、大人なんだから自分で何とかするよね。
一通りの訓練を終えて、子供部屋に戻るとアルテが出迎えてくれた。
「ひゃ〜ん。あ〜ん。」
「おなかすいた?まりょくかな?」
聖女の力を食べさせると、また箱へ戻っていく。
「今日はずっとこんな調子なのよ。産まれるまでずっと世話をするつもりなのかしら。」
「おかあさまもちからをたべさせたの?」
「ええ、貴女が出て行ってからと、用事を済ませて戻って来てからで、五回くらいあげてるわ。」
そんなに魔力ばっか食べて何に使ってるんだろう。この世界の生物は全て魔力を帯びているけれど、大きめとはいえ猫のアルテの生命維持に必要な分以上の力を食べてる。
「こんこん!こんこんする!」
「アーサー、どうかしたの?」
「こんこんしてる!」
こんこん?音?
アーサーもずっと箱に張り付いていたみたいで、指をそっと伸ばして卵をつついている。
「とりさん!とりさん!おいでー!」
私とお母様は目を合わせた。多分、同じこと考えてる。
「もしかして……?」
「産まれるってこと……?」
執務も放り出して、ドロシーには下にいるみんなを呼びに行ってもらい、私も箱の前に張り付く。
「卵が孵りそうなの?」
「あ、はやかったね。」
「呼んだのそっちでしょ。」
「あ、こちらのたまご!」
「ひひがはいってるわ!」
みんなでじぃっと見つめてたけど、全然ヒビが進まない。
みんなは産まれるまで、今日の訓練の治療記録を整理し始めた。私はお言葉に甘えて、執務机でひとりバインダーを開くよ、コンチクショー!
時々、アーサーの声が聞こえるけど、まだ産まれなさそう。とりさんがんばれ!って励ましてるのかわいいわぁ。
まずはレナードね。あー、なになに?
〝文官に兄弟がいる者を探しましたが、皆南部の災害復興の対応で忙しく、協力する時間がないとのこと〟
そりゃ仕方ない。最初に候補に挙げたギルバートさんの弟のブライアンさんなんて絶対忙しいもんね。急ぎではないので、余裕が出来たから協力してもらえるよう打診してください、と。これでいいや。
お、魔力増加訓練の進捗……っていうか、苦情?第一師団ばかり直接指導受けられてずるいって?まあ、そうなるかぁ。
誰だよ、バラしたやつ。他の師団に自慢したんだな。バラした騎士は師団の中で白い目で見られていることだろう。
すぐには無理だけど、近いうちに全員が直接指導出来るように予定を組みます、と。これはスカーレットとオリヴィアがいるうちに済ませたいな。人数が多過ぎる。その事も書いとこ。負担が大きいので、四人揃っているうちに、と。
次は大蔵卿だ。あー、税の試算もう出して来たんだ。頑張ったな。計算してくれた制作研究室の方々を労ってあげてください、と。あんま褒めたりしなさそうだからな、あの人。
ギルバート・ブライアン兄弟の父親かぁ。色味くらいしか同じところがないよ。ま、みんな違ってみんないいか。
〝差し当たって出来る復興費用の徴収法はないでしょうか。〟
あー、治水工事を復興に盛り込めって書いたからか。そんくらい自分らで考えろよ。国家の財政ヤバイの?そんなにケチケチしないとダメなの?
義援金を引き続きやる?ふるさと納税方式で、大口寄附には控除つける?小口には翌年お礼として特産品を配るとか?物流がどんな感じか分からないからなぁ。一応書いとけ。
江戸時代なんかは公儀普請じゃなくて町人普請でやったりしたとこもあるけどねー。商会主導で工事して、その代わりにそこで作られた物はその商会が扱うことにするとかね。
それが出来たら現物徴収じゃなくて、完全に貨幣経済にシフトでいいと思うんだけどなぁ。商会から備蓄食料買うことにすれば恩が売れるし、その分農家からも税金取ればいいんだし。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリ。大蔵卿宛てはいつも長くなるから書くの大変。パソコンもワープロも諦めたから、タイプライターをくれ。
えー、次はダスティンだ。なになに?
〝託児所を利用したいという者が十名増えて〟
あー、家庭で親が面倒見てるけど、勉強教えるとなるとモメるから託児所使いたいって家が結構いるんだよね。まあ、各部署にチラシばら撒いたんだけど。財部の人からの連絡にずーっと引っかかってたけど、そもそも託児所のニーズが違ったんだね。
奥様方も、働きに出たい人もいれば、疎かになっていた家の事をやりたい人もいるらしい。元侍女の奥様が多くて、侍女長やお母様が挙げた以外の普通の侍女をやってた方々から復職希望の意見が届いているみたい。王族付きは特殊だから、直接声がけした人しかつかないって言われたけど。
〝預かる子どもの人数が当初の予定を超えております〟
ありゃ。教師の人選と場所の選定はダスティンに頼んでたけど、場所は考え直さなきゃダメかなぁ。王宮西門側、めっちゃ広々してたけど、そこじゃダメなの?
そうしたら、馬車の送り迎えいらないしさぁ。みんな馬車で出勤して来てんだから。
理想の学校……幼小一貫……うーん。一階は職員室、校長室、事務室、低学年。二階は高学年。低学年、四歳から預かっちゃう?幼稚園の年少って四歳からだよね?
お、年齢の内訳もあるな。五歳6人、六歳3人、七歳9人、9人!?増えたな!八歳6人、九歳、え、15人!?ここら辺からが家庭教育の壁っぽいなぁ。早熟の子だと反抗とかもしそうだし。うわ、高学年の方が人数増えてくんだ。十歳10人、十一歳13人、十二歳10人で、計72人!?
無理じゃない!?えー、マズイなぁ。候補の物件じゃどれも収まらないよ。多くても30人くらいに設定してたのに。完全に託児所じゃなくて学校だわ、これ。
高学年は特に、学年毎にクラス分けした方が良さそうだ。これ、学院入学前に何とかしたい親が多いんだろうな。この世界、建物建てるのにどれくらい時間がかかるんだろ?
とりあえず、早急に教師の募集しなきゃ。散々宣伝しといてやっぱりやりませーん!じゃ、カッコつかないよ!
魔力基礎については新しい理論も理解してもらわなきゃならないし、教師の研修もやらなきゃいけないんだよ。
あー、困った!もうやだー!!
「あっ!とりさん!おはよう!」
えっ、もう朝?ニワトリ鳴いた?いやいや、そんなはずは……あっ、鳥って!
「ぴい、ぴい、ぴい!」
「う、うまれたー!!」
みんなが一斉にアルテの育児箱へと集まる。うわぁ、ちっちゃーい!かわいー!あかーい!でもインコみたいな体型でもなーい!何だろこの鳥?
「あらまあ!」
「なんてことでしょう!」
「初めて見ましたわ!」
「実在していたのですね!」
大人の方が驚いてる。珍しい鳥なのかな?
「おかあさま、このとりはなんというとりなのですか?」
「これは火の魔石の名前の元になっている鳳凰鳥よ。この尾羽の模様、間違いないわ。」
「ほうおう?ほうおうなのですか?」
「そう。初代聖女様が異界の神獣の名前をおつけになった、珍しい鳥なのよ。初代様も卵からお育てになったのですって。もう絶滅したと言われていたのに。」
「それでは、これはすごいはっけんですね。」
「卵がなかなか孵らないという言い伝えはあるの。アルテ、お手柄ね!」
「もしかして、アルテがやたらとせいじょのちからをたべたがったのは、たまごにまりょくをあたえるためだったのかしら。」
お母様は何かを思い出したのか、ハッとして答えた。
「そういえば、しきりに卵を舐めていたわね。」
「まりょくをあたえていたのかもしれません。」
「ああ、気付かなかったわ!よく見ていれば良かった!」
「あっ、またもうひとつわれそうです!」
「とりさん、おいでー!」
アーサーの呼び声で、殻を破った雛は勢いよくぴいぴいと鳴き出した。アルテは、産まれたばかりの雛を舐めてやり、身体についた殻を舐め取っている。
「他の二つは微動だにしないわね。」
「まりょくがたりないのかな?アルテー、おつかれさま。まりょくたべる?」
「ひゃん。」
返事をするとペロペロと私の手を舐め始めた。飽きたのか魔力が足りたのか、自分の身を毛繕いし始める。私たちは、アルテを固唾を飲んで見守った。
しばらくしたらアルテは、ベロンと大きく舌を出して、まだヒビのない卵を舐める。
「あ……。」
「魔力……。」
「しかも、これ……。」
「せいじょのまりょく……?」
大人たちは呆然として声も出ないようだ。世紀の大発見。伝説の鳳凰は、聖女の魔力を吸って育つ。
マズイ。またまたマズイ。ひっじょーにマズイ。研究者が押し寄せてくる。たくさんいるんだから一羽寄越せとか言われたらどうしよう。
「シンシア様、陛下にお知らせしますか?」
マーガレットがお母様に声をかけると、ビクリと身体を揺らして我に帰った。
「あ、ああ、そうね!急がなくては!」
「どうしてですか?おとうさまにおしえたらけんきゅうしゃにつかまって、はねのいちまいものこさずむしりとられてけんきゅうのかぎりをしつくされてしまうかもしれません。」
「だあれ、ヴィオラにそんなこと言ったのは。」
「あ、いえ、わたくしのかってなそうぞうです。」
「そんなことにはならないわ。お父様がさせない。鳳凰鳥は吉兆なのよ。鳳凰鳥が現れると国が栄えると言われているの。それが既に二羽も産まれたんですもの!すぐにご報告しなくてはなりません。」
ほえー、そうなんだ。羽根がむしられることはなさそうだから一安心。
「ひゃん。」
「まだ足りないの?」
今度はアーテルの手を舐めてる。今までの魔力は全部先に産まれた雛のために使ってたのかな。その後に卵を舐め始めたので、まだ産まれる可能性はあるということだ。
「とりさん!あかちゃん!こっちこっち!」
産まれてすぐにアーサーが視界に入った鳥たちは、後ろをトコトコとついて歩いている。かっ、かっ、かわいいが過ぎる!!!
「おなまえなんしよねー。」
「そうですわね。なまえをつけてあげなくては。」
「あれ?しぜんにかえさないの?」
「鷹匠はもういいの?」
「たかじゃなかったし。ほうおうだとさすがにおそれおおいかなって。」
「ほうおうをしえきするなんて、さいこうにかっこういいではありませんか!」
「でも、ぜつめつきぐしゅのほうおうをしぜんにかえしていいのかしら?」
「ほごするってことで!」
「切り替え早いわね。ねえ、誰か代わってくれる?さすがに手のひらが痛いわ。」
「とらはしたでひふをけずりとってにくをたべるんだよ。」
「何でこのタイミングでそういうこと言うのよ。」
「わたくしがかわりますわ!」
「あのね、わたくしにも畏まらなくて良いのよ、スカーレット。」
「ご、ごめんなさい。こうたいするわ、アーテル。」
「お願いね。」
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