60 大人の聖女特訓①
生徒はドロシーとお母様。
よろしくお願いします。
「それではこれから、おとなのせいじょとっくんをはじめます。」
パチパチパチパチパチ。お母様がニコニコ笑顔で拍手してくれた。ドロシーは、意外にも真剣な表情をしている。やる気に火がついたかな?
三人でそれぞれ床の大きなクッション(人をダメにするやつみたいなヤツ)に座った。魔力訓練でリラックス状態になるためによく使うアイテムだそうだ。知らなかった。
「おかあさまはおばあさまとまりょくこうかんしたことはありますか?」
「ええ。でも、学生の頃が最後ね。わたくしもカスミ様から少しだけ特訓を受けたのよ。」
王妃が聖女の御技を上手く使えないのは致命的だもんね。聖女の血の象徴なんだから。
「ドロシーは?」
「わたくしはございません。」
「おかあさまはおばあさまのまりょくについて、どのようにおもわれたかおぼえてますか?かんそうでかまいません。」
「そうねぇ……あっという間に自分の魔力と混ざってしまうし、捉えづらかったのは覚えてるわ。あとは、普通の魔力より軽いってことくらいかしら?」
ふむふむ。軽いことが分かっていれば、同位体理論も理解が早いだろう。さっき書いたノートを開いて二人に見せる。
「わかりました。まず、だいぜんていとして、わたくしたちはくんれんでまりょくをまりょくげんしというかんがえかたでとらえています。げんしとげんしがけつごうしたのがぶんし。ごくいっぱんのまりょくは、まりょくぶんしのじょうたいであつかわれているとかんがえていいでしょう。」
ドロシーは一生懸命にメモを取っている。自分じゃなくてお子さんのためかもね。ドロシーは炭で書いてるけど、私も羽ペンじゃなくて炭を用意してもらおうかな。羽ペン、子どもの手に使いづらい。図を書き写したようなので、次に進む。
「げんしとは、それいじょうこまかくできないぶっしつのいちばんちいさいじょうたいですが、ほとんどのげんそにおいて、げんしのじょうたいでそんざいするのはふあんていなのです。こちらのずは、みずのもとになるすいそのげんしですが、くうきちゅうにつねにふたつのげんしがけつごうしたぶんしのじょうたいでそんざいします。せんじつおみせしたむえいしょうでみずをはつげんしたのは、くうきちゅうにあるすいそぶんしと、さんそというげんそのぶんしをまりょくでコントロールして、H2Oという、すいそがふたつにさんそがひとつの、みずという、わたくしたちにもめにみえるじょうたいのけつごうにへんかんしたからです。まりょくにはげんしやぶんしのけつごうをゆうどうすることができます。ませきをとおしたまほうも、おそらくおなじしくみかとおもわれます。」
「魔力原子も、原子の状態で不安定なの?それだと、魔力原子で捉えるのは難しいのではなくて?」
「いいえ、まりょくげんしはたんげんしぶんしといって、げんしのじょうたいでひじょうにあんていしたものなのです。ふつうのたんげんしぶんしは、げんしそのものがぶんしのはたらきをするので、まずけつごうしないのですが、まりょくげんしはげんしどうしもけつごうしますし、ほかのげんしともけつごうします。りくつはわかりません。」
「一般的な魔力と言われているものが魔力分子であるのは何故なのでしょうか?」
「おのれのまりょくをかんちするときに、いしのちからでうごくまりょくをむいしきにじぶんがにんしきしやすいぶんしかんけつごうのじょうたいにもっていっているのです。なので、こどものうちはとくに、ちいさいじょうたいをイメージできないので、ほんらいこまかくわかれているまりょくをあるていどのおおきさにまとめることによってかんちできるのではないかとおもいます。」
「魔力分子の結合を切り離すとどうなるの?」
「わたくしはこじんできまっているのは、さいだいちではなくてほうわりょうだとかんがえております。たいかくにへんかがないにもかかわらず、ここすうじつでまりょくがふえたのは、まりょくげんしにちかいじょうたいにまりょくをととのえることによってうつわによゆうができて、たいないのほうわりょうのげんかいちにちかづいたのではないかと。」
「それは、魔力を細かく小さくすれば、魔力が増えるということでしょうか?」
「ええ。りろんてきにはおとなでもかのうだとおもいます。それをこれからきしだんにきょうりょくしてもらい、しらべるよていです。」
「まあ、そんな事が出来るだなんて!」
「はい。ほかにもけんしょうほうほうをかんがえておりますので、ひけんしゃはこれからさがします。ちすじによるさやたいかくによるさなどもけんしょうしたいので。とりあえず、まりょくげんしのきほんについてはここまでです。おわかりになりまして?」
二人が頷くので、話を続けることにする。次はいよいよ聖女の魔力についてだ。ページをめくって、三つの図を見せる。
「では、せいじょのまりょくについてです。このずはすいそでしめしたれいなのです。まず、げんしのしくみについておはなしします。げんしはげんしかくと、げんしかくのしゅういにあるでんしでなりたっており、げんしかくのなかはようしとよばれるプラスのちからがはいっています。げんそのしゅるいはげんしかくのようしのかずできまります。すいそはいちばんたんじゅんで、げんしかくにようしが1、まわりにでんしが1。ようしのプラスのちからと、でんしのマイナスのちからのバランスがよく、いちばんシンプルなじょうたいなのです。ふたつのかんけいはつまりじしゃくですね。」
ドロシーがメモを取るので、それに合わせて話を進める。お母様は両手を使って原子の状態を確認している。可愛い。
「ですが、このにばんめのずとさんばんめのずのように、げんしかくにようしいがいのものがはいるばあいがあります。これはちゅうせいしといって、プラスのちからもマイナスのちからもありません。にばんめのずはちゅうせいしがひとつついたじゅうすいそ、さんばんめのずはちゅうせいしがふたつついたトリチウムとよばれます。こういったものをどういたいとよびます。じゅうすいそはあんていしていて、すいそとあまりかわりありません。こういったせいしつのものをあんていどういたいといいます。しかし、トリチウムはとてもふあんていなのです。そういうせいしつのものは、ほうしゃせいどういたいとよばれます。せつめいははぶきますが、ふあんていなじょうたいのげんしは、あんていなじょうたいにもどろうとするので、ちゅうせいしをひとつおいだそうとします。それがほうしゃせんとよばれ、しゅるいによってはながくせいたいけいにわるいえいきょうをおよぼすのです。」
「その、放射性同位体?放射線?は、どのような影響があるの?」
「いちどにたりょうのほうしゃせんをあびると、にんげんはしぼうします。そこまでのりょうでなくても、さいぼうのきおくがはかいされて、きずやびょうきがなおらなくなったり、がんというさいぼうがただしくさいせいしないやまいになったりしますね。いかいでは、そのぼうだいなエネルギーをりようしてゆうこうかつようもしますが、いっぽうでいちどになんじゅうまんものにんげんをさっしょうできるへいきにもりようされているのです。」
「そんな恐ろしいものが異界にはあるのね……。」
「いかいのはなしはいったんおいておいて、このみっつのじょうたいをまりょくにもあてはめられるのではないかとかんがえました。いっぱんてきなまりょくのじょうたいがにばんめのあんていどういたい、しょうきがほうしゃせいどういたい、せいじょのまりょくがきほんとなるげんしのじょうたいであると。せいじょのまりょくがかるいのは、ちゅうせいしぶんのおもさがないからです。」
「はあ……とんでもない話だわ。」
「まりょくはめにみえませんから、りかいしがたいのはわかります。これが、ほんとうにただしいのかもわかりません。けれど、このかんがえかたをもちいれば、まりょくだけでなく、みわざをつかうことが、あっとうてきによういになるのです。」
二人は静かに頷いた。説明はこれくらいにして、そろそろ実践に移る。
「これから、まりょくこうかんをいたします。ふたりとも、せいじょのちからでまりょくこうかんをしてくださいませ。いまのかんがえかたでまりょくをととのえてみてください。まずは、わたくしとドロシーからまいりましょう。」
「お願い致します。」
「さいしょはふつうのじょうたいでながしてみてくれる?」
「かしこまりました。」
ドロシーと魔力交換だ。うん。割と普通の魔力。セプテントリオの一族なだけあって、それなりに整っている。だけど、騎士に比べるとまだ甘い。
「ここから、ゆっくりとじぶんのまりょくをぶんりしていって。いわをいしへ、いしをすなへとこまかくくだくように。じゅんかんさせながら、ぜんたいをととのえてみて。」
「はい。」
しばらくすると、ドロシーの眉間に皺がより、じんわり額に汗が滲んでいた。
「きんちょうせず、あせらず、まずはしんこきゅうをして。わたくしのまりょくをきゅうしゅうせずに、じぶんのまりょくをわたくしのまりょくにあわせるようなイメージで、きりはなしていくの。わたくしのまりょくはドロシーよりちいさいから、あなたのからだにはいると、あなたのあつかいやすいまりょくのおおきさになろうとしてしまうの。それをいしのちからでおしとどめて、わたくしのまりょくのつぶにドロシーのまりょくのかたまりをぶんかいするのよ。」
私はドロシーにゆっくりと語りかけた。私の言葉で深呼吸を繰り返し、最後に大きく息を吐くと、私から魔力を流し込まれている手からジワジワと魔力を整えていく。
「そう、そのじょうたいでぜんしんをめぐらせてみて。わたくしはおかあさまとのまりょくこうかんにうつるから、そのあいだはじゅんかんして、ちいさなぶんしのコントロールになれてちょうだい。」
集中しているのか、返事はなかったけど、手は離れたので聞いているようだ。よしよし。いきなり聖女の力で循環させても上手くいかないだろうから、まずは普通の魔力を小さくしよう。固定観念のある大人が、すぐにイメージを変えることは出来ないだろうからね。
「では、おかあさま。まりょくこうかんを。」
「ええ、お願いしますわ、先生。」
冗談を言える余裕があるようだ。実際、お母様の聖女の力は思いの外、軽かった。香澄様の魔力はもっと軽いけど、安定同位体も一種類とは限らないから、普通の魔力よりは軽い状態なのかもしれない。
「まあ、ヴィオラの魔力は本当に軽いわね。カスミ様のようだわ。」
「いいえ、まだまだおばあさまにはおよびません。おかあさま。おそらくおかあさまのせいじょのまりょくは、ふつうのまりょくよりはかるくなったけれど、まだまだわたくしのまりょくよりおもさがある、あんていどういたいです。もっとなかみをぬいて、かるくするイメージをしてくださいませ。ぬいたなかみはエネルギーをもちますから、エネルギーどうしをぶつけてそうさいするかたちでむりょくかしてください。コントロールはむずかしくなりますが、みわざをつかいなれているおかあさまなら、すぐにしゅうとくできるとおもいます。」
「分かったわ。」
さすがお母様。すぐに覚えたよ。何周か軽くなった状態で循環が出来ているのが確認出来たので、手を離してそのまま魔力循環をしてもらう。
「ドロシー。あたらしいまりょくにはなれた?」
「いえ、気を抜くと、また分子がくっついてしまいそうで、難しいですね。」
「あせらなくていいわ。それがまずふつうのじょうたいであつかえるようになるまでがんばりましょう。おきているあいだはつねにまりょくをじゅんかんさせて、それがあたりまえになるまでからだになじませるのですって。できそうかしら?」
「やってみます。」
「では、きょうはここまでにしましょう。つづきのこうぎはまたあした。」
ドロシーだけでなく、お母様にまで、ありがとうございました、と頭を下げられた。これでドロシーは退勤だ。お疲れさまでした。
勤務時間内にこのような講義を受けさせて頂いて申し訳ありませんと言っていたけど、こちらとしても実験台になってもらってるので、お給料内でいいと思う。私が支払うんじゃないけどさ。
ドロシーが帰ったあと、三人で夕食を摂りながら、お母様と訓練の話になった。
「おかあさま。どうしてドロシーはこんかいのはなしをひきうけてくれたのでしょう?」
「ドロシーの下の子は娘なのよ。でも、折角娘も聖女の末裔の血を継いでいるのに、自分では上手く御技を教えられないと気に病んでいたの。彼女にとって、この講義は渡りに船だったのよ。」
「ドロシーのようなせいじょのまつえいのかたはほかにもいるでしょうか?しかくはあっても、あつかいがむずかしいとおもってらっしゃるかたはおおいのですか?」
「そうねえ。末端に行けば行くほど、そういう者が増えると聞くわ。御技は基本的に母親が教えるものだから、親子同士だと逆に上手くいかないこともあるし、教わる前に母親が亡くなったりってこともあるそうよ。王家と三公は、聖女がいる時代ならば、必ず直接指導を受けるのだけど。」
はあ。なんでそこで王家と三公贔屓になるのかな。御技が使える人間を増やそうという気概を感じない。
「わたくし、ドロシーのことがうまくいけば、みかんせいなせいじょのまつえいをあつめて、みわざのこうぎをしたいとおもうのです。きょかがおりるでしょうか。」
「素晴らしいことだわ。貴女は自分が編み出した技や知識を惜しみなく人に与えようとするわね。普通なら秘匿したり、一子相伝にしたりするものなのに。」
「あ、なら、ダメですか?おうけのひでんにしたほうがよいのでしょうか?」
「本人の意向によるのだから、貴女がそうすべきだと思うのならそうなさい。それにその方が王女として人として、とても立派なことだと思うわよ。」
「そうします。ありがとう、おかあさま。わたくし、かならずダスティンからよさんをもぎとりますから、ぜひおみかたくださいね!」
これ以上ないキラースマイルのはずだったのに、お母様にまた眉尻の下がった、微妙な顔をされてしまった!何が悪かったの!?
何がダメなのか分からないすみれさん。
完璧王女の道は遠い。
お読みいただきありがとうございました!
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